第百三十話


 5日後の会談に備えて・・・俺は到着した者から挨拶を受ける事以外にやることがない。

 今日は、誰も到着していない事もあって、本当にやる事がない。表の行政区を周って、宿区を通って、ログハウスに帰る事にしたのだが、行政区を抜けた辺りから誰かに見られている感じがしている、眷属たちではない事はすぐにわかった。監視されているというよりは、観察されている感じだ。


「なぁシ・・・ロ」


 斜め後ろを振り向いて、今日は1人だった事を思い出した。


 行政区を歩いたり、宿区を周ってみたが落ち着かなかった。いつの間には、俺は”シロ”に依存してしまっていたのだろう。シロが俺に向ける感情が”何”に由来することなのかわからない。わからないが、俺が”シロ”を必要としている。

 クリスでも、リーリアでも、エリンでも、カトレアでも・・・フラビアやリカルダでは無く、シロに側に居て欲しいと思える。思ってしまっている。


 ふと立ち止まって、上を見上げると、そこにはこの場所に来た時と変わらない木々が生い茂っている。


 どこからか声が聞こえてくるようだ。


 ”お前は、シロが好きなのか?”


 俺は、シロが欲しい。シロが他の男の所に行くと考えるだけで腸が煮えくり返る。


 ”お前は、いつからシロを意識した?”


 わからない。わからないが、最初からのような気がする。

 凛としたシロに憧れて、こいつを汚して、事実を・・・隠された真実を知った時にどうなるのか見てみたいと思った。


 ”お前は、シロを愛しているのか?”


 わからない。わからない。わからない。わからないが、シロが欲しい。俺の隣にはシロが居るべきだ。


 ”それを、愛しているというのでは無いのか?”


 俺は、シロを愛している?

 そうだ、俺はシロを欲している。シロを愛している。シロの全てが、シロが俺を愛さなくても、俺はシロが欲しい!


 ”力づくで?今のお前なら容易い事だぞ?命令すればいい”


 ダメだ。

 俺は、シロが真実を知った時の、シロが欲しい。そのままで、俺を見て欲しい。


 ”お前にその資格があるのか?”


 ない。ない・・・が、俺は・・・。俺は、シロを愛している。


 ”独りよがりだな”


 それがどうした!

 独りよがりじゃない愛情なんて無い!俺は、シロを愛する。


 ”・・・・”


 声が消えた。

 俺自信だったのだろうか?


 すぐにでも、シロの所に行きたい。

 でも・・・少し頭を冷やそう。


 宿区からログハウスに向かう。

 何度も通った道だ。一歩一歩が今までと違う。


 五稜郭の前にたどり着くと待っていたかのように、門が開いて橋がかかる。

 働いている執事エントメイドドリュアスが挨拶をしてくる。


 挨拶を受けながら、ログハウスの中に入る。

 スーンが執務室で待っているという事だ。頭を切り替えるのに丁度いいだろう。


 執務室に入ると、スーンが書類の束を持って待っていた。


 決裁書類が溜まっているというので目を通す事にする。


「なぁスーン。婚姻に関わる書類が多いけど、これ俺が許可する事なのか?」

「はい。大主様にしかできない事です」

「ふぅーん」


 内容を確認しているがピンとこない。


「なぁ」「大主様。獣人族の婚姻は、族長が取り仕切ります」

「そう聞いている。でも、獣人族の書類も回ってきているよな?」

「はい。生活が安定した事や、他の種族との関わりが産まれた結果です」


 ん?何かすっ飛ばされた気がする。


「それが、なんで”俺”に許可を求めてくる事に繋がる?」

「大主様。”両者”ともにどこかの”族”の獣人なら問題はありません。それ以外の場合は、族長は部族の長や領主という事です」

「なら、代官でいいよな?」

「はい。同じ”区”に住む者同士の場合には、代官が処理しております」

「え?ここに回ってくるのは・・・」

「はい。居住区の獣人と他の区の獣人の場合や、登録している”区”が違う者の婚姻です。また、集落が違う場合も、大主様のご許可を必要としております」


「そうなの?」

「はい。その様にして欲しいという事です」


 うーん。

 クリスとルートガーの婚姻を俺が認める形にしたのが悪かったのか?


「今から変更は・・・」


 スーンが横に首を振る。


 ダメなのね。

 久しぶりに書類の山と格闘した。”区”違いや、冒険者と商人・・・いろんな組み合わせが有るが、元々は”領主”の許可が必要となっていたのが全て”俺の許可”に変わったようだ。

 婚姻に伴い、”区”の移動申請をしてくる事もある。めくら判にならないようにしっかり情報を照らし合わせているが、白紙手形になってしまいそうになる。商業区や自由区への移動を希望している場合は、場所の確保が終了している事や、どちらかが既に住んでいる事を条件にした。宿区は許可しないことにした。幹部と幹部候補だけにした。購入はできるが住むことはできない。


 ダンジョン区は、実験区と繁殖場所以外は許可する事にした。


「スーン。少しルールを作りたい」

「はい」


 俺がスーンに提示したのは、婚姻に関しては、今までどおりで良いとした。俺が許可を出す事にする。誰かに手伝わせればいいという算段だ。引っ越しに関しては、場所を確保してから申請してくる事を条件に付け加えた。場所が確保されていれば、許可する事にした。場所の申請は、各”区”の代官に申請する事とした。


「かしこまりました。布告いたします」


 全部の書類に目を通して許可と不許可に分類した。不許可の方には、問題点を付け加えてからスーンにわたす。


「これだけか?」

「はい。私が認識しているのはこれだけです」

「わかった。もういい時間だよな?」

「そうですね。お食事はどうされますか?」

「そうだな。洞窟に戻ってから何か作る事にする。食材は有るだろう?」

「もちろんです。誰か向かわせますか?」

「いやいい自分で勝手に作る事にする。あぁ風呂だけ頼む」

「・・・かしこまりました」

「なんだ。なにかあるのか?」

「いえ、ドリュアス達が、大主様に料理を食べていただけると張り切っていましたので」

「なんだ、それならそう言えよ。わかった。メインは任せる。何かデザートを考える事にする」

「はい!かしこまりました」


 スーンが、執務室から出ていく。

 もう夕方になっているのは間違いない。


 ふいにドアがノックされる。

「空いている」

「フラビアです」「リカルダです。お時間はよろしいですか?」

「あぁ大丈夫だ」


 フラビアとリカルダが、正装して入ってきた。

 普段よりは少しだけ厳しい雰囲気だ。シロが何を話したのかわからないが、なんとなく想像はできる。


「ツクモ様」

「なんだ?」

「「妹をよろしくお願い致します」」


 やっぱりな。俺の気持ちは決まっているが、シロの気持ちがわからない。

 まだ”候補”である事を、しっかり伝えないとな。


「はぁ・・・フラビアとリカルダも落ち着け、シロが何を言ったのかわからないが・・・」


 扉が開かれる。

 シロが駆け込んできた。フラビアとリカルダと違って、シロは普段の格好だ。


「シロ!」

「姫様!」「・・・遅かった・・・」

「フラビア!リカルダ!・・・カズト様。申し訳ありません」


 シロが俺の前に来て床に頭を付けるくらいに腰を曲げて謝罪の言葉を口にする。


「3人とも落ち着け。とりあえず、座れ」


 シロを俺の横に座らせて、正面にフラビアとリカルダを座らせる。


「シロ。説明してくれるよな?」

「はい。昨日、フラビアとリカルダの二人に説明を・・・」


 どうやら、想像通りだ。

 フラビアとリカルダは、俺がシロを”正妻候補”に指名したと思い込んだようだ。


 シロも何度も説明したと言っているが、本人の説明の仕方にも問題が有ったのだろうが、徐々にフラビアとリカルダの言葉に押されてしまったようだ。


 シロとしては、”正妻候補”は嬉しいが、ゼーウ街の件が終わるまでの暫定的な事だと思っていたようだ。確かに、俺もそんなニュアンスで伝えた。二人は、そんな事はない。それなら、シロを正妻の位置で連れて行くはずがないといい出して、昨晩は言い争いに近い形で終わったようだ。

 今朝になって3人とも頭が冷えたのか、”シロがどうしたいのか?”を重点的に話すようになってきたという事だ。

 もう、シロも覚悟を決めているのか、俺の服の袖を握って耳まで赤くしている。


「姫様!ツクモ様も解っておいでです」

「シロ」


 シロが身体をビクッと震わせる。

 そんな目で俺を見るな。キスしたくなってしまう。


「フラビアも、リカルダも、シロをいじめるな」

「ツクモ様。しかし」


 フラビアが何かいいかけるのを手で制する。


 シロの方を向いて、シロの肩に手を置く。

「シロ。いや、シロ・ヴェネッサ・ヴェサージュ。お前が大事だ。1人の男として、シロを愛している」

「カズト様・・・」

「俺の隣はお前1人だ。対外的な事もある、解決しなければならない問題もある。それに・・・俺は、生き方を変えられない。そんな俺で良ければ、シロ。俺と結婚してくれ」


 フラビアとリカルダの吐息しか聞こえてこない。


「・・・僕・・・カズト様。僕で・・・ううん」


 シロが俺を正面から見つめてくる。

 俺はこの目が怖い。そして、憧れる。


「カズト・ツクモ様。シロ・ヴェネッサ・ヴェサージュは、貴方様を愛しています。そして、常に共に在りたい」

「ありがとう」


 フラビアとリカルダを見る。

「お前たち二人が見届人だ。文句はないな」

「はい」「もちろんです」


「カズト様」

「ん?」

「暫くは、”正妻候補”でいいのですよね?」

「その方がいいと思うが・・・どうだ?」

「僕も、その方がいいと思います」


 すくなくても、5日後の会合では、シロは”正妻候補”予定とする。

 皆には、ゼーウ街の諜報部門がシロを正妻候補と見ているので、”実際には違うが”そのままにしておく事にすると公表する。


 諜報部門が入り込んでいるのなら、この時点で”間違い”だと訂正が入るかも知れない。

 何らかのリアクションが期待できるので、利用してしまおうと思っている。フラビアとリカルダは少し異を唱えたが最終的には、シロが納得している事や”正妻候補”はシロだけだという事を宣言する事で納得してくれた。


 フラビアとリカルダにも協力してもらう事になる。

 眷属だけには事実を伝えるが、それ以外はシロが”正妻候補”予定だと偽装していると説明する。


 フラビアとリカルダは、何やらスッキリした表情で執務室を出ていった。


 まだ夢心地なのだろう。シロが俺の服の袖を掴んだままだ。


「カズト様」

「ん?どうした?」


 あまりにも、シロが可愛く思えて、抱きしめてしまった。

 驚いているようだが、受け入れてくれたようだ。


 いつまでもこうしていても歯止めが効かなくなってしまう。まだ、俺にはやらなければならない事がある。


「シロ。腹が減ったな。食べてないだろう?」

「・・・え?あっうん」

「洞窟に戻ろう」

「はい!」


 洞窟に戻ると、当番のメイドドリュアスと料理を担当したであろうメイドドリュアスが待っていた。

 俺とシロに料理を出してくれた。教えたロールキャベツモドキを作っていたようだ。肉をミルフィーユ状にしたものだ。二人で美味しく食べてから、クレープを作って、メイドドリュアスを含めて皆で紅茶をのみながら食べた。


 後片付けをしている最中に、メイドドリュアスが風呂の準備をしてくれた。

 シロの部屋の風呂も使えるようにしても良かったのだが、メイドドリュアスの手間もある事から、順番に入る事になった。先にシロが入ってから、お湯を足して俺が入る事にした


 先に部屋で寝ていていいと伝えたのに、リビングでシロが待っていて、俺が寝室に入るのを見送ってから自分の部屋に向かうようだ。一緒に寝るか?と聞いたが、”候補”が取れてからにしたいという事だ。


 シロの意見を尊重する事にした。

 シロを一度だけ抱きしめてから、お互いの部屋で寝る事にした。


---

「カズト様」

「シロ・・・か・・・どうした?」

「いえ、朝食の準備ができました」

「シロが用意してくれたのか?」

「・・・違います」

「ん。そうか、わかった起きる。今日は・・・」


「あっ先程、スーン殿が来られて、昼過ぎから代官が迎賓館に来始めるので、予定がなければ挨拶を受けて欲しいとおっしゃっていました」

「あぁ・・・そうか、わかった。シロも一緒に挨拶を受ける事になるからな」

「・・・はい」


 目がはっきりと覚めた。


 昼までは、ログハウスの執務室で書類と格闘する。

 昼過ぎから、場所を迎賓館の謁見の間に移して、到着した代官の挨拶を受ける事になった。


 夕方に、ログハウスに帰ると、カイとウミとライとエリンが戻ってきていた。

 丁度良かったので、フラビアとリカルダを呼んで、シロが俺の正妻候補になった事を報告した。暫くは、ここに居る者だけが真実を知っている状態になることも合わせて説明した。

 シロは眷属への事情説明をしている最中は恥ずかしそうにしていたが、エリンから祝福の言葉をもらうと嬉しそうにしていた。


 この場に居ないリーリアとオリヴィエにはスーンから説明しておく事が決まった。


 明日からも同じ日程が組まれる事になったのだが、エリンがシロとダンジョンに潜りたいといい出して、シロもそれを了承したのでチアルダンジョンに潜る事を許可した。

 挨拶を受ける時には、フラビアとリカルダが俺の後ろに控える事になった。


 エリンとしては、俺の横に立つにはシロはまだ弱いと思っていたようだ。

 カイやウミやライも同じ意見だったので、ダンジョンでパワーレベリングをおこなったようだ。スキルの使い方も実践で教え込んだようで、かなり頼もしくなって帰ってきた。


 今から、最後に到着したメリエーラ老の挨拶を受ける。


「ツクモ様。数日の間で何か有りましたか?」

「なにも・・・ないぞ?ただ、守るべき物と、覚悟が決まっただけだな」

「そうですか、わかりました。全力で、ツクモ様をお支えいたします」

「ありがとう。心強い」

「はい」


「老」

「なんでしょうか?」

「ゼーウ街をどうしたらいいと思う?」

「滅ぶべきでしょう」

「ほぉ・・・なぜ?」

「なぜ?ゼーウ街はやりすぎました」

「やりすぎ?」

「はい。奴らは踏んではダメなしっぽを踏みました。報いを受けるべきです」

「・・・そうか、俺1人では決められない。老の意見が先に聞けてよかった」

「いえ、老人の戯言です」

「それも含めて意見は嬉しい」


 メリエーラ老は、俺に向かって深々と頭を下げた。

 スーンの言葉を受けて、謁見の間から退出していった。


 謁見の間には、俺とスーンとミュルダ老が残っている。


 柱のカゲからクリスとルートガーが姿を現す。

 挨拶を受けている様子を、監視させていたのだ。今の所、おかしな行動を取った者は居ないようだ。


 5日間で集まった者・・・157名。

 明日・・・到着した代官と集落の長や行政官で、ゼーウ街に関する会議を昼過ぎから執り行う。


「スーン。皆に告知してくれ、昼に鐘を鳴らす。それまでに、迎賓館の会議室に集まるように!」

「はっ」

「席次は、ミュルダ老に任せる」

「はっ」


 ミュルダ老が一歩前に出る。


「ツクモ様。シロ殿の席は?」

「俺の隣だ」


 ミュルダ老にはスーンを通して、”正妻候補”予定を偽装すると伝えてある。


「はっ!その様に取り計らいます」

「頼む」


 明日は、シロのお披露目(仮)だ。

 偽装だと思わせるのは気が引けるが、しっかり着飾って、可愛くなってもらおうと思っている。フラビアとリカルダとメイドドリュアス達が気合入れていたので大丈夫だろう。


 明日の最終的な段取りを決めてから解散となった。

 茶番ではあるが必要な茶番だろう。


 誰が踊りだすのかわからない。

 踊り出す者が居ないのかもしれない。それならそれで、やる事は変わらない。


 デ・ゼーウは確かに愚かな行為と無謀な野心を持ってしまっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る