第八話 DO・GE・ZA

「ああああああああああああああああああああ!!!」


 さっきのスポットライトは、野外ライヴのステージだったんだ!

 それで怒ってるんだ。俺がアーティストの聖地を荒らしたから。

 知らなかったとはいえ、とんでもないことだ。俺は深く恥じいった。


「すみませんでした!」


 ドングリJAPANのメンバーたちに、俺は頭をさげた。だけど。

 地面に並んだ野ネズミに向かって、俺が立ったまま頭を下げても、普通に見下している高さになってしまう。これではダメだ! 俺は膝を地面につけた。

 野ネズミの目線の高さに合わせて、頭を低く低く低く低くしてゆくと、手のひらと額を地面につける格好になってしまった。自然と膝は揃って正座になる。

 ――あれ、この体勢って。


 ブーイングがしずまって、野ネズミたちはピタリと口をつぐんだ。


「DOGEZA?」


 ぼそっと誰かが言った。

 野ネズミたちが大きくどよめいた。


「はじめて見た。あれがそうなのか?」


人類ホモサピエンスにしか出来ないという伝説のポーズだ!」


「げええ! かかとの関節が逆に曲がってる!」(※ 作者注)


「うわ! 痛い! 見てるだけで痛い!」


「よせよ。失礼だろ!」


「見ろ。あの体勢で汗一つかいてないぜ」


「クールだ」


「しびれるぜ」




  ✾   ✾   ✾   ✾   ✾   ✾


(※ 作者注)


野ネズミの後足をまじまじと見た方ならば御存知かと思いますが。

いつも彼らは、人間で言うならば「つま先立ち」で生活しています。

ですから人間の「膝」にあたる関節は「かかと」になります。


例えば、野ネズミと人が並んでヒンズースクワットをすると。

人間は膝関節が前へ曲がりますが、野ネズミは同じ部分が後ろに曲がるので。

お互い「のわーっ?!」となります。


  ✾   ✾   ✾   ✾   ✾   ✾




 絶賛されている。

 誤解もあるようだが、正直嬉しい。

 このまま一生こうしていようかと思っていると、カサコソと枯葉の鳴る音が近づいてきて、野ネズミたちが、ヒゲが触れるくらい間近に迫ってきた。


「おい。そのポーズ、苦しくないのか?」


 バルトークさんが、心配そうに俺を覗きこんだ。

 さっきまで鼻面に険しい皺を寄せていたが、今はすっかり消えている。


「ちょっと膝が痛いッス」


「なら、やめろよ!」


「でも、ほんとうに申し訳なくて」


「いや、もう、いいよ!」 「伝わったから!」 「また今度見せてくれよ!」


 なんて心の広いアーティストたちなんだ。いくら堪えても涙が出る。


「すみませんでした」


 お言葉に甘えて体を起こすと、足がビリビリに痺れていた。その崩した膝に、ドングリJAPANのメンバーたちが続々と登ってくる。


「待って! いまだけ触らないで! ああうっ!」


「どうしたの?」


「どこか痛いのか?」


「!!!!!!!!」


 心配するネズミたちが腿をパシパシ叩くから、俺は数分間悶絶した。



 * * * * * *




「さっきのアニソン、お前が作ったのか?」


 シッポを青く染めた野ネズミが訊いた。真っ黒なベースを背負っている。


「はい。そうッス。ロックのつもりなんスけど」


「わるい! いや、サビで泣けたぜ。歌詞は青かったけどな」


「マジすか? ありがとうございます!」


「あんた、いい声だね」


 目の周りを緑色に塗った野ネズミが妖艶に頬笑んだ。


「ギターも良かったよお」


 ロリータドレスの野ネズミがウインクした。


「ありがとうございます!」


 本物のバンドメンバーに、こんなに褒めてもらえるなんて。

 俺、生きてて良かった。


「坊や、すばるってったっけ?」


 猫顔のマスクを被った野ネズミが訊いてくる。たぶんニイガタヤチネズミだ。


「はい。歌うときは、ヘルモクラテス、です」


「なんだ、それ? だっさい芸名!」


 メンバーがみんなでゲラゲラ笑うから、俺も一緒に笑った。

 自分でも、ちょっとダサいかなって思ってたんだ。実は。


「OK! ヘルモクラテス! ステージに上がれ!」


 エルガーさんが、シッポでステージを指した。


「え?」


「俺たちと一緒に歌おうぜ!」


 ちゅーひーひー!!! えい、あー!!!


 ちゅーひーひー!!! えい、あー!!!


 星空に拳を突きあげる野ネズミに混ざって、俺はまたステージに立ったんだ。

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