第百七話

/*** カズト・ツクモ Side ***/


「シロ!シロ!」


 馬車の中で一晩を過ごした。

 身体が痛かったので目が覚めてしまった。


「シロ!朝だぞ」


 俺は、俺に抱きついて寝ているシロを起こそうとしているが起きる気配がない。

 相当疲れているのだろう。なれない武器で戦っていたのだからしょうがない。カイとウミも、二度寝して下さいと言っていたので、言葉に甘える事にした。ライが、スーンに連絡をして、フラビアとリカルダとギュアンとフリーゼを、イサーク達に合わせる役目を頼んでもらった。

 冒険者ギルドで待ち合わせをしてから、先に4人にバトルホースを渡す事にした。

 移動時間を考えれば、あと3~4時間位は寝られる計算になる。昼前には、イサーク達もバトルホースを選び終わるだろう。スーンに言って、昼をどこかで食べてもらってから、冒険者ギルドで待ち合わせすることにした。


 フラビアとリカルダには、シロが俺と一緒に居る事も告げていて、大丈夫だという事も連絡してある。


 完全にロックされていて起き上がれない。寝る時くらい、イヤーカフスを外せと言ったのですが、外したくないの一点張りでそのまま寝てしまった。そんなにスキル清潔が必要とは思えないが、寝る前にも使っていたので、気に入ってくれているのは間違いなさそうだ。そんなに臭くはないと思うけどな、シロも女性だって事で匂いを気にしていたのか?


 帰ったら、リーリア・・・ダメだ、クリスはもっとダメだ。うーん。適任者が居ないな。

 シロが知らない事から、フラビアやリカルダも風呂の存在は知っていても、使い方は知らないと思ったほうがいいかも知れない。


 どうしようかな?


『カズ兄どうしたの?』

『うーん。シロたちに、風呂を教えるにはどうしたらいいのかと思ってな』

『なんだぁカズ兄が一緒に入って教えればいいよ!』

『ウミ。それができないから悩んで居るのだよ』

『なんで?服着て入るのもダメなの?』


 はっそうだ。

 別に裸で入って教える必要はない。実際に入るときには、裸になるけど、教えるときは服を着て教えればいい。


『ウミ。ありがとう。単純な方法を忘れていたよ』

『うーん(シロやフラビアやリカルダならカズ兄なら裸でも大丈夫だと思うけどね)』

『ん?ウミ。何か言ったか?』

『ううん。なんでもないよ。カズ兄。今日は、どうするの?』

『シロが起きたら地上に戻って、何も予定がなければ、またダンジョンにでも潜るかな?』

『わかった!』


 シロが起きたのは、そんな話をしてから30分くらい経ってからだ。


「うぅーん。パパ・・・」

「シロ。シロ。起きろよ」

「うぅーんん。もう少し。あうーん。いい匂い」


 俺に抱きつきながら、身体をこすりつける。マーキングしてくるなよ。


「シロ!」


 おぉ起きた。

 回されていた腕の力がほんの少しだけ弱まった。


 おぉ周りを見て、現状を確認しているようだ。

 だんだん、意識がはっきりしてきたようだな。


 自分で、胸を俺の腕に押し付けていたのに気がついたな。それだけじゃなくて、足も俺の足に絡めている。


 みるみる顔が赤くなる。耳まで真っ赤になる。


「カズト様!ゴメンなさい」

「いいよ。起きて、ご飯にしよう」

「はっはい!」

「シロ?」

「え?何でしょうか?」

「そろそろ、腕と足を開放して欲しいのだけど・・・ダメかな?」

「え?」


 力が少しだけ弱まった所で、シロの腕から拘束されていた腕を抜いて、足の拘束からも抜け出す。


「あっ・・・」


 そこでなんで残念そうな顔をする。

 抜け出さないと食事もできないだろう?


 シロに馬車の中の片付けを頼む。


 俺は、馬車を出て食事の支度を行う事にした。


 シロも落ち着いたのか、馬車から出てきて食事の支度を手伝ってくれるようだ。


 朝食を取り少し落ち着いてきたので、30階層のフロアボスを倒してから地上に戻る事にした。

 シロがもう少し武器に慣れたいと言ったからだが、別に予定も無かったので了承した。


 ライのおかげで、昼前には地上に戻る事ができた。

 シロに夕方に一度宿を訪れる事を告げておいた。風呂を教えなければならない。


 そのまま、居住区経由でペネムダンジョンに向かった。昼飯を、ダンジョン内の店で食べてから、ダンジョン入り口近くにある冒険者ギルドに向かった。

 既に、皆が集まっていたので、そのままシロを渡して、行政区に向かった。


 行政区で、ミュルダ老やシュナイダー老と会ったが、昨日の今日で何か有るわけではなく、雑談をしてログハウスに戻る事にした。


 夕方少し前にスーンから連絡が入った。

 シロたちを宿区に届けたという事だ。


 フラビアとリカルダは、やはり風呂の事は知識としては持っていたが使ったことがないという事だったので、ギュアンとフリーゼも一緒に教える事にした。小さいけど、ギュアンたちの家にも風呂を作る事は、俺の中で決定事項になっているからだ。


 風呂の説明をした。一通り説明したら、フラビアが入りたいと言うので、魔核をセットした。使い方も説明した。魔力の充填方式のものだが、十分だろう。

 お湯が出る事を確認してから、俺は、ギュアンたちの家に向かった。


 ギュアンたちと話をしながら、家の改装計画を立てる。家の強度も心配だったので、まずは補強計画を立てる。同時に、風呂とトイレを始め水回りの計画を立てる。

 大きくいじらないでも大丈夫だろうという事で、後の事をエントとドリュアスに任せる事にした。


 ギュアンとフリーゼに俺は戻る事を告げて、ログハウスに戻ることにした。


/*** フラビア Side ***/


 数日前に、姫様がツクモ様の所に出かけて帰ってきませんでした。

 やっと、姫様にも・・・と思ったのですが、違いました。夜中まで、武器を調整して、ダンジョンに潜っていたそうです。


 姫様が、ツクモ様に懸想しているのは、私とリカルダの共通の見解です。姫様に確認はしていませんが、間違いないでしょう。今まで私たちにしか話していないような”僕”という一人称を使って、ツクモ様に接しています。


 かなり心を開いているのは間違いありません。

 総本山に居たときの姫様の周りにも男性は沢山居ました。当然の事ですが見た目も素晴らしいのですが、その男性たちは姫様のバックボーンを気にされています。教皇であるお祖父様の影響力を得ようとしていたのです。

 姫様は敏感に察して、男性を遠ざけるようになっていました。一時期は、私とリカルダを絡めた、女性同士の恋愛関係だと噂された事も有りました。


 その姫様が、男性であるツクモ様と・・・。それも、姫様の2歳年下。最初に年齢を教えられましたが、年下に思えません。正直に言えば、私たちよりも年上だと言われても納得してしまいます。


 出会った時は、敵対していました。

 姫様を捕虜にする、私たちから見たら許されない事をする男でした。しかし、ツクモ様はアトフィア教の男共とは違っていました。何が違うのかわかりませんでしたが、本来なら、私たちなぞ捕らえた時点で隷属させられて、奴隷になっていても不思議はありませんが、ツクモ様はそうされないばかりか私たちにある程度の行動の自由を与えてくれました。

 そして、”考えろ”とおっしゃいました。私たちは、姫様のお父様の考えが正しいと思っていました。今でも、一部は正しいと思っています。ツクモ様に言われて、一緒にいろんな物を見ました。今まで、獣人が人族に行っていると言われた事を実際に見ました。愚かな行為をしているアトフィア教の司祭や聖騎士達・・・私たちに命乞いをする者たち、そして私たちでは何もできないとわかったときに罵詈雑言を浴びせてくる醜い者たち、力あるものに媚びる女性たち、自分の命の為に部下を差し出そうとする者たち、司祭で有りながら子供を殺して食べていた者たち、自分が助かるために子供を差し出す者たち、実際に自分で見なければ信じなかった・・・。いえ、違いますね。姫様のお父様から聞かされていました、信じたくなかったというのが正しい感情でした。


 ツクモ様は、一貫していました。

 アトフィア教を否定しているわけでは無かったのです。最初は、獣人の味方で人族のアトフィア教の敵だと思っていましたし、警戒していました。姫様を洗脳して、自分の物にしようとしているのではないかと思ってもいました。

 違うとわかったのは、ツクモ様が盗賊になっていた獣人を斬り殺したからです。その上で、仲間を裏切った獣人を許さないと言って、とことん追い詰めたのです。同じ様に、子供を差し出した親や、自分が助かるために女子供を差し出した集落も容赦しませんでした。

 ツクモ様は、獣人とか人族とかアトフィア教という縛りで判断していないのです。そして、ツクモ様から一度も”正義”という言葉を聞いた事がありません。リカルダにも確認しましたが、間違いないようです。


 野営のタイミングで、ツクモ様と一緒に過ごす事になったので、好奇心に負けて聞いてしまいました

「ツクモ様は、正義の為に粛清のような行いをしているのですか?」


 ツクモ様の答えは私の想像した物ではありませんでした。

 私は、ツクモ様は正義を実現する為に、このような行為をしているのだと思っていました。


 しかし、

「フラビア。正義ってなんだろうな?俺の正義?フラビアの正義?・・・それこそ、一人ひとりに正義って有ると思っている。もしかしたら、絶対的な正義って物が存在しているかも知れないが、俺は・・・絶対的な正義には手がとどかない」

「絶対的な正義?」

「アトフィア教・・・違うな。集落を占拠していた奴らにも、奴らなりの正義が有ったのだろう?」

「・・・」

「俺は、正義を振りかざして、自分のやっている事を正当化している奴らが嫌いなだけだ。正義と神の言葉は、思考停止の原因にしかならない」

「思考停止?」

「あぁそれ以上考えなくていいだろう?”神が欲している”とか、”正義を実現する”とか、楽だろう?」

「えっ・・・ツクモ様は違うのですか?」

「うーん。どうだろうな。俺は、正義の為にやっているとは思っていない。俺が気に入らないからやっているだけだからな。正義を名乗って、神の言葉を語って、人に死ねと・・・人を殺せといえるほど、俺は強くもないからな、それなら、自分がやりたい事が周りからどう評価されようが、俺がやりたい事をやっていたいと思うだけだからな」

「・・・。ツクモ様?」

「どうした?」

「いえ、ツクモ様は強さってなんだと思っているのですか?」

「うーん。難しいな、魔物を倒せる、戦って負けない・・・ことも、強さだけど、そんな事を聞きたいわけじゃないのだろう?」

「はい」

「強さもいろいろあるからな。それを認める事じゃないかな?」

「え?なんか、騙されているように感じてしまうのですが・・・?」

「そうだよ。もっともらしい嘘を言っているだけかも知れないからな」

「え?」

「ハハハ。悪いな。正直、正義とか強さとか、俺にもわからないが答えだよ」


 はぐらかされてしまいましたが、多分それを含めて、ツクモ様の正義なのでしょう。

 いろいろあって、ミュルダ街に到着しました。


 ここまでの旅程で、ツクモ様の正体というか・・・想像できていました。領主相当なのでしょう。アトフィア教で考えると、枢機卿にあたる存在なのだと思っていました。リカルダとも話したのですが、似たような認識でいました。


 違っていました。

 カーマン商隊のトップが頭を下げてツクモ様を迎えました。その娘のカトリナ殿が、完全にツクモ様に従っています。上位者に対する振る舞いをしているのです。カーマン商隊と言えば、なりたての枢機卿が頭を下げて自分の出身の街に迎い入れるような商隊です。それこそ、姫様のお祖父様である教皇とも直接やり取りできる商隊なのです。全大陸に商店をだせる数少ない商隊なのです。

 そんな商隊のトップが頭を下げています。


 それから、認識を上方修正する日々でした。

 宿と呼ばれていましたが、”ここ”を自由に使ってくれと言われたときには、ツクモ様の事を本気で疑いました。これだけの設備の物を自由に?枢機卿どころか、教皇でも全部そろえているとは思えません。

 寝室も3ヶ所有りましたが、私もリカルダも怖くて使えませんでした。初日は、リビングと呼ばれた場所で一緒に寝ました。

 リカルダが自分だけで抱えるのは嫌だと言って、私に説明してくれました。一つ一つがアーティファクト級の物です。気が狂うかと思いました。


 私たちの活動も認めてもらいました。

 昨日、武器と防具を買いに行きました。ミスリル製武器が普通に売っていましたし、防具もいろいろと取り揃えてくれていました。それらを調達してから、スキル道具と呼ばれるスキルが付与された道具を見に行きました。ツクモ様と姫様は、来られないと説明を受けて、竜族の姫であるエリン様とスーン殿・・・リカルダから教えられたのですが、イリーガルの称号を持っている、エルダーエントだと・・・死ぬかと思いました・・・が、好きな物を選んで欲しいと言われました。最初は遠慮していたのですが、遠慮していたのがわかってしまったのでしょう。遠慮するほうが、ツクモ様に失礼だと言われてしまったので、遠慮しないで最高の物を選ぶ事にしました。


 それから、スーン殿・・・様?・・・に言われて、総本山に手紙を出す事にしました。

 親しい人たちへの連絡です。穏健派と言われる人たちに連絡を取るのも私たちの役目です。私たちの名前は出しません。死んだ事になっているためです。潜入している者からの連絡という事で、スーン殿に案内された場所の情報を流す事になりました。本当に大丈夫かと思いましたが・・・スーン殿から、考えて欲しいと言われました。


 スーン殿と同格か、スーン殿以上の者が数体居て、竜族を支配下に置いている、イリーガル種やデスの称号を持っている者がゴロゴロ居る場所に敵対したいですか?


 ・・・と、真顔で聞かれました。素直に納得しました。

 たとえこの情報が、穏健派以外にバレても、ここを脅かすような事は無いでしょう。ツクモ様がお命じになるとは思いませんが、スーン殿に”アトフィア教を滅ぼせ”と言えば、アトフィア教の総本山は数日で跡形もなくなってしまうでしょう。


 それから、スーン殿に、今までツクモ様を怒らせた発言や行動を聞きました。

 教えて欲しいとお願いしたら、本当にいろいろ教えてくれました。納得しました。


 姫様とツクモ様を無理矢理くっつけようと思っていましたが、止めにします。自然の流れでそうなる事を祈ることにします。


 ツクモ様推薦の冒険者とダンジョンに潜ります。いろいろ教えてもらって吸収して居場所を確保しなければなりません。


 それにしても、この街の食べ物は本当に美味しいです。体重維持の為にも、しっかりダンジョンで身体を動かさないとダメです。


 それにしても・・・この風呂・・・最高です。

 最初、裸で入ると教えられたときには、びっくりしました。お湯に身体を委ねるのですね。私や、リカルダが知っていた風呂は、湯気の中で汗を流して、最後に水で身体を冷やす物だったので、正直好きではありませんでした。枢機卿や司祭と会うときには必須な事だったのでやっていましたが、お湯で身体を拭く方が好きでした。

 この風呂・・・お湯に身体を委ねるのは至福ですね。これだけで、疲れが抜けていくようです。夜ぐっすり寝られます。

 それに、肌も綺麗になっているようです。髪の毛もすごく綺麗になって香油を使う必要が無いくらいです。


 風呂と食事のためにも、ツクモ様に私たちが役立つ所を見せないとダメですね。

 あと、できれば姫様が御自分の気持ちに気がついて、ツクモ様に・・・いやいや無理をしてはいけません。姫様もまだ16歳。あと2年位はゆっくり気持ちを育ててもらわなければ・・・。


 ふぅこれを飲んだら出ないと・・・リカルダに文句を言われてしまいますね。

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