第十四話

 俺たちは、朝起きてから、夕方から夜にかけて発生した事を、ライの眷属から報告を受けた。


 どうやら、森の中に4人の人族が紛れ込んでいるらしい。魔物を倒しながら、山を目指しているという事なので、こちらに来ているわけではなさそうだ。そこで、蜘蛛と蟻に、人族の様子を見守るようにお願いした。

 何か目的らしき物がわかったら、報告するようにお願いした。死なれるのも、目覚めが悪そうなので、水場と狩場がある場所に誘導するようにもお願いした。当面は、、自分たちでやってもらう事にした。


 誘導もそれほど難しい事ではなく、ブルーベアー程度に苦戦するらしいので、進化した蜘蛛か蟻が行ってほしくない方向で、存在を明らかにすれば、避けて安全な方に行ってくれるだろう。安全地帯近くの魔物は既に間引いているので、ブルーベアーに苦戦する新人でも対応ができるだろう。


 ブルーベアーを倒してしまう、ホーンブラックラビットや、ド○ファンゴと名付けしたフォレストボアは、先に倒しておくことにした。進化したと言え、魔蟲である蜘蛛や蟻や蜂に倒せてしまうような魔物に苦労する。新人パーティが森に入ってきた理由が知りたい。もしかしたら、はじめての人族との遭遇になるかもしれない。

 新人パーティの足では、もしこの辺りに来るとしても、4~5日はかかるだろう。

 それだけあれば、51階層に到達できるかもしれない。


 まずは、44階層のフロアボスの所に行く事にした。


/***** ??? Side *****/


 前を歩いていた斥候の足が止まる


「どうした?」


 リーダ格の男性は、斥候が顎で示す方向に目線を向けて絶句した。


「あれは?」

「あぁ間違いない。ホーンラビットだ!それも、変異種だ」


 4人が向っていた方向に、彼ら4人が対峙したら、運が良くて1~2人が逃げられる。全滅でもおかしくない魔物が、宙に浮かんでいる。蜘蛛の糸に絡まって絶命している。


 斥候が周りを気にするが、それ以外に魔物の気配は感じない。


「どうする?」

「どうするもない。ホーンラビットを捕えて捕食する立場の蜘蛛が居るって事だろう?」

「あぁ」


「え?あっ逃げなきゃ!」

「バカ、急に向きを変えたりするな。後ろから襲われたいのか?」


 リーダ格の男性が、後ろを向いて走り出しそうにした、女性の肩を捕まえる。


「だって、ホーンラビットなんて・・・」

「あぁわかっている。俺たちも戦えるなんて思っていない。多分、ホーンラビットを捕食するほどの者だとしたら、この森の主なのだろう、近くに居ない可能性もある。ゆっくり、後退りして距離を取ってから、違う方向に行くぞ」


 4人はリーダ格の男性が示したように、絶命しているホーンラビットを見つめながら、距離を取っていく。周りに気を使いながら、ゆっくりゆっくり、しかし確実に離れていく。


 1時間近くかけて、ホーンラビットが捕まっていた蜘蛛の巣から、500m程度の距離を取る事に成功した。


「”あれ”が・・・それで森の魔物が減ったのか?」

「そうかもしれない」


 斥候が肩を震わせなが

「ホーンラビットのそれも変異種を捕らえるような・・・俺は知らないぞ」


「ねぇさっきのホーンラビットって、あのホーンラビットよね?」

「どのホーンラビットなのかわからないが、ホーンラビットだったぞ」


 お互い混乱しているのか、何を言っているのかわからない状況だが、話が通じてしまっている。


「落ち着け、もう大丈夫・・・だと思う。間違いなく、ホーンラビットだった。一匹で、熟練者たち10人は必要だと言われる、あのホーンラビットだ。色から、変異種だろうが、ホーンラビットで間違いない」


 大柄の男が、肯定しているような、何を言っているのか判断できない事を話している。

 誰も突っ込まない事から、皆正常な判断能力が落ちているのかもしれない。


「ねぇそのホーンラビットを、無傷で捕えて、殺せる相手って居るの?」


 女性が、もっともな質問をする。それに他の3人は答えられない。


「あの毛皮を持って・・・」

「駄目だ。そんな危険な事を考えるな!」


「あっ思い出した!」


 大柄の男が突然叫んだ。


「どうした?」「なに?」「え?」


 三者三様の反応を示す。距離を取ったからと言って完全に安全な場所ではない。そこで、大声を上げたら、魔物を刺激しないとも限らない。


「あっわるい。アンクラムの話しを思い出した」

「アンクラム?」


 大柄の男が語ったのは、先代のアンクラム領主の時の話だ。アンクラムが、獣人排除の街に生まれ変わるきっかけになったと、考えられている。


 実は、アトフィア教が信者獲得の為に行ったことだったが、世間には、獣人が犯人だと思われている。


---

 一匹の蜘蛛が街中で解き放たれた。その蜘蛛は、体長2m程度の大蜘蛛だった。

 ”デス・フォレスト・スパイダー”。デススパイダーと呼ばれていて、出会ったら死を覚悟しろと言われる蜘蛛だ。


 アンクラムに、そんな蜘蛛が”紛れ込んだ”。当時のアンクラムは、街が2つに分かれていた。獣人が主体になっていた区画が7割を占めていた。残りが、人族の集落があり、アトフィア教の教会が存在していた。街の代表は、任期があるが、獣人の代表と人族の代表が交互に行っていた。


 人族の代表が、街の代表だった時に、その悲劇が発生した。


 獣人族の中心で、集会が行われている時に、一匹の蜘蛛が放たれた。獣人たちは、組織だった抵抗ができなかった、種族的な問題もあったが、5~6人で対応するにとどまった。それが被害が増えた理由だった。少人数での対応など、デススパイダーにとっては、罠にハマった愚か者たちを順番に倒していくだけの作業になっていた。

 数日のうちに、獣人の中で力が強かった者たちが抵抗しないで殺されていく、そんな状況で住民たちの心が折れていく、逃げようとしても、その時にはすでに、デススパイダーが罠を完成させていた。逃げ道に巣が作られていたのを知らない。逃げ出した者は戻ってこない。無事逃げられたのだと思って、また逃げ出す。


 獣人の8割がデススパイダーによって殺された。逃げ出した者は居なかった。その事が、さらなる悲劇を産む。


 人族が暮らしていた場所でも、獣人街と付き合いがある者も居る。その者たちが、獣人の区画に行って戻ってこない。何人かそんな事が続いたときに、何かがおかしいと考えて、数人単位で探しに行った、そのものたちも戻ってこなかった。

 人族は、獣人が人族を捕えて殺しているのだと騒ぎ始める。街の代表は判断を誤った。この時点で、街を放棄して逃げるべきだったのだ。


 街の代表は、人族の側近たちを伴って、獣人族の代表が集まっている中央広場に向った。

 代表を含めて、街を仕切っていた者たちは、デススパイダーの餌となってしまった。人族の区画に凶報が届けられる事はなかった。そのかわり、静かになっていく街に、聞こえてくるのは、アトフィア教が唱えている説法だけだ。


 人族は、神にすがった。何が行われているのかわからない状況を恐怖し、神に祈ったのだ。

 教会に人が集まり、救済を祈った。


 教会に集まった人たちは救われた。アトフィア教の聖騎士たちが救済に現れたのだ。

 聖騎士たちは、デススパイダーが居ると思われる。場所をスキルで焼き払い続けた。獣人たちが住んでいた場所も、もしかしたら生き残っている者たちが居たかもしれないのに、人族以外は、魔物という教えに則って、獣人もろともデススパイダーを始末しようとしたのだ。


 街の8割以上を燃やし付きした炎が消えた時に、集会場になっていた中央広場に、2mにもなるデススパイダーの死骸が残されていた。

 レベル9完全回復のスキルとともに・・・。

---


 大柄な男が、自分が知る話を語り終わった時には、他の3人の顔から表情が抜け落ちていた。

「ガーラント。それはいつの話だ」


 リーダ格の男性が、大柄の男ガーラントに、殺気を放ちながら聞く。


「リーダ。いや、イサーク。まずは、殺気を抑えろ、魔物が近づくかもしれん」


 自分が殺気を放っているのにも気が付かないほどに動揺していたのか、イサークは、ガーラントから言われて、殺気を引っ込める。


「すまん」

「いや、いい。俺がこの話を聞いたのは、100年くらい前だ」

「そうか・・・それで、デススパイダーを持ち込んだのは?」

「間違いなく、奴らだろうな。そもそも、聖騎士が来るのが早すぎる」

「確かにな・・・証拠は?」

「ない。有っても、”ない”事になる」


 イサークにも、ナーシャにも、心当たりがある話だ。

 二人は、獣人族なのだ、イサークは黒狼族で、ナーシャは白狼族なのだ。二人の部族が、安全な街ではなく、ブルーフォレストの中で集落を作って生活しているのは、200年以上前に人族から迫害されたのが原因だった。


 イサークもナーシャも、説明していないが、部族には戻れない理由を抱えていた。イサークは暴力的な理由で、ナーシャは立場敵な理由で・・だ。


「イサーク。オババたちが・・・ううんなんでもない」

「そうだな。長老衆が言っている事で間違いないだろう」

「そう・・・だ・・・よね」


 ナーシャの泣きそうな声を聞いて、イサークが、ナーシャの肩を抱き寄せる。


「雰囲気を出すのは構わないけど、まだブルーフォレストの中だって事を忘れないでくださいよ」


「・・・」「え・・・あっ」


 斥候が、雰囲気を出しそうになっていた二人を牽制する。

 ガーラントが辺りを気にしている。


「ガーラント?」

「あぁリーダ。戻ったようだな」


 ガーラントは、ハーフドワーフで、人族とドワーフのハーフではなく、ドラゴニュートとドワーフのハーフなのだ。


「大丈夫だ。周りには何もいな・・・」

「どうした?」

「いや、水場が近いかもしれない」


 その言葉を聞いて、3人に安堵の表情が現れる。


「水場で一息つければいいが、これだけの森だ。何が居るかわからん。気を引き締めるぞ」


 4人は、カズトが用意させた餌場に向った。


 水場が近くにあり、ウィードラビットも数頭狩る事ができた。

 一部、木が生えていない部分が見つかった。その場所は、見通しがよい丘になっていて、見通しが悪い森の中よりも数倍良かった。この丘の周りの木は、少しの振動で揺れる事で、何かが接近してきたらわかりやすい木のようだ。警戒するには楽な場所になっている。

 丘の上には、大きな石があって、2~3人が横になれる程度の横穴が空いていた。驚いた事に、横穴の一つは、奥に縦穴が空いていて、火を使っても、煙が上に抜けるような感じになっていた。


 周りの木は細いが折りにくい。剣を使って切る事はできそうだったが、節の様になっている部分があり、すごくしなる。4人は、その木を束ねて、持っていた紐で結んで入り口を覆い隠すようにした。


 そこまで準備をしながら、狩った、ウィードラビットを調理して、腹を満たした。

 その夜は、順番に見張りをしながら休む事にした。


 翌朝になって、4人で顔を見合わせてしまった


「ガーラントはどうだった?」

「なにも・・・それこそ、ゴブリンどころか、魔蟲も現れなかった。リーダは?」

「俺もだ。これだけの森だぞ、緊張しながら野営の警戒をしていたが、途中で馬鹿らしく感じてしまったよ。ピムはどうだった?」

「みんなと同じですよ。あのブルーフォレストですよ。夜になったら、シャドーウルフくらいは覚悟していたのですけど、何も現れませんでしたよ」

「・・・私も、静かすぎて怖いくらいだった」


 森の中での野営が初めてではないメンツだったが、これだけ何も無い野営は今回が初めてと言ってもいいくらいの経験の様だ。

 少し離れた所で、カズトに命令された蜘蛛と蜂が魔物たちを駆除していた事には気がついていないようだ。蜘蛛の糸で相手を絡め取って、蜂が状態異常を作り出す。その後、カズトのログハウスに運んで、エントたちの餌にしていたのだ。


「リーダ?どうする?」


 ピムと呼ばれていた、斥候がイサークに問いかける。


「・・・とりあえず、本当にここが安全なのか、今日は二手に分かれて、周辺を探索しよう」

「わかった。それで安全だとわかったら?」

「ここをベースにして、食料調達を行う。幸い水場も近い。昨日のように、ウィードラビットが見つかるかもしれない」

「わかった。その後は?」


 4人の目的は同じだ。

 ミュルダに戻る事。そのためには、最低でも1ヶ月近い移動に耐えられる食料が必要になる。イサークは自分の考えを告げる。黒狼族が森の中で狩りをする時や遠征するときの手法だ。


 目的地に向けて、一日の距離。二日の距離。と物資を運んで拠点を作って移動する。

 人数が少ない事もあり、3日程度の距離までが限界だとは思っているが、それまでに新しいベースが見つかれば、そこを拠点に移動を行う事ができる。目指すは、大きな木だ。あそこまで行けばなんとかなるとは思えないが、目的の方向を確認する事ができるだろう。

 木が目印になっていれば、森のなかで迷わないで移動できる。

 当面は、この場所で一週間程度の食料を確保しなければならない。幸いな事に、横穴は3つ空いている。一つを食料の加工場所にしても大丈夫だろう。

「わかった。それなら、俺が、周りに柵を作り始めよう。無いよりはマシ程度だろうけど、少しは安全になるだろう」

「ガーラント。頼む」

「それじゃ、俺は、周りを探索してくる」

「わるいな。ピム。無理だけはしないでくれよ」

「大丈夫だよ。俺も、早くミュルダに戻りたいからな」

「わたしは、薬草や食べられる果物がないか探すわね」

「あぁそうしてくれ。あと、干し肉の作成も頼む」

「わかったわ」


 イサークは、息を吐きだしてから

「俺も、周辺を探索する。何かあったら、遠慮なくスキルを使ってくれ、必ず、全員でミュルダに戻るぞ!」

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