メルヘン世界と魅惑の果実

マジック

第1話 かぐや姫とグレーテル

 そうだ。物語を描こう。

 今まで自分が体験してきた物語を。

 この世界の人が読んだら単なるロマンチックな小説になるだろう。

 元の世界の人が読んだら異世界ファンタジー小説にでもなるのだろうか。

 いずれにしても少しでも多くの人に読んでもらえるように精一杯描こう。感動してもらえるように。そして自分がこれを読んで思い出せるように。


 タイトルはこうしよう。「メルヘン世界ワールドと魅惑の果実」








 どんな人でも、大きかれ小さかれ失敗という経験をしたことがあるだろう。

 電車の乗り換えに失敗だったり、告白に失敗だったり、受験に失敗だったり大小様々だ。

 それらを冷静にまとめてみると失敗には二種類あることが分かる。

 まだやり直せる失敗ともう取り返しのつかない失敗。


 俺を囲っているのは取り返しのつかない方の失敗だった。

 大学受験。

 結果が将来に直結してくる妥協の許されないイベント。

 浪人するほどの経済力も無いというハンデを背負っている状況だった。

 

 全落ち。

 まさに取り返しのつかない失敗。

 応募はどこも締め切っていて今年は就職さえできない状態。

 もし人生がゲームだとしたら勢いよくGAME OVERの文字が出てきている所だろう。


 「はーぁ。親にどう謝ればいいんだよ...。」

 電車の中、窓の外に目をやる。もちろん行先も目的もない。

 いっそのこと電車に飛び込んでやろうかとさえ思った。

 それにしても眠い。

 昨日オールしたせいだろう。なにしろ今日の朝が合格発表だったのだ。眠れたもんじゃない。

 暖かい日の光が当たって次第に心地よくなってくる。

 少しだけ眠ろうか。そう思う余裕もなく意識が吸い込まれていった。








 「次はルイス駅、次はルイス駅」

 聞きなれない駅名。眠りすぎてしまったのか、窓の外には見慣れない景色が広がっている。

 いや、異様な光景だ。

 オシャレな石畳の街に、和服やワンピースのような服、旅着のような服を着た人が混同している。

 それに変なピエロが俺の方を見ながら列車と並んでダッシュしている。

 怖くはない。可愛いピエロだ。

 そして乗っていた電車も明らかにおかしい。まるで誰かの家の中のような木の椅子。壁には植物のようなものが飾られているし、そもそも汽車になっている。


 それに体がなんだかふわふわしている気がする。

 きっと夢を見ているのだと思った。夢だと気づけば自由に夢をコントロールできるという。

 試しに本気で頬っぺたをつねってみる。

 「痛てっ」

 なんでだろう。普通に痛い。それに体に「飛べ」と命令しても当然、浮くことなんてできない。


 そんなことをしているうちに汽車が止まった。改札口も無く、駅員さんも居ないようだ。外へ出るとレンガ作りの街が広がっている。

 なんて綺麗な街なんだ...。まるで物語に出てくるような理想的な街。


 その光景にさっきのピエロが息を切らして入り込んできた。そしてフラフラになりながら近づいてくる。

 「はぁはぁ...大丈夫?はぁはぁ...」

 「あの...その言葉こっちのセリフなんですけど」

 ピエロはまともに口も聞けないほど呼吸が乱れていた。原因は明らかだ。

 「その仮面取ったらどう?」

 「ダメ!これは私のシンボルなんだから」

 ドヤ顔が仮面越しにでも伝わってくる勢いだった。


 「君、この世界の人じゃないでしょ?」

 意外すぎる発言。

 「わかるものなのか...?」

 「わかるよ。だって私もそうだもん」

 「はぁ!?」

 なにこの世界。普通、召喚されるのって自分一人じゃないの?


 「突然大きな声ださないでよ。驚いちゃうから」

 「え、だって、別の世界から来たって」 

 「詳しくはお家で話すからきて」

 そう言ってチョークのような物で床に綺麗な円を書き始める。

 俺がその中に入るとピエロは優しく手を握った。

 「お家へ帰るよ」

 その声と共に目の前が真っ暗になった。まるでひどい立ち眩みに襲われたかのような感覚。

 意識を保つのに必死だった。視界が安定してくるとそこは家の中のようだった。

 大きなかまどに木のテーブル。壁の本棚にはたくさんの本が整えられている。飾られている綺麗な植物がさらに雰囲気を際立たせている。


 椅子にはさっきのピエロと長い黒髪の美しい少女が座っていた。

 「はじめまして。色々聞きたいことがあるのよ」

 っ!?凄まじく可愛い声。

 「俺も自分に何が起こってるかわからないんだ。色々教えてほしい」

 「先に説明しなきゃね。グレーテル、出番よ」

 そう言って少女がピエロの方を見る。その声に合わせてピエロは仮面を取った。


 少し幼く、可愛い顔に綺麗な金髪。整ったツインテール。隣の黒髪の少女とはまるで別のタイプである。

 「かぐやったら、そうやって面倒くさい事はすーぐ他人任せにして。グレーテルちゃんがいないとダメなのかな?」

 「話しやすい方がいいでしょう?グレーテルほどの美人さんならもう打ち解けたわよね」

 「えーっと...ま、まぁね。打ち解けたよね?よね...?」

 そう言って俺の方を睨むように見てくる。黒髪の少女からは見えない角度で。

 「うん。おかげですごく仲良くなれた気がする...?気がする。だからグレーテル?ちゃんに教えてもらいたいな」

 「ま、まぁ?そこまでいうなら別に教えてあげなくもないし?かぐやも困っているみたいだから?特別に私が説明してあげちゃう」

 うん。この子相当チョロい。





 やはり彼女の説明は下手だった。結局、二人から色々な話を聞くこととなった。

 まずは魔法という概念。

 魔力は人間の中にあり、常に流れている。誰かの感情を揺さぶることによって魔力は流れ出す。つまり、たくさんの人の感情を揺さぶれは、それだけ多くの魔力が手に入るということである。

 そしてより強く感情を揺さぶられれば強い魔力を手に入れることができ、従って、強い魔法が使えるようになる。


 そしてピエロの服の金髪ツインテールの少女。

 名前はグレーテル。普段はたった一人でサーカスをして強い魔力を集めているらしい。俺と同じく3年前に別の世界からやって来たという。

 黒髪の長い少女の名前はかぐや。小説を書いて強い魔力を集めている。純粋にこの世界の人である。


 最後に言い伝えとして、残っている話。

 この大陸を統べる女王の城は、神樹に沿うような形に造られている。その神樹は、300年に一度実をつける。それは魅惑の果実と言われ、食べた者の願いを何でも叶えてくれるという。

 そして収穫の儀式と祭りは盛大に行われるが、その危険性から果実は、誰も辿り着けないような世界の秘境に隠されているという。






 「さて、ゴウヤの話も色々聞けた所で、今から買い物に行くのだけれど、三人で、ね?一緒に行こっか」

 「「おーう!」」

 そう言って、勢いよく外へ飛び出した。

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