第2話 真之①
あっという間に日は過ぎ去り。
授業参観の当日を迎えた。
「あー、親に見られながら授業受けるなんて、やだなあ」
「うちの母ちゃん、張り切っててさ。すっげー濃い化粧してくるんだろうな」
昼休み。給食を終えた教室では、午後に控えた五時限目の授業参観のことで、話がもちきりだった。児童達は皆、不安げな表情を浮かべている。たくさんの父兄達に見守られながら授業を受けるのは、何度も経験しているが、それでも平然としていられるわけではない。普段は授業態度がいい加減な者や、学業成績のよろしくない者達からすれば、特に嫌な行事であろう。
真之は比較的真面目な児童だ。それでも、いつもとは違った教室内の空気に惑わされ、思わず緊張してしまう。
「えっと、真之、くんのところは、お母さんが来るの?」
自分の席についていた真之に、控えめな口調の声がやってくる。顔を上げた彼の正面には、見慣れた顔の女子児童が立っていた。
彼女の名前は、城島明日香。
真之が転入初日、体育の授業をきっかけにして、少しずつ話をするようになったクラスメイトだ。
ショートカットの黒髪に、同世代の女子達と比較しても小柄な身体。大きく円な眼がチャーミングなのだが、表情は優れない。それは今に始まったわけではなく、真之は今まで彼女が明るく笑ったところを見たことが一度もなかった。
「うん。城島さんのところは?」
「うちは、叔母さんが来てくれるって。恥ずかしいな」
真之の朴訥とした調子の問い返しに、明日香は身体をもじもじさせる。
彼女は、半年前の怨霊事件で両親を失っていた。現在は二つ年下の弟と一緒に、親戚の家で暮らしているそうだ。心の傷はまだ完全には癒えていない様子だが、真之の転入当時から比べれば、いくらか積極的に話しかけてくれるようになった。
真之もまた、なかなかクラスに溶け込めない現状で、声をかけてくれる明日香の存在はありがたい。少しずつではあるが互いの仲を深めていった。
「へっ、お熱いねえ。拾われっ子が二人して、イチャついてよ」
そこへ、馬鹿にしきった声が投げかけられてくる。教室前方の壇上から薄笑いを向けてくるのは、一人の男子児童だ。
「本当の母ちゃんが死んだやつ同士、仲がよろしいことで」
見下して嘲笑うその男子児童もまた、真之のクラスメイトだった。
「お、おい、一也。やめとけって」
「建宮君に下手なこと言ったら、どうなるか分かんないぞ」
一也と呼ばれた男子児童を、周囲の友人達が止めに入る。真之の厳つい外見と、身にまとう無骨なオーラを恐れる者は多い。さらに、彼の全身に刻まれた虐待の痕が決定打だった。おかげで、クラスメイトの多くは、ろくに目を合わせようともしてくれない。
そんな中。
「何ビビってんだよ。こんなヤツ、見掛け倒しだっていつも言ってるじゃん」
「で、でもさ、かっちゃん」
「いいから、見とけって」
かっちゃん――結城一也は、友人達に誇示するように白い歯を見せる。
彼は、この六年二組の中で中心的な人物だ。地元のサッカー少年団に所属していることもあって、その肌は健康的に焼けている。黒髪を逆立て、自信に満ちた顔つきが印象的な少年だった。何かとリーダーシップを取ることが多く、運動神経も抜群に良い。同性だけでなく、女子からの人気も高かった。
ただ、そんな一也の問題点があるとすれば、自分の力を見せつけるために、弱者を虐げる傾向が強い、ということだ。教師の受けが良く、イジメを大人に悟られないようにするテクニックが上手い。そうした人種は、弱者を見抜く能力にも長けている。
大股で近づいてくる一也に対し、明日香が肩を大きく震わせた。まるで、外敵に怯える子ウサギのようだ。真之は席から立ち上がり、彼女を自分の大きな背に隠す。
一也が鼻を鳴らし、真之の広い胸を小突いてきた。真之は両足で踏ん張って、その衝撃を跳ね返す。
その態度が生意気だと思われたのか、今度は胸ぐらを掴まれた。
「何だよ、建宮。お前にやり返す根性がないことなんて、とっくにバレてるんだぜ?」
愉悦に浸る捕食者の目。そうした視線を、真之はこれまでの人生で嫌というほどに見てきた。数ヶ月前に逮捕された、彼の親戚達と同種の目だ。そのトラウマは傷痕となって、心と身体に深く刻み込まれている。
だが、
「離して」
真之は無表情を崩さず、一也の手を払い除けた。
(ここでやられっぱなしだったら、あのころと何も変わらない。それに僕だけでなく、城島さんまでイジメられる。……そんなの、絶対に駄目だ)
予期せぬ反応だったのか、一也は一瞬呆気に取られた様子で口を開ける。それからすぐに、不機嫌そうに舌打ちし、手を引っ込めた。
「けっ、女子の前だからって、格好つけやがって。お前なんて、怪人Aに襲われて喰われちまえばいいんだ」
その名前を出され、教室内の空気がざわつく。
怪人Aとはここ最近、志堂市内の小学生の間で囁かれる噂だ。
真っ黒なコートと帽子で身体を覆い隠す、謎の男。夕暮れ時になるとどこからか現れ、子どもに声をかけてくるという。
「頭から丸かじりと、手足を順番に食べられるのと、どっちがいい?」
男はそう問いかけ、子どもを誘拐する。そして、骨も残さずに食べてしまう――そんな噂だった。
ただの子供だましの怪談話と言われれば、それまでではある。しかし実際に、この一ヶ月間だけで市内の小学生が三人も行方不明になっているので、噂が妙な真実味を帯びているのだ。警察は連続誘拐事件として捜査を進めており、教師達は放課後早く帰るよう厳しく指導している。通学路では保護者達が見張り、街は謎の犯罪者に対する緊張感で包まれていた。
「お前ら拾われっ子なんて、どうせ死んでも誰も困らねえんだからさ!」
一也はそう冷笑すると、自分の取り巻き達のもとへと戻っていった。
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