第2話
「なんだこの順位は!」
怒声が居間に響き渡る。アキヒサは思わず肩をちぢこめた。
「こんな点数を取って東大理三に行けると思うな!恥を知れ!」
「はい、すみませんでした…以後気を付けます。」
アキヒサは父に向かって深々と頭を下げると、二階にある自分の部屋に行こうと階段を上がった。部屋のドアを開け、勉強机の向かい側にあるベッドに飛び込む。
「ふう……音楽でも聴くか。」
通学用カバンの中に隠してあるウォークマンを取り出し、電源を入れる。学校からの帰りに秋葉原の中古電気店で、両親には内緒でこっそりと買った物だ。学校の行き帰りによく聞いている。中古品それもジャンク品なので、あちこちが手垢で汚れ塗装も多少剥げているが、アキヒサにとっては唯一無二の宝物である。慣れた手つきでカチカチと操作をし、再生ボタンを押すとすぐに、女性の透き通るような声が流れ出す。今世間で人気の女性シンガー、LiLiの『One』という曲だ。
「勝てなくても負けちゃいない あなたにはあなたの良さがある……か。」
口ずさみ、ベッドの上であおむけになる。
すっかり疲れた。ここのところ疲れが全く取れない。まるで重りが全身にぶら下げられているかのように体の動きが鈍い。それに伴って頭の方も上手く回らなくなっているような気がする。まあ頭に関しては原因はそれだけではないのだが。
「うう……眠い……」
ベッドの上にいたことが間違いだった。その考えに至る前にアキヒサの意識は眠りの世界に引き込まれていった。
*
ジリリリリリリリリ!と目覚ましの音が鳴り響く。
「うおっ⁉」
どうやら昨夜、寝ぼけた状態で何かやったらしい。普段なら絶対にならないような時間に目覚ましがかかってしまっていた。………朝の五時である。
「いや、いくら何でも早くかけ過ぎだよ…………」
だが起きてしまったら最後、どんなに眠くとも二度寝ができない体質なので、寝るというわけにもいかない。
「どうするか………うん、学校に行くか。」
昨日あれだけ怒られたのだから、おそらく今日の朝食は抜きだろう。スパルタなアキヒサの両親は、アキヒサが何かやらかすとすぐにご飯を抜く。成長期の男子高校生にとってこれほど辛い罰はないということを理解しているのだ。
…両親の機嫌が悪い時には逃げるに限る。
というわけで、アキヒサはそそくさと着替えを済ませると学校に向けて出発した。
駅にはいつもより二時間も早く着いた。
いつも通り、駅から学校への道のりを歩く。この時間帯はちょうど誰も学校へ行く人はいないようだ。部活のあるやつらはもっと早くに行くし、無いやつらはいつものアキヒサと同じくらいの時間に行くのか。
途中のコンビニで昼食のパンを買ってから学校についた。
「お、だれもいない」
教室の中は静まり返っており、グラウンドで走っている陸上部の掛け声がかすかに聞こえてくる。そう言えば京子も陸上部だったはずだ。もしかしたら今ちょうど走っている最中なのかもしれない。ペンケースのチャックを開けながら、アキヒサはそんなことを思った。と同時、なんで彼女のことが思い浮かぶんだと自問自答に陥った。
結局十分後も勉強には手が付かず、アキヒサは飲み物を買おうと席を立った。
財布を取り出し、購買の前にある自販機に向かおうと教室を出る。
アキヒサの教室から購買に向かう途中には、運動部の女子更衣室がある。
女子更衣室!……思春期男子たるものここにときめかずして何にときめくか。当然それは思春期真っただ中のアキヒサにも有効である。
だがまあ当然ではあるが、現実にそんなことあるわけないので扉はしまっていた。
しかしそれでも期待してしまうのが思春期男子。アキヒサも例のように、せめてこの秘密の花園の中で繰り広げられているであろう出来事を想像すべく、中から漏れ出してくる音を一音たりとものがさんと必死で聞き耳を立てていた。
「――――でさー、」
『これは小田切さんの声!』
僥倖!まさに天の助け!小田切京子が今まさにこの鉄の扉の向こうにいる!
アキヒサは聞き耳の感度をさらに上げ、自身の持てる最大限、いや人間の持てる限界をも超越した聴力を発揮。さらに聞き耳を立てんと
「マジ気持ち悪いよね、病みヒサ!」
その瞬間、彼の全てが音さえ立てずに塵になって消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます