第二百五十三話


「ウミ様。モデスト様。ステファナ様」


 エクトルが、私たちの前に来てひざまずきます。


「・・・」


「どうしました?ステファナ様。そうだ。ステファナ様。ここから、私の事は、”モデスト”と呼び捨てにしてください」


「え?」


「交渉は、私が行います。ステファナ様は、旦那様と奥様の代理なのです。旦那様に保護された一族とは立場が違います」


「それなら、私は・・・」


「いいえ。ステファナ様。貴方は、旦那様や奥様と同じ場所で生活をされています。私たちは違います。指示系統は違いますが、貴方が上位者です」


「わかりました。モデスト」


「はい。できれば、命令口調が良いのですが、難しいと思いますので、今はそのままでお願いします」


「はい」


 ステファナ様が頷いたのを確認して、エクトルを見ます。

 どうやら、本当のお迎えが来たようです。臨戦態勢には早いでしょう。ウミ様がいらっしゃいます。私の配下も既に、周りに散っています。


 エクトルを観察すれば、状況の想像はできます。どうやら、今回はいい方向に転がりそうです。


「エクトル。話ができますか?」


「許可を頂けますか?」


「お願いします」


「わかりました」


 エクトルは、気負った様子を見せずに、前方に居る者たちに向かっていきます。


「モデスト?」


「大丈夫ですよ。相手は、武器を持っていないようです」


「え?」


「手を隠していないでしょ?」


「はい。でも、スキルカードは?」


「大丈夫だと思いますよ。手首もしっかりと見せていますから、それに、あの程度ならエクトルだけでも大丈夫ですし・・・。ほら・・・」


 私が、横に視線をずらすと、ステファナ様もそちらを見て、納得してくれた。

 何かが座っていた場所だったが、今はその姿はない。エクトルがあるき始めたと同時に、姿を消して草むらに伏せている状態だ。エクトルも、それが解っているのだろう、配下だけではなく、ウミ様が一緒ならいきなり襲われても大丈夫だと判断したのでしょう。


 交渉が始まったようです。


---

--- エクトル Side

---


 草原エルフの奴らが姿を現した。

 ハーフではないようなので、本流なのだろう。最初から出てくれば、モデストやカズト・ツクモを怒らせることもなかった。


 俺が帰らない時点で、失敗を悟ってくれればよかった。それで、俺が生きていると連絡したときに、交渉を持ちかければよかったのだ。

 それだけ”姫”が大事なことは理解している。理解しているけど、やっぱり”エルフ”なのだろう。自分たちが優れていると考えて、上から交渉すればいいと”まだ”考えている。俺は、モデストが同族だと聞いたときに、違和感を覚えた。全部がおかしかった。

 隠密能力も、戦闘力も、潜在能力も、全てが敵わなかった。それだけなら、モデストが特別だと割り切れたのだが、配下の者まで、特化した者たちが揃っていた。俺が得意としている無手での暗殺もかなわないほどだ。


 奴らには、しっかりと報告を出した。

 俺が、カズト・ツクモを連れて行くから余計なことをするなと・・・。


 ”姫”は信じてくれたのだろう、襲ってきたムーたちは”姫”が重用している者がよく使っている者たちだ。そして、案内人として来たのは”バカ”たちの配下だった男だ。目の前に居るエルフは”姫”の直属だったはずだ、それほど酷い話はしないはずだ。


 姿を視認できる位置まで移動したら、跪いたことから、謝罪の意思があるのだろう。

 やっと、話ができる者たちが出てきてくれたようだ。後ろを振り返ると、モデストがステファナ嬢と何かを話している。ステファナ嬢だけは守らなければならない。カズト・ツクモとの関係を考えても絶対条件だ。


「エクトル殿」


 完全に、身内ではなく、相手方として見ている発言だ。


「テル・ハール殿。貴殿が出てくるとは思わなかった。”姫”は大丈夫なのか?」


「まだ、妹を”姫”と呼んでくれるのか・・・。妹は、衰弱はしているが大丈夫だ。ただ・・・」


「ただ?」


「奴らの攻撃が強くなってきている」


「なに?あっ・・・。それで、あのバカたちは、フォレスト・キャットを寄越せと・・・。相変わらず、クズだな」


「すまん」


「どこまで把握している?」


「・・・」


「そうか、テル・ハール殿だけ、俺の報告書を信じたのは・・・」


「違う。妹も・・・」


「解っている。でも、誰も信じていないと言うのだな」


「あぁ」


「それなら、草原エルフは、救いようがないな。旦那様にそう伝えるしか無い」


「それは・・・」


「大丈夫。”姫”は救われます」


「え?」


「”姫”との面会を希望する。そのときに、ステファナ様とモデスト様を一緒に頼む」


「それだけで?」


「あぁ」


 よかった。テル・ハール殿なら、”姫”への面会は問題がない。

 モデストに相談しようか・・・。”姫”とテル・ハール殿を連れて帰ることを・・・。カズト・ツクモなら容認してくれるような気がする。無条件で、移住の許可を出してくれるかもしれない。何か、メリットを提示すれば、一族は無理でも”姫”に従うエルフだけでも連れて帰られるかもしれない。


「問題はありません。妹もそのつもりで待っています」


「わかった。戻って、報告してくる、少しだけ待っていてもらえるか?」


「わかりました」


 モデストとステファナに相談だな。

 一度、カズト・ツクモの所に戻ってもいいのかもしれない。判断は、モデストに任せよう。


 後ろを振り返ると、ムーと案内人がこちらを見ている。無視してもいいだろう。


「エクトル殿。ムーたちの処遇は?」


「解放してもよいと考えているようだ。次に、攻撃されたら反撃はするが、驚異でもなんでもないと思っていらっしゃる」


「驚異でもない?」


「あぁ俺が、”手も足もでない状態”で捕らえられた。そして、池エルフの刺客が、傷の一つも付けられずに撃退された」


「・・・」


「ひとまず、交渉は可能だと考えてくれ、里まで連れて行って、そこで開放すると言い出す可能性・・・。が、高い。と、思う」


「わかった。私としては、断罪してもらっても・・・」


「カズト・ツクモ・・・。名前は知っているだろうが、彼は、敵対者には容赦しないが、降った者を断罪したことはない。それに、今回は俺とステファナ様の意向でエルフ大陸に来ている」


「・・・。そうか・・・。我たちは、最初から間違えていたのだな」


 テル・ハール様が、ため息と一緒に吐き出したセリフが全てを物語っている。

 最初が間違っていた。俺が、間違っていたのだ。”姫”は大事だが、その”姫”を助けるために必要な物を持っている者にも、俺と同じ様に大切な存在が居るのだと考えなかったのだ。

 俺が間違えた。そして、俺の報告を聞いた奴らが間違えた。ムーたちを見張っていた奴らが報告の方法を間違えた。


 こうして羅列して考えると、カズト・ツクモはどこまでも俺たちのことを考えてくれているように思える。多分、俺やムーたちのことではなく、”姫”を大切に思っている気持ちを汲んでくれているのだろう。モデストも、俺に似たような話をしている。


後ろを振り向くと、ステファナ嬢がウミ様を撫でている。周りも問題がないのだろう。


「そうだな。俺たちは間違えた。最初から、”お願い”すればよかったのだ」


「それは・・・」


「そうだ、”できない”だろう。でも、間違いは一度で良かった」


「そうだな。妹は、エクトルからの書簡を読んで、我に”謝罪”に行って、エクトルを返して欲しいと交渉して欲しいと願い出た」


「え?」


「だが、長老衆が”人族に謝罪などできない”と・・・。決めた」


「まぁそうだろうな。それで?」


「妹は、エクトルの命と引き換えに生き延びたくないと・・・。だが・・・」


 話はわかる。

 ”姫”は、純粋なエルフ族だ。長老衆としては、テル・ハール様の首を差し出してでも病気を治したいのだろう。

 だが、”姫”は俺ごときの命とご自分の命を天秤にかけた。そして、俺の命が重いと判断した。”姫”の考えは称賛できるが、間違っている。長老衆の考えも結果は間違っていた。その場面で、少しだけ間違っていた結果だ。


「里に案内してくれ」

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