第540話 濡れた手(3)上陸

 署に行って署長と話をし、これまでの色々な事例をまとめた報告書を読み、夜を待つ。そして、砂浜へ再び出かけた。

 細い三日月が出ていたが、雲に隠れ気味でほとんど見えない。街灯の灯りも届かず、暗い中、波の音だけが大きく響いていた。

 一帯を今夜は封鎖しているので、邪魔は入らないはずだ。

 砂浜を、波打ち際の方へと歩いて行く。

 一歩ごとに砂が音を立てて、それに混じって、集まった雑霊達が「誰」「来た」「ああ」「苦しい」などと言ったり、ピシッとかポチャンとか音を立てる。

「後で、まとめて、だな」

「臨海研修の時もだったけど、多いねえ」

 僕と直は言いながら歩き、波打ち際の少し手前で足を止めた。

 誰もいない。

 どのくらいした頃だろうか。たくさんの気配が近付いて来た。

「うわ……」

 思わず直と2人、それを見て絶句した。

 波打ち際に何か蠢いたと思ったら、ゾロゾロと霊が上陸を始めたのだ。ある者はズルズルと這って、ある者はゾンビのように体を揺らしながら。

「ホラー映画みたいだな」

「迫力満点だねえ」

 彼らは上陸すると、そのまま真っすぐ歩き始めたが、唯一の生者である僕達に気付くと、僕達に向かって歩いて来始めた。

 いや、走り出す者もいる。

「早いな。オリンピックに出たら勝てるぞ」

「レイリンピックかねえ?」

 冗談を言いながらも、刀と札はスタンバイ済だ。

「逝こうか」

 ザッと踏み出し、手近なものから斬っていく。直は、逃がさないように札で霊を集めて行く。

 上陸して来たものを全て片付け、元から集まっていた雑霊も祓うと、本当に静かな砂浜になる。

「こんなものかな」

「だ、ねえ。でも」

「ああ。集めるモノがあるな」

 その気配を辿った。

「あの辺か」

 砂浜の奥、防風林の端を目指して、歩き始めた。


 それは、壊れた祠だった。小さな石の仏像は手と頭が欠け、埃まみれになってほとんど砂に埋もれている。

 元は安全や鎮魂を祈ったものだったのだろうが、今は、死んで無念を残し、生きている者を呪う霊が入り込んでいた。

「ここに、霊がどんどん吸い寄せられていたんだな」

 悪霊となった霊の複合体が、僕達を睨みつけていた。

「困るねえ」


     シネ シネ シネ シネ


 それは憎悪を募らせ、大きくなって、実体化する。

「逝きましょうか」

 そして、飛びかかって来たところを、ばっさりと斬った。そこからさらさらと崩れていき、形を失って、成仏していった。

 朽ちた祠が、ガタンと音を立てて崩れた。


 報告をして、お土産を買って帰りの電車に乗る。

「ピーナッツは外せないよな」

「いいよねえ、ピーナッツ」

「ご飯に混ぜて炊き込んだピーナッツご飯とか、ピーナッツちらし寿司なんかも美味しいぞ」

「へえ。それならできそうだねえ。千穂ちゃんに教えてあげようっと」

 2人で話しながら、土産物や着替えの入ったカバンを網棚に上げた時、向こうで同じように荷物を上げているグループのメンバーと目が合った。

「あ……」

 さりげなく目を逸らせて、さっさと座る。

「怜?」

「昨日のユーチューバーだ」

「電車で来てたんだねえ」

「少しは懲りたかな」

「どうだろうかねえ」

 言っていると、彼らの声が聞こえた。

「やっぱり!あれ、ドSコンビだよ!」

「エエッ!?やべえ!サインもらっとこうかな!」

「うわあ、凄ェ人に助けて貰ってたんじゃねえか、俺達!これは、再生回数はもう間違いなくいいな!」

「ついでにちょっと、美里様の件とか、聞いたらダメかな」

「それはダメだろう?いや、でも……」

 僕と直は、そっと溜め息をついた。

「面倒臭い奴らに会ってしまったな……」

「他人の振りも今更できないしねえ」

「テレビの仕事はしてない一般人だからで通すしかないな」

 直は、ふと気付いた。

「心霊スポット巡りをしていたら、またどこかで会うとか、思ってないよねえ?」

「まさか……面倒臭い」

 僕と直は深々と溜め息をついて、近付いて来るウキウキとしたような足音を聞いていた。





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