第百九十二話


 書類を読んでいると、シロが珈琲を持ってきてくれた。


「カズトさん。少しお休みください。もう3時間以上、書類と向き合っておいでです」

「あっそうか・・・。シロ。ありがとう」

「いえ・・・。それで、なにかおもしろい事がありましたか?」

「どうして?」

「先程から、カズトさんがなにかを考えていらっしゃったので、なにか面白い事でも有ったのかと思いまして・・・」

「問題が有ったとは考えないのか?」


 シロがどうして”面白い事”という発想になったのかが興味がある。


「怒りませんか?」

「怒らせるような事なのか?」

「わからないので、聞いておきたかったのです」

「俺が怒るのは、シロが自分をないがしろにしたときだけだ」


「え?あっ・・。カズトさんが決裁書類を読んでいる時に、なにか問題がある書類や事象なら、即対応をとられると思います。最低でも、僕かオリヴィエに書類を見せるはずです」

「たしかにな。それだけか?」

「考えていらっしゃる横顔がいつもと違っていました」

「ん?」

「なにか、問題がある時には、こう眉間にシワがよりますが、今回は・・・ナーシャ殿を・・・その・・・」


 あぁそういう事か!

 ナーシャやカトリナを罠にはめようとしている時と同じ表情だったといいたいのだな。


 シロの癖に、俺のことをそんなに見ていたのか?

 嬉しくなってくる。


「わかった。わかった」


 シロが持ってきた珈琲に口をつける。

 温度も丁度いいし、味もいい。


「シロ。これは?」

「あっ!僕が入れたのですが?ダメでしたか?」

「そんな事はない。美味いぞ。オリヴィエに教えてもらったのか?」

「はい!」


 嬉しそうにしているシロを見ていると俺も嬉しくなってしまう。


 できれば、こんな日が続けばいいと思えてくる。


「少し腹が減ったな」

「そうですね。どうなさりますか?」

「面倒だからな。リーリアはなにか言っていたか?」

「いえ、何も聞いていませんが、ステファナとレイニーになにか作らせますか?」

「そうだな。簡単につまめる物を頼む。ここで食べよう」

「かしこまりました」


 シロがステファナとレイニーが居る部屋に移動して、何やら指示を出している。

 サンドイッチができてくるようだ。肉は大量に確保しているので、なにかの肉を挟んで持ってくるようだ。


 同じ事の繰り返しだが、ダンジョンの中で行われる行為と、ログハウスで行われる行為で、同じことでも快適に感じる・・・。受け側の感情でここまで違うのだな。


 書類に目を落とす。

 さっき、シロが”面白い事”という表現したのだが、面白いと判断してはダメだと思っている。


 シュナイダー老からの報告でまとめられているのだ。

 食事が終わったら、シュナイダー老を訪ねないとダメかもしれない。いくつかの問題を含んでいるように思えてならない。


// 冒険者が治安維持隊に捕縛される件数が増えている


 と、いう事だ。

 提出は、シュナイダー老だが、ヨーンにも嬉々に言ったほうがいいかもしれない。


「オリヴィエ!」

「はい」


 シュナイダー老の報告書を渡す。


「すぐに対応しなくてもいいが、ヨーンとシュナイダー老の話を別々に聞きたい」

「かしこまりました」


 オリヴィエは、書類を読んでから


「シュナイダー殿をお呼びします」

「いるのか?」

「確認してまいります」

「頼む」


 オリヴィエが俺とシロに一礼してから執務室を後にした。


「カズトさん。さっきの書類ですか?」

「あぁ」

「どんな内容なのですか?」

「ん?あぁ・・・。最近ではないが、冒険者の逮捕者が増えているという事だ。それもくだらない内容が多くて少しだけ気になった」

「そうなのですか?」


 シロが、オリヴィエが置いていった書類を取り上げて読み始める。

 こういう時のシロの顔も可愛い。


「カズトさん。これ?」

「あぁ俺も不思議に思っている」

「そうですよね。屋台で食材を盗んだとか・・・。酒場でスキルカードを払わないで逃げたとか・・・。あまりにも・・・。でも・・・」

「だろう?スキルカードを持っていない状況でない。払えるだけのスキルカードを持っている者でも同じ様な事をしている」

「そうなのですよね」

「それとな・・・。シロ、年齢を見てみろよ」


「え?うそ?」

「な?不思議だろう?」


 そう、捕縛された者たちの年齢は、人族としては高齢の60代後半からになっている。

 俺はなんとなく解るのだが、この世界にも同じ様な現象が発生するのかが気になっているのだ。


 社会福祉ではないが、チアル街はかなりセーフティーネットがしっかりしていると思っている。

 実際の所はわからないのだが、なんとなく同じ様な気がしている。


 捕縛されている場所が、SAやPAや道の駅が多いのだ。捕縛された者は、前歴者リストとして乗るが、軽微な犯罪や示談が成立している場合には、ダンジョン内での労働を罰として与えている。主に、繁殖と魔物の肉や素材で使えなくなった者を捨てに行く作業だ。

 SAやPAや道の駅で捕縛された場合にも、チアル街まで運ばれてくるのだ。その間の食事も保証している上に、ダンジョン内での作業のときには入浴して身綺麗にしてもらうのだ。それを、行政区の予算の中から割り当てている。繁殖した魔物を売る事で、黒字にはなっていると、シュナイダー老の報告ではまとめられている。


「シロ。どうおもう?」

「え?僕・・・。ごめんなさい。わからないです」

「謝る必要はない。そうだな。オリヴィエが帰ってくるまで少し時間がかかるだろう。少し話すか?」

「はい!」


 シロが、ソファーに座ったので、俺もシロの正面に腰をおろす。

 食事の片付けが終わった、ステファナが珈琲を持ってくる。シロには、果物を絞った物を持ってきている。


「ステファナとレイニーも座って、一緒に話をしよう」

「はい」「かしこまりました」


「あっ!そうだ。果物の皮を向いた物を何個か持ってきてくれ」

「はい」

「僕も手伝う」

「奥様は、座っていてください」


 ステファナがシロを制するが、もうシロは立ち上がって、奥の部屋に入っている。


 奥から声が聞こえてくるが、シロの手付きは少し危なっかしいようだ。


 10分くらい経ってから、山盛りの果物をステファナとレイニーが持って帰ってきた。シロがやりきった雰囲気を出しているのが可愛くて笑えてくる。反対に、シロを止めなかった俺をステファナとレイニーが少し恨めしそうな目で抗議している(のかもしれない)。


「旦那様。果物です」

「ありがとう。うーん。面倒だから、スキルを使って実行してみるか?」

「カズトさん。スキルを使うのなら、僕がやります!」


 今日はヤケにシロが積極的だ。

 スキルだから、ステファナでもいいのだけど、シロがやりたいというのなら任せてみるのもいいだろう。


「わかった。ステファナ。スキル氷をシロに渡してくれ、そうだな。レベル5程度で大丈夫だと思う。あと、レイニー。塩を持ってきてくれ。あと、スキル速度向上は、シロが持っていたよな?」


 皆から了承の返事が来る。

 材料はすぐに集まった。

 それから、シロにスキル氷を使って、氷を生成する。その後で、塩をふりかけて少しでも温度を下げる。

 果物を少しだけ凍らせる。スキルで直接凍らせると、完全に凍ってしまって美味しくなかったのは実験済みなのだ。


 果物の周りを結界で覆った状態で、速度向上を行う。

 いい感じに固まったら、スキルの利用を終わらせる。


 それを冷やしたボールに移して、スキル風で細かくしていく。

 細かくなったら、今度は結界を小さくして、中を撹拌するように動かす。結界の中に障壁を発動しているので、簡易的なミキサーのようになっている。


 できた物を各々のコップに移して、何の果物が入ったかわからないが、スムージもどきの完成である。


 一口飲んだが、ベリー系の味がする。柑橘系も入っているのだろう。十分美味しい。

 シロとオリヴィエとレイニーとリーリアも口をつける。


 絶賛の声が聞こえる。


「飲みながらでいいから話をするか?」

「はい!」


 シロが姿勢を正す。

 別にそこまでかしこまらなくても問題は無いのだが、真剣な表情なシロを見ると嬉しくなってくる。


「シロ。報告書は読んだよな?」

「はい。でも、僕には何がおかしいのかわかりません」

「うーん。報告書はおかしくない」

「え?それなら?」

「なんと言えばいいかな。シロ。高齢者ばかりが、チアル街以外の場所で捕縛されているよな?」

「・・・。はい」

「パレスキャッスルやパレスケープやロングケープでは、ゼロではないが数はかなり少ないよな?」

「はい」


 ステファナとレイニーとリーリアも書類を見てうなずいている。


「捕縛された者はどうなる?」


 リーリアを見る。


「ご主人様。チアル街に連れてきて、罰を与える事になっています」

「そうだな。それで、捕縛された者の殆どは軽微な犯罪で、持っていたスキルカードでの弁済も殆ど終わっている」

「え?」


 リーリアが書類を見直す。

 別に書かれている項目なので、見落としてしまいそうなのだが、半数以上の捕縛者の弁済が終わった状態でチアル街に連行されてきている。


「本当です。ご高齢の冒険者と区切ればほぼ全員の弁済が終わっています」


 あっ!

 俺が見落としていた。

 場所が離れているのに、なんでそんな事が可能だったのか?

 誰かが絵を書いた可能性があるのか?


「カズトさん?」

「ん?あっ悪い。少し見落としていた所があって考えていた」

「見落とし?」

「うん。あっ先に俺の考えた事を話すな」

「はい!」


 考えすぎかもしれないという前提を付けて、さっき気がついたことを含めて説明した。

 まずは、わかりやすいように、チアル街に安く来る方法として捕縛される事を考えたのではないかという事だ。


 それでは、リスクの方が大きいので、それよりも大きなメリットが存在しているのではないかと思った事を話して聞かせた。


「メリットですか?」

「あぁ軽微と言っても、犯罪者になる。それを補うメリットがないとダメだろう?」


「旦那様」


 珍しく、レイニーが手を上げている。


「ん?」

「旦那様は、奴隷を廃止なさいました」

「犯罪奴隷はそのままだけどな」

「はい。その過程で、開放された子どもや、今まで口減らしの対象になるような子どもが困らないように、いろんな所で子どもができる仕事をお与えになりました」

「そうだな」

「子どもは、食べられるようになりました。しかし、ご高齢の人たちは変わらないのです。違いますね。奴隷が居なくなったので、自分で働く必要が出てきてしまって、犯罪奴隷にならない程度の犯罪を起こしても、問題ないと考えたのでは・・・?」

「ん?え?は?」


 奴隷?

 そうか!口減らしの子どもの奴隷を買っていたのは、小金を持った高齢の冒険者か?


 そうなると、メリエーラ老も呼んだ方がいいか?

 根本的な運営にもつながるから、ルートガーも必要だな。


 本当に、俺の想像が有っているのか確認できたら、運用を考慮しないとダメか?


 あぁぁぁ

 いろんな事が見えてきてしまった。考えすぎかもしれないが、確認してみないとダメだろう。考え過ぎじゃなかった時が怖い。


 オリヴィエが帰ってきたようだ。執務室のドアがノックされる。

 ステファナとレイニーはテーブルの上を片付けてくれる。シロが、俺の横に座る。


「マスター。シュナイダー殿をお連れしました」

「ありがとう。入ってもらってくれ」


 オリヴィエは俺の後ろで立つ。

 シュナイダー老は、オリヴィエから事情を聞いているのだろう、落ち着いて話し始める。


「そうか・・・。最初は、偶然だったのだな」

「そうです」

「誰がいい始めた?」

「ワシです。他の者は、関係ない。ツクモ様。ワシ1人の首で許してください」

「はぁ・・・。シュナイダー老。何か勘違いしていないか?」

「勘違い?」

「そうだ。俺は、俺の失策を取り返してくれた老を罰するほど愚か者にはなりたくない。申し訳ない。考えが足りなかった」


 シロもオリヴィエも、奥で控えていたステファナとレイニーも驚いている。

 一番驚いたのは、シュナイダー老だろう。


「ツクモ様。ワシは・・・」

「老。それでどうしたらいい?奴隷制度の復活はダメだ。他に方法はないか?」


 やはり、高齢者がやっていた仕事を子どもが奪っていたのだ。

 それだけではなく、今まで一番の弱者だった奴隷が居なくなった事で、ご高齢の者がないがしろにされ始めた。そこで、最初は偶然だったのだろう。軽微な犯罪者をチアル街まで”無料”で連れてきて、軽微な罰としてダンジョン内の仕事を割り当てる。

 そうする事で、ご高齢の冒険者を救ったのだ。


 ダンジョンでの仕事を行えば一時的に仕事にありつける。

 それだけではなく、チアル街・・・。正確には、ペネムダンジョン内なら選ばなければ、仕事は沢山あるのだ。人手不足の解消にもなっているので、一石二鳥だったようだ。途中から、シュナイダー老が書いた絵をヨーンが運用するようになった。

 軽微な犯罪を起こした事にして、チアル街に護送する。そして、仕事を与えていたのだ。


「ツクモ様?」

「老。移動は、そんなにスキルカードが必要なのか?」

「・・・。はい。安くは無いでしょう」

「そうか・・・。でも、無料の馬車を走らせたら、ダメなのだろう?」

「え?」

「ん?ミュルダからロングケープ。サラトガからパレスケープ。ユーバシャールからパレスキャッスル。チアル街とアンクラムとユーバシャールとサラトガとミュルダを回る乗り合いの馬車を定期的に回すのはダメか?」

「スキルカードは?」

「無料でいいと思うぞ?それこそ、馬車の側面に広告を貼ればいいだろう?若手の御者に訓練をさせてもいいだろう?魔物は大丈夫だろうから、予算的に厳しくなければ無料で運用だな」

「広告?」

「あぁ馬車の側面に、例えば”甘味処 カトレア!ロックハンドで営業中”とか絵付きで出せばひと目に付くだろうし、それを見た人が行きたくなるだろう?」

「・・・。そうですな。やってみるのもいいかもしれないですな」

「そうか・・・。その前に、ヨーンやミュルダ老やルートガーも絡んでいるのだろう?」

「・・・。はい。しかし、ツクモ様」

「解っている。罰を与えようとかではない。街・・・。大陸の運営を考えたいと思っているだけだ」

「わかりました。それでしたら、代官会議が来週行われます。その時でどうでしょうか?」

「わかった。老に任せる」

「はい!」


「そう言えば、パレスキャッスルとパレスケープとロングケープではやらなかったのか?」

「え?あっそうですね。必要なかったのです」

「必要なかった?」

「はい。その三箇所は船を作って、大陸へつつないだり、ロックハンドや港をつないだり、船の運営に経験者が必要でして、皆そちらにとられていました」

「そうか・・・。確かに船乗りは経験が必要だからな」

「はい」


 それなら、シュナイダー老と現状の認識に相違点がないか話を聞いて、来週の代官会議に合わせて運営を考える事にした。草案を、元老院で考えてくれる事になった。

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