第二百六十三話


 クレバスの様子を見ていたウミが戻ってきた。

 崖の上に戻ると、ステファナとシロが墓標に向って頭を下げていた。シロが唄を紡いでいるようだ。ステファナが望んだことのようだ。


 二人の後ろまで移動して、ステファナに合わせるように頭を下げる。

 俺に気がついた、ステファナが少しだけ驚いた表情をするが、墓標に向き直った。シロも、俺の存在に気がついたが、会釈をする程度で、紡いでいる唄を止めない。


 唄が終わり、辺りに静寂の時が流れる。


 木々が風で揺れる音が耳に心地よい。


「カズトさん」


「シロ。ありがとう」


 シロが俺の横に戻ってきた。

 恥ずかしそうにしているのは、唄を聞かれたからだろう。


 ステファナは、まだ墓標に向って手を合わせている。ご両親に報告しているのだろう。

 俺たちのことも報告してくれているとは思うが、”良い”ことだと嬉しい。


『カズ兄。小さい者たちが沢山いた』


「そうか・・・。水や食料は?」


『うーん。そんなになかった』


「やっぱりか・・・。どんな、動物が居た?」


『うーん。カズ兄と見たような物だけ?』


 ウミの評価としては、動物だと思っていいが、小型の魔物が迷い込んでいても不思議ではない。

 それだけ、この森の生態系は終わっている。


「カイ。森には、大型の動物は存在するか?」


『居ますが、数は少ないです』


「そうか、狩り過ぎだな。資金も厳しくなりそうだな」


「資金?」


 シロが、俺の呟きに反応した。


「あぁ俺たちも、狩りをして、糧を得るだろう?」


「はい」


「その時に、可食部分を除いて、素材として使うよな?」


「そうですね。大型の獣の方が、素材になる部分も多いですね」


「あぁ森エルフたちは、しっかりと森を管理しているのかと思ったが、違うようだな」


「それは?」


「経緯はわからないけど、狩りやすい動物や植物だけを採取したのかもしれないな」


「え?でも・・・」


「程度の問題だ。それに、エルフは長命種なのだろう?」


「それでも」


「これだけ広い森だからな、何か問題が発生して、そうだな・・・。例えば、下草の一部が全滅してしまった。そして、その下草を栄養としていた、虫が数を減らす。虫を食べていた小動物も、餌が少なくなる。小動物を食べていた大型の獣が姿を消す」


「あっ」


「逆もある。一種類の大型動物だけが、例えば狼種だけが繁殖してしまう。そうなると、狼が小動物を大量に食べる。そうすると、小動物が餌としていた昆虫が増える。下草がなくなる。あとは、同じだな」


「・・・。カズトさん。僕たちの」


「あぁだから、森で行われる狩りは最小限にしているだろう?それに、俺たちは、野菜を育てたり、獣を家畜にしたり、樹木を植えて育てている。”いい”とは言わないが、森とは共生が成立していると思っている。少なくても、エルフの森よりも、命の数は多いし、バランスが取れている」


「旦那様のおっしゃるとおりです」


 いつの間にか、ステファナが祈りを終えて、俺とシロの会話を聞いていたようだ。


「ステファナ。もう良いのか?」


「はい。旦那様と奥様の紹介をさせていただきました。ありがとうございます」


 深々と頭を下げるステファナの隣にシロが移動して、頭を上げさせる。


「そうか・・・。それで、この森は前からこんな感じだったのか?」


「いえ、私は、それほど覚えていませんが、旦那様が管理される森のように、命があふれる場所でした」


 悲しそうな目で、森を見つめるステファナ。

 大量のスキルを持っている俺でも、森を回復させる手段はない。人が適度に管理して、長い時間をかけて、やっと森が再生する。それか、まったく人が居なく鳴れば、森は壊れた時間以上の時間をかけて、ゆっくりと新しい形に変わっていくだろう。自然の力を正しく理解して、共生する道をエルフが取らないのなら、エルフ族という種族は森と共に生活するという前提を外すべき愚か者だ。


「エクトルたち草原エルフに森を管理させるしか無いな。森エルフに管理させたら、もっと酷い状況になるだろう」


「はい」


 用事も済ませたし・・・。


「帰るか?」


「え?」「よろしいのですか?」


 シロとステファナの反応だが、俺は別にエルフがどうなろうと関係がない。

 この森の生態系は気になるけど、エクトルが残って様子を見るのなら手助けをするだけで、積極的に動こうとは思っていない。そもそも、俺の領地でもなければ、俺たちの経済圏の中に存在する森ではない。


 シロとステファナに、俺の考えをしっかりと伝えて、納得してもらった。


「草原エルフの所に行っている、モデストと合流してから帰るか」


「はい」「かしこまりました」


『カズ兄。この子たちはどうするの?』


『ウミ。カズト様のお話を聞いていましたか?この子たちだけを助けるのは、間違っているのですよ』


 珍しく、カイが饒舌に話をしている。


『でも、カイ兄。少しの手助けで、救えるよ?』


『それは、わかっていますが・・・』


「ん?カイ。ウミ。少しの手助け?」


『はい。カズト様。私とウミで、水場を作るだけでも、中の者たちは、救えると思います』


「水場だけで?」


『厳密には、中の彼らの協力が必要ですが、生き残るためには、彼らも協力はしてくれるでしょう』


 ウミの説明ではよくわからなかったが、カイの説明で”救える”の意味がわかった。

 クレバスの中で生活する者の中に、種族特性なのか、不明だが”レベル4の樹木”が使える者たちが存在する。彼らに、食べられる草や樹木を渡して、水場を作るだけで、増やせる環境を整えることができる。


 ”スキル樹木”は、樹木の成長を促進させることが出来る。

 たしかに、水場があれば、あとは勝手に増やせる環境にはなるだろう。


「カイ。その種族は、なんで、今までスキル樹木を使っていないのだ?」


『使っていますが、スキル樹木の発動で、”水”が必要になるのと、素になる草木がなくなってしまったようです』


「水は、わかるが、草木がなければ、森に入れば、採取ができるよな?草なら、クレバスから近い場所にも存在している」


『その者たちは、菌種でクレバスの中でしか生活できません』


 菌?種?

 でも確かに、”菌”なら、移動は難しい、自分たちでの草木の確保が難しい。菌たちは、俺が考えている”菌類”と同じで、水が必要になっている。あとは、まれに栄養となる物があれば十分なのだと説明を受けた。

 菌たちが、草木を栽培して、それを食べる小動物や昆虫が増える可能性が産まれる。

 そして、死んだ昆虫や小動物は菌が栄養にする。菌が栄養に出来ない物を求めて、スライムが産まれる可能性があるようだ。


「カイ。水場だけでいいのか?」


『できれば、何か栄養になる物があると、活性化します』


「わかった。カイ。モデストの位置は把握できるか?」


『できます』


「カイ。ウミ。クレバスの者たちに、渡す物は、狩った魔物でいいのか?」


『はい』


 カイとウミを残して、モデストと合流する。

 カイの話では、1-2日程度で十分な感じだ。それなら、やってしまったほうがいいだろう。


 シロとステファナに説明をしても、二人とも問題はないという認識を示す。


 持っているのは、向こうの森で狩った物だけど、問題はないだろう。


「カイ。ウミ。クレバスの環境調整を頼めるか?」


『はい』『うん!わかった!』


 シロとカイを残して、モデストたちと合流する。

 どうせ、向こうでも問題が発生するのだろう。いつになったら帰られるのか・・・。


 俺たちの街も心配になってきた。

 問題は、ルートが対応してくれている。いっそのこと、ルートが俺の代わりに統治をしてくれたら楽なのにな・・・。

 長老衆もいるから、大きな問題にはならないだろうし・・・。


 きっと、長老衆は別にして、ルートからは思いっきり反対されるのだろうな。

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