第2話 って、こんな仕事辞めてやるぅう!
単純に言うと、一人の死だ。
太一は嘆いた。友の死を受け入れられず、世界を壊したいとさえ思うほどに。鳴き声は地面を割り、空を畝らせ、大地を蹴った。
駆け抜けるその叫びは宇宙まで届き、時空が避けて何かが生まれる。神秘と呼ぶかイレギュラーと呼ぶか。たった三文字で呼ばれたその存在は、未だ太一の心の中に芽生え、彼が現実を見るまで友に歩むのだった。
春。グレンシアとの戦いからまた一年が過ぎ、太一はいま20歳だ。
太一は室内にある広い中庭で、お墓の前で目をつむり、両手を合わせて
ぷるるるるるる、ぷるるるるるる
なぜこのタイミングで緊急用電話が鳴るさね?
おっと、さねさねは出来るだけ抑えないと。おい、まだ始まったばっかりだぞ。勘弁してくれよ。
しかし、止まってしまったものは仕方がない、僕は電話に出ることにした。
ガチャ
——緊急事態です、マルコさん——
ガチャン……
僕はゆっくりと受話器を置いて電話を切った。
なぜなら、今の声は受話器からではなく、彼女たち特有の通信方法で僕の鼓膜を直接揺らしてきたからである。なぜわざわざ電話を鳴らしたんだ。マナー違反もいいとろだろ。
——マナー違反で申し訳ないです——
ここで一つだけ大切なお知らせだ。前話からわかる通り僕は語り部。つまりだ、僕は本来誰にも喋り掛けられず物語を淡々と進めるのだ。それを皆は暗黙の了解という。
——用件を伝えたいので語り部作業は手短にお願いしますね——
馬鹿野郎、じゃあ一個だけ言わせろ。
● 俺がオメェラにしゃべりかけるときは●って付けるからよ! 丸が付いてないところには喋り掛けてくんじゃねえ! お前は必要最小限のルールも知らないのか!
だが、ミズノの冷静な声は僕の鼓膜を揺らす。
——詠嘆のエクレツェアが現在のシーンに向かいました——
● この用件人間が……は? なんだって? あいつの出番はまだ一年も先じゃないか!? 言っておくがそんなもん妊娠してないのに出産するようなもんだからね!?
——つべこべ言わないでください——
● 言わせてるのはそっちですから。
いったい何がどうなって……ナンテコッタイ。
ごめん、10分だけ休ませて。
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晴天広がる網目状のドームの元、広場にはポツンとお立ち台がある。風が吹き、曇り空の下、冷たくひていた。夏のこのくらい時間はどっかおどろおどろしく、それでも雷が轟かないのは不思議だった。
ここが極東の国のグレンシアから独立した記念日に開かれる式典場、だった。
そう、だったのだ。
あの馬鹿が何かやらかしたから、あと20分で始まるはずの式典をなかったことにしているのだよ! あのど素人が! だからあいつとの仕事は嫌だったんだよ!
あぁ、今僕の心癒してくれるのはあの晴天だけ、ってちょっと待て! なんじゃありゃ!? なんで紫の穴がぽっかり空いているんですか!?
● ミズノ、いったいどうなっているんだ!
——どうやら移動する場所を間違えたようですね——
冷静な声だが、なぜそんなことになった。あいつの登場シーンはまだ先だろう。
「おーい、助けてくれぇえ!」
あーもう嫌、穴から悲惨な声聞こえてるし。
その主は詠嘆のエクレツェアだった。
姿は黒胃装飾がたくさんの黒炭で作ったスバメの巣のようだ。この姿を『黒の装飾この上なくうるさい姿』と我々は呼んでいる。
そしてだ、なぜか詠嘆のエクレツェアの後ろからは、白い鳥の怪物『ガーゴイル』がぞろぞろとついてきているのだ。何したらそうなるんだよ!
詠嘆のエクレツェアは紫の穴からぴょ〜んと飛び出て広場に着地した。
「おい、今物語はどのシーンだ!?」
● お墓まいりのシーンです。
「そのシーンは『太一とキシヨが入れ替わっていることを示唆する』大切なシーンなんだよ! これじゃ分かりにくすぎる!」
● だったらなんでここに現れた!
「それは、あの、ほら。お前、ややこしくなるかもしれないって言ってたじゃんか?」
その顔はすんごく後ろめたい時の顔だね。
「はーっはっはっはっは! それはこの私、バル・グレンシアのことを言っているのか?」
「わいらだって利用されれば怒りまっせ〜!」
紫の穴から響き渡る笑い声。そして関西弁。
続いて、人間ではありえない巨体の屈強な男が現れた。裸の上半身に白いオブジェを身につけている。もう一人は、古代ギリシャ人のようなスリムな男だ。そして関西弁。
ともに白髪、二人は異様な緊張感を漂わせて広場に降り立った。
はぁ、要するにグレンシアの怒りを買ったわけね。
● 自業自得だ馬鹿ヤロー!
「そんなこと言っても墓参りのシーンに影響を及ぼすわけにはいかねぇぞ! ミズノ! 防衛戦だ! ここは俺がなんとかする!」
● そうしてもらわなければ困る!
——かしこまりました——
上空から大量のガーゴイルたちが襲い始めた。
「詠嘆のエクレツェア、オン・ステージだ」
彼は敵に突貫して
プルルルルル、プルルルルル
ガチャ
● いちいち鳴らすなミズノ!
——お墓まいりのシーンが始まります、今すぐ作業に戻ってください——
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ポッポ〜。10分後
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ただいま〜。
詠嘆のエレクツェアは素早かった。
「ちょっと待て! 今までいなかったのか!?」
まず、前から迫った二体のガーゴイルを、目にも留まらぬ手刀で切り裂く。続いて、集団には指全部を使って空気を弾いて散弾銃のような空気弾を浴びせる。最後に、もうめんどいわ、とか言いながら指鳴らして全部粉々に砕いてしまった。
「そうさ、そこからさらに敵が追加されて、10分戦ったんだ」
そして10分待ちます。出来上がった状態がこちらです。
「こらあああああ!」
詠嘆のエクレツェアを残りの白い巨漢のガーゴイルが襲う。
「Xバースト!」
その残りの二体の頭を両手に掴み、エネルギーを発射して吹き飛ばす。
「ちょっと待てっ、今までの描写に倒した数が入りきってないぞ?」
● なんども言わすな! ●の付いてないところに干渉するなとと言っている!
● たった今お墓まいりのシーンから帰ってきたところだよ! 仕方ないだろ!
「納得いかん! お前が別のところに行ってる間に今語った30倍は戦った!」
パーっとやってガーッとやりました。
「バカにしてんのか!?」
● してる! 次!
ガーゴイルは片付いたが、まだグレンシアの主戦力が二人も残っている。
「はーっはっはっは! ガーゴイルでは役に立たんかったか。ジル、援護しろよ」
「あははは、わかってるって、バルくんいってらっしゃい」
バルは巨体を揺らして、詠嘆のエクレツェアに突進し始めた。
「はっはっは! フィガー・悲劇的な幕引き(カタストロフ)!」
バルの右手首の装置が光る。それが聞いていたフィガーとやらか。そのフィガーは興味深いことに、何処にもなかったはずの荘厳な金の矛を生み出した。
矛はどちらかといえば近距離でもなく長距離もない、中距離から攻撃する武器だ。だが、バルの金の矛は一振りで銀色の衝撃波を生み出し、凄まじい射程を誇っていた。
速度もまた別格。
詠嘆のエクレツェアは素早く左にそらして交わしたが、黒の装飾が引き裂かれる。しかし、斬撃波はそのまま後ろの灰色のビル街を斜めに裁断してしまった。
詠嘆のエクレツェアはその光景を見もせずに認識すると、黒い装飾の手をかざした。そして、どういう原理か、その崩落を止めて見せたのだ。
おそらく物質を固定する能力を使ったのだろう。どういう原理かは知らん。
「はーっはっはっは! そんなことをする暇があるのかぁ!?」
荘厳で金色の矛をなんども振るい、なんども銀の斬撃波を繰り出す。
だが、強力でも当たらなければ意味がない。詠嘆のエレクツェアは先ほどから、宇宙空間のように、宙を漂いながらかわしてみせる。
バルの戦闘が中距離に入いった。その間も迷わず銀の斬撃波を生み出し続ける、なんとも迷惑な戦い方だ。それでも、衝撃波で切り裂かれた建物をすべて固定する詠嘆のエクレツェアは、ちょっとだけ優しい。
だが、やっぱりはた迷惑なのは変わらない。そもそも、この状態はこのバカのせいだ。人間の言葉では表現できないような罵倒でもしてやろうか。
するとその時、ギリシャ人のような布の姿を風に晒しながら、戦いを眺めるジルが何かを嘆き始めた。
「ああ! バルくん、そんなぬるい攻撃じゃ敵は倒されへんで!」
しかし、バルの矛は詠嘆のエレクツェアを殺すには十分な威力だ。
「そんなぁ! バルくん、そんな遅い攻撃絶対に当たらへんって!」
だが、バルの金の矛はその言葉をきっかけに、数段早くなった。詠嘆のエクレツェアの顔面に命中する。
「いってえ! あぶねぇ!」
「ちゃうって、バルくん! そんなんじゃぜったに勝たれへんって!」
やはりか、その言葉をきっかけにバルが戦いを優勢に運び始めた。
思わぬ猛攻に、詠嘆のエクレツェアが飛び跳ねて距離を取ると、服をたなびかせるジルを責める。
「お前さっきから嘘ばっかりつくんじゃねぇよ! 鬱陶しいわ!」
「その嘘は全部シャンパンのせいでっせ?」
● 言った言葉が嘘になる能力か。
「そうやなぁ、でもあんたらも嘘が上手やろ?」
● は?
「だって、さっきからウチらがあのドームに気ィ付かんような戦い方してるやん?」
● バレてたか。
「あはははは、だっておかしいもん、広場の外の建物はいくらでも壊れてんのに、なんでこのドームだけ壊れてへんの? 違和感ありまくりやん」
● そうだ、あのドームの中ではキシヨがお墓参りの真っ最中だ。
「バルくぅん? あのドーム絶対に壊したらあかんデェ?」
「了解!」
それまで、詠嘆のエクレツェアを狙い続けていたバルが、急な方向転換をしてチェック柄のドームを切り裂いた。斬撃波が発生して、瞬く間にドーム全体を斜めに裁断してしまう。
しかし、詠嘆のエクレツェアが吹っ切れたようにドームに触れて、瞬く間に固定してしまった。
——マルコさん、またシーンが進みました——
● あいよ〜。
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ピッピ〜。3分後。
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ただいま〜。
その頃、詠嘆のエクレツェアは見事に、グレンシアの二人からドームを守り抜いていた。無傷のそれはかすり傷一つついていない。
だが、それなりに不穏な空気に包まれて、それなりに互いはみあっていた。
「おい! なんで俺の超絶かっこいい戦闘シーンだけ別のところに行っちまうんだよ!」
● 無茶言うなよ!
● 二つの場所で語り部をするのは本当に大変なんだ! 最初くらい違和感なく進みたいんだよ!
「せっかく、あいつらの攻撃をことごとく無効化する激アツシーンだったのに」
その激アツシーンは相当に熱かったらしい。
グレンシアの二人も詠嘆のエクレツェアの強さのあまりに何もできないでいた。
「はーっはっはっは! 触れただけでドームがえらく頑丈になったものだな!」
「嘘ついても全然壊れへんし」
その嘘すら効かない。
だが、そうは言ってもられない。
もう、あと10分でシーンはこの広場に移り変わる。破壊された建物を直すだけで5分。式典準備に3分だ。あと2分でグレンシアがなんとかなるわけがない。もうこれは負けたと言ってもいいくらいの状況ですね、はい。
と、そこまで開き直ると、詠嘆のエクレツェアが不服そうに空を眺め始めた。
「俺にできないことがあるとでも? こんなやつらあと10秒でかたずけてやるよ」
● ほーら、そんなこと言うから二人が怒っちまったぞ。
バルが浮かび上がり、ジルはどこからか出してきたコウモリのような翼で飛び立つ。曇っていたあたりが、空の大穴から溢れる紫の光に包まれる。幻想的な広場のキャンパスで、たった今から異世界の民が本領を発揮するところだ。
「はーっはっは! 我々も甘く見られたもんだな。まだ我々は『開幕』すらしていないというのに」
「さぞ異世界最強は強いんやろうなぁ。じゃあ、見せてもらいまひょか」
グレンシあの二人が右腕につけた『フィガー』を操り始めると、彼らにエネルギーが猛烈に集中し始めた。彼らの体に太陽が隠れているような錯覚に陥ると、光が一瞬で舞台照明にへんげする。
エネルギーが一気に解き放たれた。
「フィガー・神話(ミュトス)開幕。モデル・北欧神話」
「フィガー・オペラッタ開幕。モデル・蝙蝠(シャンパン&バッド)」
バルの装着していたオブジェが外れ、背中の大きな輪っかとして備わる。ガランガランと回転して、新たなエネルギーを溜めた。額に青い紋章を刻み込み、そばに現れた雷光を噛みちぎる。
電流が口の中でくすぶる間に、バルは指をパチンと大きく響かせる。すると、上空の雲が割れ、斜め方向から巨大な二股の矛が現れた。銀金に職で厳かな矛は、明確にドームを狙っていた。
一方、ジルはバルと違い、一見姿はコウモリのコスプレのようだ。ふわふわしたマスクに百均でも買えそうなマント。だが、ジルの目は赤く光っており、牙も生えそろった、コウモリ姿のギリシャ人。
ジルは唇を親指でぬぐうと、あろうことか詠嘆のエクレツェアを見下した。
「おやおや、そんな小さな矛じゃドームはおろか詠嘆のエクレツェアさんにも届かへんでぇ」
途端に、バルの召喚した矛がさらに巨大化する。
これにはさすがの詠嘆のエクレツェアも愕然として、
「ばっか! 極東ドーム3個分の広さなら聞いたことがあるけど、教頭タワー3個分のデカさなんて尺度聞いたことがないぞ!」
バルはその神秘的な矛から流れ出る電流を、ゆっくりと己の指に宿す。
「はーはっっはっは! 審判の時間だ」
● これは参ったねぇ。もう僕がいっそのこと彼らごと消しちゃおうかい?
● 詠嘆よぉ。その方が手っ取り早いだろう。
「バカ言え、もっといいこと思いついた! ミズノ! 今から出す被害を最小限に抑えろ!」
● ちょ、待てよ! いったい何考えてるんだ!
「はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! 行け! 裁きの矛(ロングヌス)!」
バルはゆっくりと指でドームを指差した。
上空の矛は瞬時に加速してドームに迫る。
「マルコ! それでも出た被害を全てなかったことにするんだ!」
● やめろ! できるわけないだろ!
● 迫る矛に手をかざしていったい何をするつもりダァああ!
「この世の終わり(ハルマゲドン)」
バカあぁああああああ!
——マルコさん! シーンが進みます!——
おぼえてろよぉおおお!
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30秒後。
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詠嘆のエクレツェアが手から解き放ったエネルギーは凄まじい。時、空間、巨大な矛、グレンシアの二人を跡形もなく消し去ってしまった。じゃねぇよ。
紫の穴も無くなって、曇り空スラ消しとばして。さらに何を消しとばしたと思っているんだ!?
「すまん、あいつらを止めるにはこうするしかなかったんだ」
● だからって、月まで破壊するこたぁなかっただろ!
● 一年後には地球でも破壊するつもりですかぁ?
「それもいいな」
● いいわけねぇだろ!
● 俺は、まるで誰かに手を加えられて整頓されたように、の後にこんなこと言いたくなかったわ!
「よし、式典まで後1分だ。準備を頼むぞ」
● もうこんな仕事やめてやるぅう!
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