第二百四十三話


「ルート。いいのか?」


「はい。お任せください。それに、も向かっています」


 昨晩、パレスキャッスルに到着して、宿に案内されながら、ルートから提案されたことだ。


 俺たちは、パレスキャッスルには滞在しないと決めた。俺が居たのでは、代官が”こと”を興すのを、思いとどまってしまうのは困るのだ。俺が居ることで、代官が諦めでもしたら、居なくなってから、また騒がしくなるのは面倒だ。


 レッシュとレッチュは、ルートの所に戻るように言ってある。


 ルートの妻は、クリスティーネ=アラリコ・ミュルダ・マッテオだが、公には”クリス”の名前で伝わっている本名は行政区の者や古くからミュルダに住んでいた者しかしらない。そして、こっちに向かっているのは、クローンだ。クリスが操っていない。本当に姿かたちを真似ただけの者だ。


 安全だと判断して、妻であるクリスと少数の護衛だけで、パレルキャッスルに向かっていると、代官に自然な形で伝わる。そこで、俺が居たのでは、”こと”を興さない可能性が高い。俺は、シロとイチャイチャするだけの御しやすい人間だと思わせる。実際に、シロとイチャイチャするのは好きで、毎日でもしていたい。ルートが、大陸をまとめてくれるのなら、喜んでクリスに支配権を渡そう。俺は、ロックハンドにでも引っ込んで好きなことだけをして過ごせればいい。

 元老院にも言ったけど、笑いながら却下されたし、クリスに至っては完全に怒っていたし、ルートは醒めた目で見ただけで終わりやがった。

 少しくらいなら考えてくれてもいいと思うけど、考慮もしてくれない。


「わかった。パレスキャッスルは、ルートに任せる」


「かしこまりました。集積港にしますか?」


「エルフ族の出方しだいかな?集積港でもいいし、ロックハンドへの輸送用のハブ港でもいい。パレスケープを小型船だけを扱う港にして、パレスキャッスルとロングケープを大型船の受け入れ港にしてもいい」


「あっ!元老院の議案にしていいですか?」


「頼む。アトフィア大陸も、物資は欲しいようだからな。小型船でちまちましたのは好みではないだろう」


「はい。エルフ族も同じです」


「わかった。俺たちが乗る船は?」


「手配は終了しています。パレスケープに来ていた商隊がエルフ大陸に渡るので、運んで欲しいとお願いしました」


「ありがとう。ゼーウの関係か?」


「はい。”カズト・ツクモの使い”だと伝えたら、二つ返事で了承してくれました」


 この手の交渉は、ルートがうまくさばいてくれる。

 カトリナもうまく出来るだろうが、商人だけあって”利”に偏った考え方をしてしまうことがある。俺としては、目的が果たされれば、その過程で”中間者”が”利”を取っても問題はないと思っているが、そう思わない者も多い。カトリナをよく思わない連中は少なくない人数が存在している。俺に苦情を言ってくる者は居ないが、元老院に意見書という形の苦情が届くことがある。無視するように言っているが、同じやり方でも、ルートがやると苦情が出てこない。


「わかった。エルフ大陸までは、どのくらいの日数がかかる?」


「船と潮の流れと風に影響されるけど、最大7日。最短で5日らしい。10日分の食料の積み込みを行う予定だと聞いている」


「そうか・・・。荷物の積み込みの日程は?」


「明日の昼過ぎには終わるから、出港は早くても明後日だな」


「わかった。それまで、この宿で、シロとイチャイチャしていればいいのだな」


「・・・。お願いします。代官からの面会は?」


「面倒だ。ルートが代わりに出てくれ」


「はぁ・・・」


「なぁこのやり取り何度目だ?俺が出る必要があるのは、元老院とルートやクリスとカトリナと昔からの知り合いだけだからな。他は、正直な話で・・・”どうでもいい”」


「どうでもいいって・・・」


「”好きにすればいい。俺とシロの時間を奪うな”くらい言わないと駄目か?」


「最初の”好きにすればいい”を削るのなら宣言してください。元老院に一任すると付け足してくれると、もっといいです」


「わかった。文章にすればいいのか?」


「いえ、ひと芝居をしましょう」


「わかった」


 それから、モデストを交えた”芝居”の打ち合わせが行われた。

 俺以外がノリノリなのが気になってしまったが、しょうがないのだろう。これで、煩わしいことから多少でも逃げられるのなら、やったほうがいいに決まっている。


---


 宿では、シロと一緒に寝た。

 俺が、ルートと話し込んでいるのが寂しかったようだ。シロを体中で感じながら眠った。


 昼間でシロと抱き合っていた。

 遅めの昼飯を食べてから、船着き場に向かう。宿の前に、馬車を持ってくるように指示を出してある。


「ツクモ様!」


「貴殿に任せる。問題があれば、元老院で対応する」


「ツクモ様。パレスキャッスルに、急いで移動する必要はありません。代官との面談をお願いします」


「ルートガー政務官、貴殿が職務に誠実なのは認めよう。だが、私はシロと二人で過ごす時間を大切にしている」


「シロ様が大切なことはわかります。ですが、パレスキャッスルの代官との面談も同じくらい大切ではないのですか?」


「くどい!私と妻の時間を奪うな。元老院と政務官に一任する。私が必要だと判断した時に、話を聞く」


「ですが・・・。ツクモ様」


「ルートガー政務官。私は、同じことを二度と言わない!いいか、私と妻の貴重な時間だ。代官に会うよりも大切な時間だ」


「・・・。わかりました。ツクモ様。すぐに、エルフ大陸に行かれますか?」


「出港手続きをしてくれ」


「・・・。かしこまりました。ツクモ様。シロ様」


 ふぅ・・・。演技がうまく出来たのかわからなかったが、ルートの表情から見ると問題はなかったのだろう。

 後ろに居たのが、代官だろう。オロオロしていたが、元老院とルートに任せると言った時には、ニヤリとしていた。ルートなら簡単に取り込めると考えているのだろう。


 馬車に乗った。

 護衛として、モデストが乗ってきた。


「間に合いましたので、配置しました」


「それは、よかった。頼む」


「はい。お任せください」


 モデストたちが、ルートの周りと代官をマークしている。

 ルートには、暗殺の危険があるとモデストが忠告したからだ。代官の周りから証拠が出てくればいいが、出てこなくても黒幕に繋がる物が出てきたら嬉しい。黒幕が居ない可能性もあるが、その場合には”パレスキャッスル”の統治が楽になるだけのことだ。


 できれば、餌に食いついて欲しいと考えているのだが、俺の役目はこの芝居までだ。あとは、パレスキャッスルに残るルートに頼むことしか方法はない。


「カズトさん」


「ん?」


「良かったのですか?」


「どうだろうな。でも、ルートが膿を出したいと言っていたからな。あいつも、自分の子供が産まれる場所を綺麗にしたいと思ったのかもしれないな」


「え?」


「ん?」


「カズトさん。クリスさんに、子供が出来たのですか?」


「・・・。あぁ違う。違う。やっと、ルートが認めただけだ」


「え?何を?」


「クリスから、”ルートの子供が欲しいと言われている”と、いうことを今まで頑なに認めていなかった」


「・・・。そうなのですか?」


「避妊を辞めたと言っていた」


「え?避妊?」


「あぁルートとクリスが、”主君よりも先に子供を作れない”とか言って・・・」


「そうなのですか?」


「気にしなくていいとは言っていたのだけど、二人は頑固だろう・・・」


「えぇ」


「それで、今まで、子供を作ってこなかった・・・。らしい」


「・・・」


「子供が出来たとは聞いていないけど、時間の問題だと思う。それで、今回もさっさと帰りたいのだろう。一番、手早く片付く方法を提案してきただけだ」


「そうなのですね。納得しました」


「ルートとしては、この機に、燻っている連中をまとめて処理したいみたいだけど・・・」


「”政務官”の役割を変えられては?」


「ん?」


「誰が適任なのか、僕にはわかりませんが、ルートさんだけが各地に移動するのは、クリスさんにも負担になると思います」


「そうだよな。エルフ大陸から考えたら、適任者を探すか?」


「はい。元老院に、政務官の候補を出させるのも一つの方法だと思います」


 シロの話を聞いて、モデストに元老院に伝言を頼んだ。

 エルフ大陸には、2ヶ月程度滞在する予定にはなっている。3ヶ月後を目標に、”政務官”候補を集めるように命令を出した。ルートの代わりは無理でも、代理くらいは出来るような人物が集まってくれることを祈ろう。

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