第556話 脱落(3)進展

 高岡は、淡々とした様子で取り調べに応じていた。そして、大きな溜め息をつくと、言った。

「すみません。余命僅かと言われて、イライラしていて。それで、発作的に。前の方で、割り込まれたり急ブレーキをかけられたりしてして腹がたっていたものですから」

 殺人に切り替わった。

 しかし、上谷川議員や議員秘書については、知らぬ存ぜぬの一点張りだ。事故後の会話も、

「事故ですか」

「どうしよう」

「早く警察か消防に知らせた方がいいですよ」

「そうですね。そうします」

と言っていただけだと主張している。

 そして、相馬には再びストップがかけられた。


 相馬は一息に焼酎を飲んで、コップをテーブルに戻した。

「落ち着け、相馬。何かあると向こうがお墨付きをくれたと思え。な?」

 ここは相馬のマンションで、僕と直と相馬は、家飲み中だった。やけ酒だ。

 僕はせっせと、冷蔵庫や冷凍庫のものを使って、あてを作っていた。タコの青じそバターじょうゆ炒め、ささ身の天ぷら、人参のきんぴら、ちくわとこんにゃくの炒り煮、じゃがいものおかか和え、トマトのチーズ焼き、長芋の網焼き。

「そうだけど。

 トマト、美味しいわね。焼きナスみたいな感じ」

 トマトを横にスライスして上にピザ用チーズを乗せ、アルミホイルに並べてグリルで焼くだけだ。

 トマトは悪酔い防止にもいいし、一石二鳥だ。

「ささ身の甘辛い味が、ビールに合うねえ」

「丼にもなるぞ」

「本当!?うわ、残して明日に……」

「向こうに取ってあるから、明日温めて丼にでもしろよ」

 しばらく、ただの飲み会になって、楽しむ。

 やっと空腹が落ち着いて、僕達は事件の話に戻った。

「高岡と上谷川議員、もしくは秘書に、接点はあるかねえ?」

「今は出ないわね。後援会の人まで広げるべきかしら」

「それも仕方ないかねえ」

「それより、現場にいたなら、上谷川議員と秘書も視た方がいいな。

 いや、確認しようとしたら、今は視察でイギリスにいるらしくてな。帰国は明日とか言ってたから、行ってみるよ」

「ボクも行くねえ」

「それで憑いてなかったらどうしようかしら」

「ううーん。霊が成仏してる場合もあるからなあ。その場合の切り口を考えておかないとなあ」

「ううーん。

 オムレツが食べたい。でも、豆腐が賞味期限だったかも」

「はいはい。じゃあ、豆腐とじゃこと人参とねぎの入った和風ふわふわオムレツ食べるか?」

「何それ、美味しそうだわ」

「あんがかかってると更に美味しいんだよねえ」

「はいはい。じゃあ、きのこあんな」

 相馬。感じが随分と変わったな。これが素か……。


 翌日、あれほど飲んで食べたのにケロリとした僕達は、上谷川議員と秘書を視に行った。

「どう?」

「いる、いる」

「めっちゃくちゃ、恨んでるっぽいねえ」

「行くか」

 僕達は、空港の到着ロビーの端で、議員に声をかける事にした。

「あおり運転という事でカタを付けるという事です」

「そうか。メモの類はないんだろうな」

「はい。念のために、遺族である妹を監視下に置きますか」

「まあ、空き巣は多いからな」

「かしこまりました」

 そんな会話が押し殺した声で交わされたのは、流石に距離があって僕達には聞こえなかったが、背後の野際さんの霊は聞いていたという。

「妹にまで手を出すのか」

 そう言って、怒りの為に急速に実体化までして、上谷川議員と秘書を睨みつけた。

 付近の客などが気付いて、悲鳴を上げた。

「うおおっ!?」

「先生、後ろに!」

 秘書は震えながらも、上谷川議員をかばおうとした。見上げた根性だ。

「警視庁陰陽課です!下がって!」

 僕と直は、上谷川議員達と野際さんの間に入った。

「おお、良かった」

「とんだ偶然だな」

 上谷川議員と秘書はホッとしたような声音で、直の後ろへ下がって行った。そこへ相馬もおり、

「ここへ」

と並ぶ。

 僕は野際さんに訊いた。

「あなたは」


     野際正高。上谷川議員の疑惑を調査していた


「疑惑?」

 聞き返したが、背後から声が飛ぶ。

「さっさと祓え!危険だろう!聞く必要はない!」

 秘書の声だ。

「野際さん。山道で亡くなってから、ずっと憑いていたんですか。なぜ今なんです。そもそも、どうして上谷川議員を調べていたんですか」


     不正献金疑惑に、息子の当て逃げもみ消しと強制性交もみ消し


 上谷川議員が、舌打ちをした。

「根も葉もない事を。聴く価値も無い」


     俺だけでなく、妹まで監視すると、今


「妹さんですか」


     空き巣は多いとか言ってた

     妹に手を出すな!


 怒りに、秘書が怯えて悲鳴を上げた。

「させませんから。だからあなたも、落ち着いて下さい」


     バレると思って、俺を殺させた

     今度は妹まで


「野際さん。野際さん!」


     コロス コロシテヤル ユルサナイ


「だめだ。直、祓う」

「了解」

 僕は刀を出して、どんどん憎悪を募らせる野際さんに近寄って行った。


     アバイテヤル ジャマヲスルナ!


 掴みかかって来た所を、避け、斬る。


     コンナ 汚い政治家 スクープしてやる!


 そこからさらさらと崩れ、野際さんは成仏して行った。

「終わりました」

 僕は刀を消して、振り返った。

「今度はこちらですね」

 相馬が言った。




 

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