第1020話 連鎖(4)守りたいもの
不穏な空気は、誰もに感じられた。身を固くして、起こる何かから身を守ろうと周囲に目を走らせている。
と、女の髪が逆立ち、札がベリッとはがれた。
「わお。母の子供を思う念の強さにビックリ?」
直が言いながら目を丸くし、新たな札を用意する。
その札は三船親子と草野を、女が襲い掛かろうとするのから守った。
「三船さん、でいいんですか?もう大丈夫ですから。もう、その辺でやめましょうか。これ以上となると、強制的に祓う事になりますよ」
言って軽く神威を漏らすと、女はビクリと体をすくませて、恐れるように、そして忌々しそうに、僕を見た。
「改めて。あなたのお名前を」
三船悦子
この子の母親だよ
ああ その通り
子供の育て方も接し方もわからないから
親がしていたようにして来たけど
それが正しいとは思っちゃいなかったよ
謝るにも 見付けたもののどう言えばいいかわからないし
そっと見守ろうと思っただけだよ
幸恵さんは疑うような驚いたような目を悦子さんに向け、明人君は悦子さんを見て頷いた。
「ぼくがお母さんに叱られたり、おじさんに怒られたりした時に出て来て、あんまり強く叩かれそうになったりしたら、じっとお母さんやおじさんを見てたよ。そうしたら、お母さんもおじさんも、何かそれ以上怒ったり叩いたりしなくなった。
ああ、そうかあ。ぼくの事、助けてくれたんだね、おばさん」
それに、幸恵さんが視線を落ち着きなくさ迷わせ、悦子さんは笑うような困ったような不可思議な表情を浮かべた。
「明人君。あの人はねえ、お母さんのお母さん。だから、明人君のおばあちゃんだよぉ」
直がニコニコとして言うと、明人君の顔がぱあっと明るくなり、悦子さんは泣き笑いの顔に、幸恵さんは顔をくしゃりと歪めた。
「娘と孫が心配で、守って来たんですね」
「何でよ。何でそれなら、生きてる時に、もっとちゃんと――!」
幸恵さんは叫ぶように言い、悦子さんは苦しそうに俯いた。
「虐待の連鎖ですね。虐待を受けて育った子は、親になった時、自身も虐待をしてしまう事がある」
言うと、幸恵さんと悦子さんががっくりと膝をついた。
「そうよ。どうしていいのかわからないのよ!何を考えているのか、何がしたいのか、何が欲しいのか、全然わからない。私なんかが、何をすればいいのかわからないのよ!」
明人君は、そんな幸恵さんのつむじを、不思議そうに見下ろしている。
「まずは、抱きしめてあげる。それで愛情が伝わりますよ。
さっき、自然とあなたは、脅威から明人君を守ろうと、明人君をかばったじゃないですか。立派なお母さんですよ」
言うと、幸恵さんは初めて自分が明人君を縋るように抱きしめている事に気づき、パッと、恐れるように手を離した。
と、明人君が、幸恵さんを抱きしめる。
「お母さん、だあいすき!」
幸恵さんは硬直していたが、やがて恐る恐る明人君を抱きしめ返し、堰を切ったように泣き出した。
悦子さんもそっとそばに行くと、幸恵さんと明人君をまとめて抱くようにして、
ごめんねえ 幸恵
ごめんねえ
あんたが生まれて あんなに嬉しかったのに
どうか 幸せになって
「お母さん!私、嫌いだったけど、でも、やっぱりお母さん、ありがとう。愛してくれて、ありがとう!」
幸恵さんが言うと、悦子さんは笑った。それで、さらさらと形を崩し、きらきらと光りながら立ち昇って消えて行った。
それを全員で、見送った。
「不安も、困った事も、相談できる窓口がありますから。1人で悩まないでください、三船さん。
それと、明人君の養育費は、しっかりと取り立てましょう」
幸恵さんは少し笑った。
「さて、草野要太。暴行の現行犯ですが」
呆けていた草野は、青い顔になって飛び上がった。
どうにか事件も収まり、僕は家に帰った。
と、凜がピタリと足にくっついて来て見上げて来た。
「お父さん。今度、父の日に参観日があってね。来られる?」
ああ。来て欲しいけど、仕事だったらダメってわかってるからなあ。
「ん、行くよ!」
言いながらしゃがむと、嬉しそうに抱きついて来る。かわいいやつめ!
なので僕も、ぎゅうっと抱きしめる。
「ひゃはは!」
「こうすればわかるのにな」
「うん?」
「大好きだよって」
「うん!お父さん大好き!」
「お父さんも凜が大好き!」
「あ、いいなあ。お母さんも!」
美里が乱入して来て、3人でぎゅうっとくっつく。
簡単な事でも、難しい事がある。
壊したくない。僕はつくづく、そう思った。
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