第二百二十三話


 ホームに戻ると、オリヴィエが待っていた。


「どうした?」

「・・・」

「どうした?」


 オリヴィエが俺に相談したい事がある切り出した事は、今までも何度も話してきたことだ。


「気にしてもしょうがないと思うけどな?」

「しかし、マスター」

「そういうオリヴィエも、マスター呼びが治らないぞ?」

「失礼しました。旦那様」

「うーん。何度も言うけど、俺は、呼びやすい方法で呼んでくれればいいと思っているのだけどな。なんなら呼び捨てでもいいぞ?」

「旦那様!」


 オリヴィエが何を気にしているのか解っている。


「オリヴィエ。旦那様と奥様と呼ぶのは身内だけだ」

「しかし」

「嫌なのか?」

「滅相もありません。旦那様」


 オリヴィエは、クリスとルートや元老院の事を気にしているのかもしれない。

 彼らが、俺の事を”ツクモ様”や”カズト様”と呼ぶのを統一させたいようだ。


「旦那様」

「ん?」

「旦那様は、この大陸の支配者です」

「うーん。そう?」

「はい。眷属たちは当然ですが、各街や区の代表に確認しました。旦那様が支配者です」

「そうなの?」

「はい!間違いありません!」


 オリヴィエが何時になく興奮しているのがわかる。

 何に興奮しているのかわからないが興奮を抑えられないようだ。


「オリヴィエ。少し、落ち着こうか?俺が支配者なら何か変わるのか?」

「すみません。はい。旦那様。いえ、カズト・ツクモ様。眷属の代表としてお願いがあります」

「ん?」

「旦那様は、大陸名を”チアル”に定められました」

「あぁ」

「この大陸の支配者である。カズト・ツクモ様。お名前に、チアルを入れてお呼びする事をお許しください」

「どういう事?」


 オリヴィエが説明してくれたのは、ミュルダ老のように街の長が名乗るあざなの事だ。


 俺としては、カズトもツクモも気に入っているからな。

 捨てるつもりは無い。


「なぁオリヴィエ」

「はい。お前たちの考えている事はだいたい理解した」

「では!」

「少し待ってくれ。俺が今から言うような事はできるか、皆で考えてくれ」

「??」


 俺の提案は、それほど不思議な事ではない。


 どうやら、オリヴィエたちが望んだのは、”カズト・ツクモ・チアル”で、チアルの支配者を明確にしたいという事らしい。

 しかし、俺の提案は違う。”カズト・チアル・ツクモ”と名前を改める。大陸の内外に”チアル大陸”の支配者である事を示す。呼び名は、今までどおりだが、正式な場では、”カズト・チアル”呼びにしてもらう。正式名称に関しては、シロにも意見を聞きたいので、今はまだ腹案だと伝える。


「どうだ?」

「かしこまりました。元老院とルートに連絡して問題がないか確認させます」

「頼む?ん?」

「どうかされましたか?」

「いや、確認とか言っていたけど、何か必要なのかと思っていな」

「あっ以前、旦那様がお命じになった事をまとめていらっしゃいます」

「ん?あ!俺とシロの立場の話か?」

「はい」

「そうか・・・。象徴としての立場に限定すれば問題ないと思っていたけど、何か問題が出ているのか?」


「・・・」

「オリヴィエ!」

「はい。元老院の皆様。ルート。クリスは、問題ないのですが・・・。一部でそれでは旦那様の威厳が保たれないと反対をされていまして・・・」

「威厳もなにも・・・。俺に何を期待しているの?」


 威厳って俺・・・何かやったか?


 ・・・。

 ・・・。

 ・・・!


 いろいろやっているな。

 うん。


「わかった、”チアル呼び”になれば不満も少なくなるのだろう?」

「はい。元老院とルートの見解では・・・」


 そうか・・・。

 オリヴィエが申し訳なさそうにしているのは、俺をチアルに縛り付ける結果になってしまう事を考えているのだろうな


 縛られるつもりは無いが、チアル大陸を見捨てたりしないのだけどな。

 多分、元老院やルートたちはなんとなく理解しているから、俺がかかわらないと宣言しても問題にはしなかったのだろうけど、そうじゃない。後ろ盾としての俺を当てにしている連中としては、俺が前面に出てこないのは不安なのだろう。


 しかし、チアルを俺が名乗るのなら話しが変わってくるのだろう。

 後ろ盾としては残るわけだし、実務から身を引くだけだ。


「そうか、手間をかけさせて悪いな」

「いえ、大丈夫です。ただ・・・」

「ただ、なんだよ」


「いえ、書類が全部書き直しかと思うと・・・」

「あぁ・・・。それは、勘弁してくれ、俺は何もできない」

「解っていますが・・・。そうだ!旦那様にお願いする事があります」

「ん?」


 オリヴィエが俺に頼みたい事は、考えてみれば当然の事だ。


 代官たちの書類の受け渡しをして欲しいという事だ。

 そんな事なら、ワイバーン便を飛ばせば済むのではと思ったのだけど、オリヴィエたちの考えは違っていた。


「そうなると、ミュルダ老やルートたちは、俺の結婚式に併せて、代官たちを集めて”任命式を執り行いたい”と、いうことなのか?」

「はい。それがベストのタイミングだと考えています」

「いいけど、結婚式の日取りはいつになるのか決めてないぞ?」


「はい。しかし、最低でも1ヶ月前には確定されると思っています」

「そりゃぁなぁいきなり明日やるとかは言わないから安心してくれよ」

「はい。解っております。2週間の時間をいただければ、大陸全土から代官を招集してみせます」

「あぁわかった。わかった。1ヶ月くらいの猶予は考えるよ」

「ありがとうございます。ただ・・・」

「なんだよ。奥様のご懐妊と同時発表ならもっと嬉しいのですが?」

「ねぇよそんな予定は!」

「そうで・・・ございますか?リーリアの報告では・・・」

「あ?オリヴィエ。リーリアがなんだって?」


 リーリアがこそこそと眷属たちを集めて何かやっているのかと思ったら・・・


「え?いえ?あっその・・・」

「オリヴィエ!」


 スーンならこうなってもうまくごまかすだろう。

 いや、その前にこんな失言はしないだろう。


「もうしわけありません。旦那様」

「いいから。何をした?」


 頭が痛くなってきた。

 首謀者は、カイとウミだという事だ。


 眷属にとっては、結婚式よりも俺とシロの子供の方が大事だという事で、できるだけ二人だけの時には眷属が見張りに出て、誰も近づけないようにする事にしていたようだ。

 まぁいいけど・・・。そんな簡単に子供はできないと思うぞ?


「わかった。わかった。ホームに居る間は、そのままでいい。ログハウスや洞窟では止めるように伝えておいてくれ」

「はい!」


 オリヴィエとの話しはこれ以外にもいろいろ有った。

 主に、結婚式をいつにするのかという事だったが、俺だけで決められる事ではない上に、フラビアとリカルダが絡んでいる。

 多分、クリスやナーシャやカトリナも絡んでくるだろう。そんな所に、意見具申をする勇気は俺にはない。


 従って、準備ができたと言ってくるのを待つことにしている。

 フラビアとリカルダが居るから大丈夫だろうとは思っているが、準備が整った上で式場の準備やら料理を準備しだせば、平気で1ヶ月位は必要だろう。


 子供云々は諦めてもらおう。まだ子作りをしていないからな!子作りは我慢しているからな!重要な事なので、2回ほど同じ事を考えてみた。


 準備ができてから、シロに結婚式のことを告げる役目は俺なのだろう。

 それから、式場や会場設営の準備を、スーンたちに頼んでしてもらう事になる。


「わかりました。それでしたら、元老院やルートの準備にも問題はないと思います」


 オリヴィエがホームから出て、ログハウスに向った。

 スーンたちと話しをしてから、元老院とルートの所に行くようだ。


『さて、カイ!ウミ!』


 リーリアが居ない以上は、二匹に先に話を聞いておこう。


『なんで、俺とシロだけにしようと思った?』

『怒っているの?』


 ウミが申し訳なさそうに返事をした。かわいい二匹の頭をなでながら、怒っていない事を伝える。


『主様』

『ん?』

『僕たちは、主様とシロの子供を望んでいます』

『それはなんで?』


 そう。それがわからない。

 元老院やルートや代官たちが望むのはわかる。権力の譲位が行われやすい関係を作っておきたいのだろう。しかし、眷属は違う。それに、俺やシロに寿命が有るのかさえもわからない状況で、子供は必要ないだろうと思えてくる。


『主様。エリンの事はどうされるのですか?』

『エリン?なんで?』

『え?あっ・・・。お聞きになっていないのでしたら、僕たちから言う事はできません』

『そうか・・・』


 なんとなく釈然としない。エリンを問い詰めれば教えてくれるだろうけど、無理やり聞くような事じゃないと思う。

 エリンが話してくれるまで待つ事にしよう。


『カイ。ウミ。いろいろ悪いな。もう少し待ってくれ』

『はい。わかっています』『うん。大丈夫!』


 それから、最近の狩りの様子を聞いた。


『そうか、ティアやティタたちももうかなり成長したのだな』

『はい』『うん』


 説明を聞くだけで、20分位の時間が必要だったが、ティア、ティタ、レッシュ、レッチェ、エルマン、エステルが進化したようだ。

 時間ができた時に、ゆっくりと事情を聞きながら、スキルの調整をした方がいいだろうな。


 ティア、レッシュ、エルマンのグループとティタ、レッチェ、エステルのグループという感じで狩りをしていたようで連携も問題なくできるし、よほどの相手でなければ大丈夫という事だ。


 カイとウミとライとエリンは、円で護衛して、ティアとティタたちは俺とシロを点で護衛する事ができるようになったと言われた。

 過剰防衛のような気がするが、本人たちがそうしたいという事なので、それに従う事にする。


 結婚式の問題もあるが、久しぶりにホームの充実を行ってみよう。


 モンスターをハントする場所は、このままでいいとして、眷属たちが気にしているので、俺とシロの住居を少し豪華にしようと思う。

 俺だけの意見じゃダメだよな。うーん。


『カイ。シロがどこに行ったかわかるか?』

『はい。今日は、エステルが付いています。少し待っていただけますか?』

『あぁ』


 5分位、カイが何やら交信しているような雰囲気があった。


『主様。わかりました』


 なにやら残念な雰囲気を出しているけど、カイが言いにくそうな事ってそんなにないよな?


『どこに居る?』

『ロックハンドなのは間違いないのですが・・・』

『どうした?』

『はい』


 カイが言いにくそうにしている理由はわかった。


 ナーシャとカトリナに連れられて、ダンジョンに入っているという事だ。


『護衛は?』

『エステルが、ゼーロとヌラの眷属を連れています』

『それなら、あの辺りの魔物なら大丈夫か』

『はい。大丈夫です。主様。申し訳ありません』

『カイが謝るような事はないと思うぞ?』


『いえ、エステルが付いていながら、シロがダンジョンに入ってしまいました』

『うーん。そうだけど、止められないと思いし、しょうがないと思うぞ、安全には配慮したようだし、気にしてもしょうがないだろう』

『はい』


 そうか、ダンジョンに入っているのか・・・。それに、ナーシャとカトリナが一緒じゃ簡単に帰ってこないだろうな。

 自宅の改修は後日にしよう。


 よし!

 結婚式用の料理でも考えるか!


『カイ。リーリアは?』

『ログハウスに行っています』

『ありがとう。ログハウスに居るから、シロが戻ってきたら、来るように伝えてくれ・・・。あっシロが帰ってきたら、俺に先に知らせてから、シロにログハウスに来るように行ってくれ』

『わかりました』


 エリンとエーファやダンジョンコア・クローンたちはモンスターをハントする場所に居るようだし、信頼できるカイに伝言を頼んでおくのがいいだろう。


 ログハウスに移動すると、すぐにリーリアが駆け寄ってきた。

「旦那様。なにかありましたか?」

「あっいや、そういうわけじゃない。ステファナとレイニーもこっちに居るのか?」

「はい。料理を研究しています」

「丁度良かった。結婚式の話は聞いているよな?」

「はい。もちろんです」


 オリヴィエも話に加わってきた。


「オリヴィエも居るから丁度いい。結婚式用の料理を考えるぞ」

「え?」「はい?」


 リーリアとオリヴィエが素っ頓狂な声を上げる。

 予想していなかったことなのだろう。


「だから、俺とシロの結婚式には、料理を・・・出すだろう?」

「はい」

「当然です。しかし、それは元老院やルートや各代官が持ち寄るものでは無いのですか?」


「ん?どういう事だ?」


 何か常識に齟齬がある。


「え?旦那様?私が、元老院とルートから聞いた所、料理は一般的に招待された者が用意すると聞いております。今回は、招待すべき人数が多いので、ルートとクリスが間に入って調整したり、指示を出したりして取り仕切ることになると思っています」

「ルートとクリスが?」

「はい。旦那様と奥様のご結婚の前に結婚していて、お二人の事を知っている者という事で、二人が適任だろうという事になっています」


 うーん。

 仲人のような物か?


 だから、ルートやクリスも結婚式の前に面倒事を片付けたかったのだな。

 式の準備が始まってしまえば、調整だけでもかなりの仕事量だろうからな。確かに、結婚式のプランナーが居ないのだし、誰かが仕切らなければならないのは当然か・・・。


 でもなぁ食事は俺が作ったほうがいいような気がするのだけどな。


「そうなのか?その辺りの事情がわからないからな。一通り説明してくれ」

「わかりました。でも、元老院でお聞きになったほうが良いかと思いますが?」

「そう言われれば・・・そうだな。元老院に聞きに行く事にしよう。リーリア。付き合ってくれ」

「かしこまりました」


 リーリアと元老院に向かう事にした。

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