第十話 引率の必要なかったな


 俺がロビーで待機している最中には、誰も部屋から出てこなかった。

 北山が出てきて、津川先生に何か怒鳴り散らしていたが、無視して差し上げた。ユウキを呼び出そうかと思ったが、悪趣味なので辞めておいた。


 津川先生が、俺に何か言ってくるかと思ったが、何もなかった。

 夕方まで俺が待機して、戸松先生と交代した。


「篠崎くん。何かありましたか?」


「何もありません。どのチームも問題はなかったようです」


 学校で待機している後輩チームが管理している掲示板には、何やら質問が投稿されていたが、他のチームの人間が解決策を提案していた。

 戸松先生も、後輩チームから報告を受けているようで、内容は把握していた。


「そうですか、私の方は、パソコン倶楽部から苦情が来ましたよ」


「へぇー」


「興味が無いようですね」


「実際に、興味が持てませんからね」


「篠崎くんらしいですね。ツールが使えないと言い出したそうです」


「そうですか、バカなのですね。これで、情報が抜かれて、後輩チームから各チームに情報が伝わったのでしょうね」


「それだけではなく、サービスの起動がうまくいかなくて、焦っているようですよ」


「あぁそれで、津川先生に詰め寄っていたのですね」


「そのようです。半数のチームがサービスの起動に至っていないようです」


「へぇ・・・。それは、興味がありますね。もう8時間程度は経過していますよね?サーバの構築に2時間は必要だとしても、6時間はあったのですよ?」


「状況を聞いていると、OSが悪いと思ったり、ディストリビューションが悪いと思ったり、いろいろ変えてみたり、OSの種類を変えてみたり、しているようです」


「・・・。そんなに、面倒なライブラリを必要としているのですか?」


「後輩チームの所に、サービスが送られてきているようですので、貰ってください」


「わかりました」


「篠崎くんが作った掲示板は面白いですね。あれは、ISHの亜種ですか?」


「ハハハ。そうですね。アレンジ版です。掲示板というよりも、パケットやログを見た人を驚かす意味しかない。ジョークプログラムですよ」


「そうですね。パケットを・・・。あぁだから、わざと暗号化していないのですね」


「まぁそうですね。SSL通信にしても良かったのですが、怪しいと思われるけど、調べようとはしないと思いますが、あの通信ログなら・・・」


「そうですね。ウィルスに侵されたか、ハッキングされたか、疑いますね」


 津川先生が言っているのは、俺が趣味で作った掲示板プログラムだ。

 テキストもバイナリも送れるようにしている。クライアントから、サーバに対して鍵を申請する。サーバは、鍵と一緒にオフセットを送る。

 クライアントは、テキストとバイナリをzipを使って、パスワード付きで圧縮する。パスワードは、サーバから送られてきた鍵を使う。出来たZIPファイルを、テキスト化する。このときに、アスキーコードを使うのではなく、”魚編”の漢字を使う。アスキーコードが、0-255(00H-FFH)の256文字があればバイナリ→テキストの変換は可能だ。それらを、持っている”魚編”の羅列からオフセット分ずらした場所から返還していく。通常のアスキーコードの倍にはなるが、平文で魚編の漢字が流れているログを見るのは恐怖を感じる。意味もわからないだろう。


「あのツールの中にもしっかりと入れたのですけどね。まぁサーバの指定をしないと、接続は出来ないですし、接続時にパスワードが求められますけどね」


「そう言えば、ソフトが起動しないとか言っていましたよ」


「起動しますよ。ただし、入っているフレームワークのバージョンを調べて、設定ファイルの書き換えを行わないと、古いフレームワークを探しに行ってエラーになるだけです」


「それですね。今は、古いフレームワークは、入手が不可能ですよね?」


「どうでしょう。わかりません。俺は、部屋に戻って食事をしてきます」


 話を進めてもしょうがないのである程度で終わらせて部屋に戻る。


「わかりました。夜の会議はお願いします」


「はい」


 戸松先生に任せて、部屋に戻る。ノックをしたがユウキの反応がないので、電話をする。寝ていたようだ。


 部屋に入って、後輩チームとのやり取りを眺める。問題はないようだ。サービスが難しくしている理由がわかった。使っているかわからないが、要求しているライブラリが標準では入らない。それに、カーネルのヘッダーファイルを要求している。パスは、Slackware系の指定パスだろうか?

 チームの一つが、CentOSを最小構成で入れて構築したのだな。それで、パス指定が違ってエラーになっていたようだ。


「ユウキ。夕飯は、ルームサービスでいいか?」


「いいよ。タクミと一緒なら何でもいい!」


 ルームサービスで俺はパスタとジュースを注文した。ユウキは、ステーキのセットとジュースとアイス×2を注文した。

 テレビを見ながら、皆がオンラインになるのを待っていた。


 21時を過ぎた時に、オンラインになってきて会議が始まったが、すでに掲示板で報告が上がっている以上の話はなかった。

 防御に関しては、やはり立ち上がりが早かっただけに攻撃が来ているようだ。ただ、ルータの役割をしているパソコンの性能低下には至っていない。DDoS攻撃が集中したチームがあったが、ケーブルを引っこ抜いて、サーバルータの再起動を行ってケーブルを繋ぎ直したら攻撃は終わっていた。

 どうやら、攻撃ツールを使っているのだろう。

 ツールと思われる攻撃が多く、想定の範囲内から出ていない。

 多分、本格的な攻撃は明日からだろう。皆が楽観的な雰囲気を持ち始めていたので、明日以降は構築をしているチームも攻撃を行い始めるだろうから、”気を抜かないように”と伝えて会議は終わった。

 戸松先生も、各チームに同じように伝えていたようだ。


 後輩チームからのリークで、どうやら津川先生と戸松先生がやりあったようだ。

 学校から出される予算は決まっている。パソコン系のクラブが新しく立ち上がるので、当然ながら予算の取り合いになる。今年の予算は、確定しているので、来年以降の予算の分配で求めているようだ。通常は、部員数や実績で配分が決まってくる。戸松先生は、当然ながら出来たばかりの部なので、部員数での分配を希望した。津川先生は、”承諾はできない”と言い出して、実績ベースでの分配を希望したが、パソコン倶楽部は実績がない状態なのを、戸松先生に指摘され、活動期間という絶対に覆らない数字を実績として持ち出してきたようだ。

 文化部にしては予算が潤沢になると思ったら、パソコン倶楽部は、部活連が主導して作った部のようだ。


 ユウキは結局・・・。自分に割り当てられた部屋には戻らなかった。俺が、リモートで作業をしているのを黙ってみていたかと思うと、シャワーを浴びて布団に包まって寝ていた。荷物は俺の部屋にあるから良いけど、二人でシングルベッドを使うのは狭いぞ?


 翌朝。ルームサービスで朝食を頼んで、二人分の下着と服を荷物から出した。

 朝が肝心なので、しっかりと頭を動かす状態にしておく、甘いものを普段以上に食べて待っていると、掲示板に報告が上がり始める。

 夜の間にBOTによる攻撃があったが、想定していた以上の攻撃ではなかったので、問題はなかった。

 攻撃チームの方は、ネットワークの走査が終わったようで、本格的に攻撃を行う。10チームほど、サービスが起動できていないようだ。優秀な北山のチームもサービスが起動できていないチームの一つだ。

 午前中は、戸松先生がロビーで待機して昼から夕方まで俺が待機する。今日は、ユウキも一緒にロビーで待機する。ロビーにパソコンを持ち込んで作業をしながら誰かが来るのを待つ。


 数回、北山がロビーに来て、俺をすごい目つきで睨んでいたので、ユウキを呼び寄せて横に座らせた。目線を向けないようにして耳打ちをしてから、笑いあっただけだ。どう見ても、バカップルに見えるだろうが、徴発にはなっただろう。


 俺は、学校のサーバに接続して、去年からのパソコン倶楽部の予算と報告書を精査し始めた。

 予算の話が出た時に、パソコン倶楽部の予算が気になったのだ。去年は、愚か者上地がめちゃくちゃにしていた。部活連というのが気になった。


 学校に行かないと無理だな。

 帰ってから、生徒会で調べるか・・・。面倒な事にならなければいいけど・・・。


 午後も、問題が発生しないまま時間だけが経過した。

 俺とユウキがロビーに居ると知ったチームに参加している女子が来たが、ユウキと話をするのがメインで問題があるわけではなかった。


 夕方まで、何度か、まとまった規模の攻撃はあったようだが、サービスの停止には至らなかった。攻撃チームへの攻撃も、それほど過剰ではない。市販のルータが数回、接続が出来ない状況にはなったが想定内だ。ルータのリセットをして復活させた。サーバと違うネットワークにしているので、侵入されても盗み出せる情報はない。


 後輩チームからの報告で、甘い蜂蜜ハニーポッドを舐めて気に入ったチームがあるようだ。起動まではしてくれなかったようだ。

 指向性を持たせた無線LANは繋がらなかった。距離の問題かもしれないし、遮断されているのかもしれない。調べる方法がないので、諦めるしかなかった。昨晩の無線LANの盗聴はうまく出来た。設定がザルな無線LANが見つかって、攻撃に使った。


 夜の打ち合わせはまたもや楽勝ムードが漂い始めていた。

 当初の目的である。”パソコン倶楽部よりも上位でフィニッシュする”は達成できそうだ。上位入賞も見えてきている。攻撃チームも上位にランクインしている。他の3チームは、1位と3位と4位だ。2位のチームを狙って追い落とすと言っていたが、それよりも、今の順位を確定させる動きに切り替えたほうがいいだろうと作戦を伝えた。

 5位。6位。7位のチームを狙うようにした。8位は攻撃チームなので、うまくすれば逆転出来る可能性だってある。攻撃チームの情報を共有した。後輩チームがパラメータを調整して、夜中は5位と6位と7位のチームを狙うようにBOTに指示を出した。


 ユウキは、今日も俺の部屋で寝ようとしている。流石に一度も使わないのは、部屋を用意してくれた人たちにも悪いので、今日はユウキの部屋を二人で使う。着替えを持ち込めば問題はない。


 最終日は、11時が終了時間となる。13時に、結果が発表される。

 俺とユウキは、戸松先生から先に帰っても大丈夫だと言われた。11時までは会場に居て、それから帰路についた。ユウキが、先輩たちに連絡していて、迎えに来てくれると言うので、近くのバス停で待ち合わせをした。先輩たちは、もう一泊の予定らしいので、俺とユウキも部屋が空いていれば泊まっていくことにした。


 俺とユウキの連休は、最後に楽しい旅行が付いてきた。

 そもそも、引率する必要もなかった。想定の範囲を超えた場合に備えていたのだが、小さな問題は発生したが、対処が不可能な問題ではなかった。


 まぁ学校の予算で旅行が出来たと思えばいいかと締めくくった。


 宿に付いた時に、戸松先生から結果が送られてきた。1位と3位と5位と7位だ。満足出来る結果だ。ちなみに、どこにでも侵入できるツールを持っていると豪語していた優秀な北山が率いるパソコン倶楽部は、47チーム(3チームは途中で棄権)中45位だったようだ。ハッキングも侵入も成功していない。

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