第百八十話


「カズトさん」

「シロか?あぁ悪い。寝てしまったようだ」

「寝るのでしたら、ベッドに行きましょう」

「そうだな」


 まだ起きるには早いか?


「シロ。どのくらい寝ていた?」

「カウントは、まだ4,000近くあります」

「そうか、5-6時間という所だな。もう少し寝るか?」

「そうしてください」

「シロを抱きしめながら寝るから一緒にベッドに入るぞ」

「はい!」


 嬉しそうに腕を絡めてくる。

 シロを抱きかかえて、ベッドに潜り込む


 布団に入った途端に、温泉浴衣を脱いで抱きついてくるシロを軽く殴ってから一緒に寝る事になる。

 シロを抱き寄せて、軽いキスを交わしてから目を閉じる。


 どのくらい寝たのだろう。

 横で寝息をたてているシロをベッドに残して、テントを出る。

 カウントは、3,500を切った所だ。半日程度寝ていた事になるのか?


 疲れも溜まってきているから、丁度いい骨休みになっている。

 セーフエリアを作ってくれているのはありがたいが、ダンジョンコアの意図が読めない。3日4,320分という期間を切っている事がわからない。確かに、ここに来るまで通常のパーティーなら大量の物資を消費しているだろうし、疲労のピークかもしれない。

 俺達は疲れては居るが、ピークというほどではない。


 仲間割れを狙っているのか?

 違うな。純粋に、食料を消費させたいだけなのか?


 意図が読めない。

 読めないから余計な事を考えてしまう。


「マスター!」

「オリヴィエ。起きていたのか?」

「はい」

「お前はどう思う?」

「そうですね。マスターなら、セーフエリアを設置しますか?」

「そうだな。俺なら・・・。こんな場所にセーフエリアは設置しないな。それも、監禁するような感じでだろう?」

「はい」

「そうか、この先に何かある可能性はある。でも、それは可能性でしかない」


 シュレディンガーの猫だな。

 扉を開けるまでわからないのに、扉を開けた先の事を考えて悩む。


 この状態が3日続くと考えたらかなりの苦痛だな。


「え?」

「いや、今、お前が言った通りに、俺なら、階層主を抜けた場所にセーフエリアを設置して、3日後になにか発生するような感じに見せかけて・・・」

「そうですね」

「俺達は、時間まで精一杯、休む事にした。でも、一般的には3日間緊張を強いられるのかもしれない」

「そうですね」

「101階層という事もあり、終点が近いと勝手に考えてしまうだろう」

「はい」

「そこで、3日後に扉が開いたら、何も無く通常のダンジョンフィールドが広がっていたら・・・」

「そうですね。絶望はしないとは思いますが、肩透かしを食らった感じには思うでしょうね。マスター。もうひとつの可能性として、カウントダウンがダミーという事は無いですか?」

「うーん。俺ならやらないかな」

「なぜですか?」

「101階層まで降りてくるようなパーティーにはそれなりの敬意を感じるだろうからな」

「・・・」

「それに・・・」

「それに?」

「オリヴィエ。例えば、セーフエリアが解除されて、魔物が出てくるとして困るか?」

「そうですね。出る魔物によりますが、100階層に出てきた魔物なら困らないでしょう。驚きはしますけど・・・」

「だろう?だから、無意味だし、探索している冒険者に敵意を与えるのは得策ではない。なんか、変な言い方だけど、俺達とダンジョンマスターやダンジョンコアの間で信頼関係ができていて、それを壊すようなトラップを仕掛ける意味は無いからな」

「あっ!」

「それに、踏破されそうになった時に、ダンジョンコアに剣を突き立てるか、会話を望むかは、俺達に関わってくるだろう?」

「そうですね」

「そうだとしたら、無闇に信頼を裏切る必要はないと考えるけどな」


 オリヴィエがなにかを考え出した。

 俺も、自分の考えに絶対に自信が有るわけではない。こう考えてくれていたら嬉しいと思っているだけだ。


 1分1分数字が減っていく。


 ステファナとレイニーも起き出したようだ。

 眷属を風呂に入れていた、リーリアが戻ってきた。


「リーリア。ありがとう」

「ご主人様。何か、お飲みになりますか?」

「そうだな。珈琲を貰おうかな」

「かしこまりました」

「あっリーリア。僕にも、カズトさんと同じ物をお願い」

「はい。かしこまりました。砂糖はどういたしましょうか?」

「うーん。少しだけ甘くしてくれたら嬉しい」

「はい。奥様」


 シロも起き出して、俺の横に座る。

 オリヴィエが立ち上がって、リーリアを手伝いに行くようだ。


「ステファナ。レイニー。身体は大丈夫か?」

「旦那様。大丈夫です。ありがとうございます」


 2人はお互いの顔を見ながら答えた。

 そして、シロの正面の自分たちの定位置に腰を降ろした。


「奥様。1勝負していただけませんか?」


 レイニーがシロにチェスを挑むようだ。

 実は、シロはチェスが強い。強くなったと言うべきなのかもしれない。先読み+天性の感で局面を乗り切る事がある。ステファナがレイニーのセコンドについて、シロ対レイニー&ステファナでの三回戦が行われるようだ。

 俺の口出しは禁止された。


 リーリアが持ってきてくれた珈琲を飲みながらチェスの対戦を眺めている。


「そう言えば、アズリとエリンは?」

「はい。訓練すると言っていましたが」


 オリヴィエが目線を送った先では、エリンとアズリが仲良く寝ている。

 その周りで、リーリアに洗ってもらった眷属達が寝そべっている。休んでいる時は、カイとウミは省エネモードなのか小型化している事が多い。俺と出会った頃のサイズで過ごしている。


 寝始めた眷属やアズリやエリンを、エーファがテントに運んでいる。


「ご主人様。お食事はどういたしましょうか?」

「そうだな・・・」


 カウントを見る。


「軽い物で頼む。果物だけでもいいぞ?」

「かしこまりました」


 ライが確認した所では、眷属を呼び出すのも可能なようなので、果物がなくなったら、収納が使える眷属を呼び出す事もできる。なるべくなら使いたくない手だが、不足する状況になったら躊躇しないで使う事にしている。


 アズリが起き出した。

 エーファが運ぼうとしている時に起きたのだろう。エーファとリバーシをやるようだ。アズリ対エーファも気になる対戦だな。あぁ見えてもアズリはリッチなので知能は高い。エーファもかなり頭の回転は早い。


 そろそろ、皆で麻雀卓を囲んでもいいかもしれないな。

 スーンからの報告では、カジノに置いた麻雀もかなり人気だと言っていた。お土産としてだが・・・。

 どうやら、麻雀はカジノでやるよりは、自宅や職場に置いて仲間内でやるのが流行っているようだ。カジノ以外での賭け事は禁止しているが、家庭内や仲間内で食事代をかけるくらいなら許している。その時に、カードゲームよりは麻雀のほうが長く遊べるのでいいようだ。特に、商隊や商人はその間拘束されて商談ができるので、好まれているようだ。


 リヒャルトやシュナイダー老やゲラルトが言うには、麻雀牌にしろ、トランプにしろ、均一な製品を作る技術はチアル街だけらしい。出来上がった物を見たのだが、満足はできていない。工場で作る製品を知っているからだ。この世界では十分な精度だと言えるのかもしれないが、1mm単位でずれている麻雀牌や厚さが均一でないトランプは使いにくい。

 ゲラルトにもっと精度が出るように指示はしているが、なかなか難しいようだ。

 スキル複製を使えばいいのだが、それでは技術が育たなくなってしまう。本当に、均一な製品が必要なとき以外はスキルは使わないようにしている。それほど、精度が要求されない、リバーシやチェスや将棋のようなボードゲームで腕を磨いてから、精度が必要な物を作るようにしてもらっている。

 幸いな事に、ボードゲームは予約をさばくだけで手一杯な状態だ。それに、武器防具の注文が冒険者から上がってくる。工房区は、チアル街の中でも一二を争う忙しさなのだ。


 チェスよりも先に、アズリ対エーファの決着が付いた。僅差でアズリが勝ったようだ。もしかしたら、エーファが勝ちを譲ったのかもしれない。そうしないと、対戦が終わらないのを知っているだろうからな。


 シロ対レイニー&ステファナは、二回戦目が行われている。

 一回戦目は、シロが勝っていた。二回戦目は千日手スリーフォールド・レピティションになりそうだ、レイニーが気がつけば千日手スリーフォールド・レピティションになって引き分けに持ち込めるだろう。


 新しく入れ直してもらった珈琲を飲みながらまったりした時間を楽しむことにした。


 スキル道具でも作ろうかと思ったが、先程の話と矛盾するが、ダンジョンマスターなりダンジョンコアが俺達の信頼を裏切って、カウントが終わる前に襲ってきた時に、対処できるようにしておきたい。

 スキル道具を作り出すと、とっさの時に動けそうにない。風呂は別にしてわざわざ窮地になるような事はしなくてもいいだろう。

 それに喫緊で作らなければならないスキル道具はない。武器と防具の手入れをするだけで十分だ。


 シロ対レイニー&ステファナは、無事?千日手スリーフォールド・レピティションになった。

 引き分けになった事から、三回戦目はレイニーが一人で挑むようだ。


「旦那様」

「ん?」


 ステファナが俺に将棋を挑んできた。

 チェスでは追いつかれそうだが、将棋やリバーシではまだまだ負けない。麻雀は完全に俺の一人勝ちだ。


 シロ対レイニーの戦いが終わる前に、ステファナを軽くひねる。


「まだ届きませんか・・・」

「そうだな。かなり強くなってきているのは間違いないよ」

「ありがとうございます」

「あぁほらこの局面で、龍を動かしただろう?」

「はい」

「ここを、こうすれば・・・な。紙一重だったよ」

「あっ!ありがとございます」


 ステファナは、しばらく将棋の盤面と格闘するようだ。

 盤面の駒を動かしながら詰将棋の要領で状況を整理するようだ。


 伸びをすると、身体からバキバキと関節が悲鳴のような音を上げている。

 集中しすぎたかもしれない。


「オリヴィエ。少し付き合ってくれ」

「かしこまりました。武器は?」

「槍で頼む」

「はい」


 少し離れた所で、二本の剣を持って、槍を持ったオリヴィエと模擬試合を行う。

 身体をほぐす意味も有るのだが、剣の確認の意味もある。


 どのくらいやっていたのかわからないが、周りを見ると、皆が集まってきていた。


「カズトさん。次は、僕とお願いします」

「いいぞ?武器は?」

「同じでお願いします」


 シロが剣と盾を持って俺の前に出てくる。同じように模擬戦を行う。

 剣をあわせてから、シロが繰り出す剣を交わすことから始める。対人ではなく、対魔物だと小さな盾はあまり意味を持たない。大盾で攻撃を受け止めるつもりならいいのだが、攻撃をそらす以外に小盾では意味がない。

 解っていながらシロは盾を使った戦いを好む。

 俺は、盾を上手く使えないので両手に剣を持った双剣タイプで戦うか、両手で太刀を持って戦う事が多い。


 模擬戦では自分に使う以外の攻撃系のスキルは使わない。


 オリヴィエとシロだけではなく、アズリやエーファ。カイやウミと模擬戦を行った。


 汗をかいたら、風呂に入って汗を流す。

 カウントを確認しながら、休むときにはしっかりと寝る。


 何事もないままカウントダウンは進んでいく、カウンタは180になろうとしていた。

 あと、3時間。


「オリヴィエ。食事にしよう。食事が終わったら、撤収準備を始めてくれ」

「はい。かしこまりました」


 今から食事にすれば、動きやすい状態で扉が開くだろう。

 片付けも終わらせるだけの時間はある。


 皆もわかっているのだろう。


 そう・・・。休暇は終わった。


 何が待っているのかはわからない。わからないから、準備をしなければならない。


 ステファナとレイニーが用意した食事をとってから、片付けを行う。

 俺とシロは扉の近くに移動して、最後に片付ける予定のテーブルと椅子に座って、お茶を飲んでいる。ここまで来たら、カウントが終わるまでは何も発生しないだろう。最後の1分までに準備を終わらせて、気持ちを作ればいい。

 あと120分で緊張していたら疲れてしまう。


 ある程度の緊張は必要だが、緊張しすぎるのは問題だ。


 カウントが、20を切った。

 テーブルの上に置かれていたカップは片付けた。


 残り5分。

 テーブルと椅子も片付けた。


「皆。準備はいいか?」


 見回すと、武装を終えている。

 カイとウミはやっと伸びをして、大きさを本来の大きさに戻すようだ。ライも定位置になっているバッグの中に入る。


 扉の前で、先頭をカイとウミ。次に俺とシロが続いて、俺の横にオリヴィエとリーリア。シロの横に、ステファナとレイニー。俺とシロの後ろは、エリンとアズリが続いて、後ろをエーファを筆頭として眷属が並んでいる。この順番で扉の先に進む事になる。


 不安はあるが、大丈夫だという確信めいた感情もある。

 ここに居る者たちとなら大丈夫だと思えてくる。


 カウントが2分になった所で、表示が119に変わった。

 1秒のカウントダウンになるようだ。


 短く長い120秒のカウントダウンが終わった。

 同時に101階層への扉が開いた。後方でも100階層に戻る為の扉が開いたようだ。


 俺の感想は、”眩しい”だ。思わず目を細めてしまった。


 扉から閃光とまでは行かないがかなりの光量が飛び込んできた。

 視界を奪うには十分な光だ。


 目がなれてきた。

 いきなり襲われるような事はなかった。


 慣れてきた目で扉の先を見てみるが何もない空間が広がっている。

 ベランダ?と言うべきサイズの場所が有るだけで、ほかは何もなさそうだ。いきなりボス戦という、よくある状況ゲームの定番にはなっていないようだ。


 扉を抜けて、ベランダ?に出る。

 そこは、回廊というにふさわしい物だ。


 はば10m程度の通路が壁際に沿って作られている。螺旋状になり徐々に下っている設計のようだ。通路は片方がを壁になっていて、セーフエリアから見えていた空間は吹き抜けになっているようだ。どのくらいの高さがあるのは不明だが、壁沿いに作られた回廊を降りていくしか無いようだ。柱で支えられている回廊を道なりに進んでいく。


 魔物は出てきていない。下から魔物の声が聞こえている事から、何度か戦闘は行われるのだろう。


 吹き抜けになっていた部分から底を覗き込む。


「え?」

「は?」

「なんで?」


 吹き抜けの最下層には、神殿が有る。

 それも、巨大な巨大な神殿だ。上から見ている状況なので、実際の高さはわからない。

 わからないが、20階くらいは余裕で有るそうな巨大な建造物だ。


 ダンジョンマスターとダンジョンコアは、ダンジョンの最下層に作られている、神殿の最上階で俺達を待っているのかもしれない。

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