第二百六話


 ロックハンドに戻った。

 家には、イサークとナーシャが待っていた。


 ナーシャは、シロを捕まえて、キッチンに入っていった。ステファナとレイニーも後に続いた。

「リーリア。シロとナーシャを頼む」

「ご主人様。かしこまりました」


 リーリアがキッチンに入っていれば、大きな問題は発生しないだろう。


「ツクモ様。話を聞いてもいいですか?」

「この前の魔物か?」

「はい」


 イサークを連れて、応接室に入る。

 オリヴィエに飲み物を頼んだ。


「まずは、ガーラントがすまない」

「・・・。素材か?」

「はい」

「別に構わない。まだ必要なら言ってくれ、必ずとは言えないけど、用意できると思う」


 必ず用意できる素材ではあるのだけど、希少価値とかいろいろ考慮するとホイホイ出していいものではないだろう。

 必要になったら出せばいい程度に考えておけばいいだろう。シャイベの言い方では、魔物の強さの調整もできるようだからな。それで素材に差が出るかわからないけど、なんとかなるだろう。


「わかりました。それで、例の魔物は?」

「うーん。現状。よくわかっていない事が多すぎる」

「そうなのですか?」

「各地に出没しているのは間違いないようだけど、手がかりが何も残されていない。ルートガーが調べているけど芳しくないな」

「へぇ・・・。撃退された例も?」

「ないぞ?それどころか、ルートガーのところに集まっている情報だけだけど、犠牲を1人も出していないのは、イサークたちだけだな」

「え?」

「ここだけが犠牲者がいなかった」

「それは、ツクモ様たちの助力があったからで・・・。俺たちが優れているというわけじゃないと思いますけどね」

「どうだろうな。ギリギリかも知れないけど、耐えきれたと思うぞ?それに、俺たちが来なければ、イサークは逃げていただろう?」


 イサークを見つめる。

 イサークはなにかを諦めた雰囲気を出してから、大きくため息をついた。


「そうですね。ツクモ様たちが来なければ、ガーラントの盾が保っている間に逃げる事を選択しましたね。現実的に、勝てないのなら逃げるしか無いですからね。ロックハンドを放棄するのは、忸怩たる思いですが命には変えられませんし、生きてツクモ様に報告すればロックハンドの再建に力を貸してくれる事が期待できますからね」


 ロックハンドを任せて見てわかった。イサークは代官向きだ。

 しっかりとした損得で行動を考える事ができる。


「イサーク。このロックハンドは、どうしたらいいと思う?」

「言っている意味がわからないのですが?」

「ロックハンドはどうするのが理想かと聞いている」

「それを俺に聞きますか?」

「イサークに聞きたい」


 イサークが俺を睨みつける。

 意味がわかっているのだろう。


「そうですね。前提条件をつけていいですか?」

「あぁ」

「まず、船の定期便は辞めましょう。その上で、魔の森を通る道も作るのは辞めましょう」

「それで?」


 面白い。

 俺の考えとは逆だな。


「ツクモ様が、ダンジョン内で実験している事がありますよね?」

「ないぞ?」


 イサークが大きく息を吐き出す。


「まぁいいですよ。居住区のダンジョンで行っている農業や魔物の飼育を、実際の環境に適応できるのかを確認する必要があるでしょう」

「ほぉ?それで?」

「実験の第一段階はダンジョン内でもいいでしょう。でも、次の段階は、ダンジョンの外に出すべきだと思います」

「なぜ?」

「なぜ?と聞きますか?」

「イサークの意見を聞きたい」

「はぁ・・・。まぁいいですよ。ダンジョンの中は、一定になっている。問題も出にくい」

「そうだな」

「いきなり、他の集落や区で同じ事を実行しようと思っても、問題が出る事が考えられる」

「かもしれないな」

「それで、ロックハンドで実験を行えばいい。そのための場所だと割り切れば、隔離されている場所は都合がいい」

「人員が少ないぞ?」

「それこそ、ツクモ様ならなんとかなるのではないですか?」

「ん?スーンたちか?」

「えぇそうですね。ツクモ様も、いつまでも、チアル街や各区にスーン殿や眷属達が居るのを”良し”と考えていらっしゃらないでしょ?」


「ハハハ。悪い。面白いな。イサーク」

「え?」

「でも、そうなると、いろいろ知っている者が、ロックハンドのトップ・・・代官をしないとダメだろう?」

「そうですね」


「イサーク!」

「俺はダメです」

「何がダメだ?カイとウミとライたちの眷属を除けば、一番長い付き合いなのが、イサークたちだぞ?」

「そうかも知れませんが」

「俺の事情も把握できているだろう?」

「そりゃぁまぁ」

「スーンが眷属だって事を知っているのもお前たちと一部だぞ?」

「そうかも知れませんが」

「もっというと、他に人がいない!イサーク。お前が考える適任者は誰だ?」

「・・・。いませんね」

「だろう?リヒャルトは、ゼーウ街を任せてしまっている。多分、適任者は、ルートガーだろうが、奴にはチアル街を全部任せる事になっている」

「え?」

「ん?あぁお前たちは、この前の全体会議には来ていなかったな」

「えぇ俺たちは、別に代官でも無いですからね」


「よし。わかった!」

「まて、待て、待ってくれ!ツクモ様。今、何をやろうとした!」

「ルートガーを呼び出して、元老院のメンバーに招集をかけて、イサークとナーシャを夫婦と認めて、ロックハンドの初代代官にする。ただそれだけだぞ?」

「だから、なんで、ツクモ様は・・・」

「ダメか?」

「ふぅ・・・3日。いや、2日だけ時間をくれ」

「わかった。でも、俺の中で、イサークが代官をやる事は確定だからな」


 イサークを解放して、キッチンに向かうと、シロとナーシャが、ステファナとレイニーとリーリアから料理を習っていた。

 口を出しても多分いい方向には進まないだろうから、リビングにオリヴィエを呼び出して、イサークの話をする事にした。


「マスター。いいと思います。イサーク殿なら安心して任せられますし、裏事情を知っている人間は隔離しておいたほうがいいでしょう」

「そうだよな」


 オリヴィエは、イサークの代官としての能力よりも、裏事情を知っている人間を内側に取り込める事にメリットを感じているようだ。

 メリットではあるけど、ロックハンドを後方支援や生産拠点にするのもいいのだろうな。そうなると、イサークのアイディアが一番いいように思える。船で来るか、転移門での移動でしか来られないのなら、確かにここでしかできない事を実験的に行うのには適しているよな。


 ロックハンドをイサークに任せるにしても、新種の魔物が気にはなる。

 なぜここだけ襲ってきたのか?

 この大陸で、海から上がれる場所は4箇所しか存在していない。ほかは、崖になっているから上陸ができそうもない。


 ロックハンドだけにない物・・・。沢山有りすぎてよくわからないな。

 ここにだけあるもの・・・は、多分、無いだろう。


 あの時まで遡って考えると、ロックハンドになかった物は、ダンジョンという事になるのだけど、まさかダンジョンがない場所・・・を、狙った?


「オリヴィエ!」

「はい?」

「クローン・シャイベを呼んできてくれ」

「かしこまりました」


 オリヴィエが部屋から出ていく、ホームを起動させればいいのだけど、ナーシャが居るからなんとなく使わないほうがいいだろうと思っている。イサークが代官を引き受けたら、チアルダンジョンかペネムダンジョンに出られる転移門を作ってもいいかも知れない。

 各地に散っている、眷属たちを徐々にロックハンドに送り込んでもいいだろう。


「マスター」

「シャイベ。悪いな。カイたちは大丈夫か?」

「あっ大丈夫です。アズリちゃんのスキルで魔物を出すようにして、マスターの魔物を見ていたら、取り込めた物もあるようです」

「そうか・・・。でも、大丈夫なのか?」

「はい。かなり弱いみたいです」

「へぇ・・・?」

「なんで、そうなっているのかはわからないのですが、ティアとティタが単独で倒せるくらいです」

「そりゃぁ確かに弱いな」

「はい。カイ兄さんやウミ姉さんだと、20体を相手にしても楽勝です」

「だろうな。それなら、魔物ポットを配置しても問題にはなりそうにないな」

「はい。でも・・・」

「でも?」

「はい。何度か戦っていると、変異種が出てきてしまって、そのときには、スキルを使う様になったりします」

「そうか、それじゃ放置はできないな」

「はい。あっそれで、本日は?」


「あぁそうだった。シャイベに確認したい事が有って来てもらった」

「はい」


 ロングケープとパレスケープとパレスキャッスルのダンジョンの様子だ。

 簡単にいうと、支配領域がどうなっているのかを知りたかった。


 RADで確認すると、区全体が支配領域の様に見える。

 海の部分まで支配領域になっているように見えるけど、海の場合は、実際の支配領域はどうなっているのかを知りたいと思ったのだ。


「三箇所とも、全体をダンジョンの支配領域にしています。ただ、地上部分に関しては支配領域ではありません。海の部分に関しては、支配領域になっています」


 やはりな。


「海から陸地に上がろうと思った時には必ず支配領域を通るということだな?」

「そうなります」

「そうか・・・」

「マスター?」


「うーん。まだ仮説だけどな。新種の魔物は知っているよな?」

「はい。あの鉱石でできた魔物ですよね?」

「あいつら、ダンジョンの支配領域に、入る事ができない・・・じゃないかと考えている」

「え?」「え?」


 近くに居た、オリヴィエも奇妙な声を上げた。

 オリヴィエを手招きして、ソファーに座らせた。


 クローン・シャイベは、オリヴィエの肩に座るような形になる。


「ルートガーの話やローレンツの話だからまだ抜けもあるだろうし、違っているかも知れないけど、チアル大陸では、襲われたのは一回だけだ。それも、ロックハンドだけだ」

「はい」「うん」


 やはり、誰かに説明しながらだと、自分の考えもまとまりやすい。


「あのときの事を思い出してくれ」


 ロックハンドに、ダンジョンは作ってあったが、他の場所の様に支配領域を広げていない。その上、ティリノに言って魔の森に広げていた支配領域を解除させて、小さなダンジョンに関しては放棄した。


「確かに、あの時点ではロックハンドダンジョンの支配領域は魔の森方面に伸ばしていて、海側は無防備でしたね」

「いまは?」


 クローン・シャイベを見る。


「いまは、マスターの居住を作ったので、安全確保の・・・。魔物の侵入の監視を行うために、海にまで支配領域を伸ばしています」

「それはわかっている。責めているわけじゃないから安心していいぞ」

「ありがとうございます。眷属・従者の会議で決まった事ですので・・・」


「あっシャイベ!」

「あっ!」


 オリヴィエがしまったという表情を浮かべる。

 シャイベもまずいと表情と雰囲気をだす。


「あぁ・・・。大丈夫。お前たちが、俺とシロを抜いて話し合いをしているのは知っているし、別に辞めさせようとも思わない」

「あっ」「あ・・・。ありがとうございます」


「俺とシロの安全の為に知恵を出し合っているのだろう?」

「はい」「そうです」


「うん。大丈夫。ただ、ダンジョンの設備の変更をするときには、教えて欲しいかな?」

「はい。申し訳ございません」「わかりました」


 二人からの謝罪を受け入れて、皆にも伝えてもらう事にした。

 話し合い事態は問題ないし、行って欲しいけど、ダンジョンやホームの変更をするときには、変更後でいいから教えて欲しいとお願いする事にした。


 やはり、ダンジョンの支配領域になっているところには、新種の魔物は入ってこない。それなら、支配領域になっていない場所にいきなり転移してくる事ができないのか?


 今の所、兆候は見られない。


「「「マスター」」」


 どうやら、クローン・シャイベがダンジョンコアたちを呼んでくれたようだ。

 チアルとペネムとティリノが集まってきた。


「なぁチアル大陸全部を、ダンジョンの支配領域にするのはどうしたらいい?」

「マスター。それは地上部という事ですか?」

「うーん。今の所は、地上部と内部の両方かな。同時にできればいいけど、できなければ、地上部を優先だな」

「それでしたら、シャイベにダンジョンコアを連結させていけばできると思います」

「ん?チアルが、ダンジョンコアを生産して、シャイベに組み込んでいくという事か?」

「はい」

「かなりの数が必要になるよな?」

「そうですね。ざっと600個程度でしょうか?」

「現実的じゃない数だな」


 ティリノが手を上げている。


「ティリノ?」

「はい。地上部だけなら、魔核が大量に必要ですが、できると思います」

「どうやる?」

「はい。魔の森の全域を支配領域に置いた時と同じ方法が使えると思います」

「そうか、配下の小さいダンジョンを作りまくるという事だな」

「はい。深さに比例して支配する領域が決定するので、深さもある程度は必要です」

「魔物は?」

「必要ありません」


 少なくても、SAやPAや道の駅には、ティリノダンジョンを配置して新種に襲われないようにしたい。ダンジョンができる事への懸念もあるとは思うけど、元々”ダンジョンは自然発生する”物と思われているから大丈夫かも知れない。


「ペネム」

「はい」

「サイレントヒルの支配は大丈夫だよな?」

「はい。完了しています」


「チアルは、ヒルマウンテンの支配は問題ないよな?」

「大丈夫です。ヒルマウンテンのログハウス周り以外は支配領域にできます」

「ログハウスの周りは?」

「あの辺りは、マスターの支配領域になっているので、我たちの力では支配できません」

「ん?ん?」


 考えてもダメかもしれない。

 俺が支配している場所だから?

 意味がわからないけど、周りを囲まれているのなら安全だろう。


 魔の森は、もうチドティリノが支配すればいい。


「よし、わかった。ティリノとシャイベとペネムで、チアル大陸の全員を支配領域にしよう」

「はい」「かしこまりました」「わかりました」


「ルートガーと元老院に一言入れてからになるけど、準備だけはしておいてくれ」

「「「「はっ!」」」」

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