第538話 濡れた手(1)水辺の霊

 真っ暗な中、岩場をふざけながら4人組が歩いている。

 波の音はするが、暗いので良く見えない。

「ここまで海だよ。わあ、真っ暗」

 1人がギリギリに立って、海を覗き込む。

「危ないぞ」

「落ちても知らねえぞ」

「大丈夫だって」

 楽し気に、岩をピョン、ピョンと飛んで、海水のかかるギリギリの所に立つと、手を広げてカメラの方を見て笑う。

「まあ、落ちても浅いし、平気平気。

 心霊スポットの検証、今回はデマかなあ」

 そう言った直後、

「うわあ!?」

と叫び声を上げ、手足を広げたまま、背後の海に落ちる。

「え、おい!?」

 慌てて他のメンバーが覗き込み、カメラも落ちたその男を映す。

 男は真剣な顔でもがき、辺りをキョロキョロとせわしなく見廻しているが、見えていないらしい。自分に群がる7人分の白い手を。

「大丈夫かよ」

 言いながら、メンバーが手を貸して彼を岩に引き上げると、彼はずぶ濡れで青い顔をしながら、

「誰かが足を引っ張ったんだよ!」

と主張した。

「ええ?出たって事?」

 のんびりとした声音に苛々としたように、

「ここんところ、ギュッと掴まれて――」

「うわあ!?お前、それ!」

「え?」

 自分の足首を見る。

 そこにはくっきりと、赤い手形が残っていた。

「うわああああ!!」

 そしてカメラは海面に向けられる。

 と、海面から見上げる数人の半透明の人達が映り、悲鳴を上げながら彼らは車の方へと走り出した。


 動画はそこで終わっていた。

「ハッキリと映ってたな」

 御崎みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「無事で良かったよねえ。命知らずな」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。

 千葉県警からの要請で行っていた茜屋さん達の班が、

「どうも自分達では無理そうです」

と言って来たのだ。そこで、アップされている動画があるというので、見ていたところだった。

「ここ以外でも、隣の砂浜になっている所で、這いあがって来る霊が目撃されたり、波打ち際で写真を撮ったら写ったとか、そういう話があります。

 どうも、広いし、多いし、無理そうです。申し訳ありません」

 2係の鍋島さんが申し訳なさそうに言い、同じく八分さんと、1係の茜屋さんと頭を下げる。

「いい判断だよ。危ないのを見極めるのも大事な事で、何も悪くない」

「そうだねえ。ここは思っていたよりも厄介みたいだったねえ。ボク達が引き継ぐからねえ」

「はい。よろしくお願いいたします」

「じゃあ、報告書を課長に上げて、今日は書類整理と交通費の精算。明日は代休でいいよ」

 言って、僕と直は出張の準備に入った。


 溶けたチーズがトローリと伸びる。

「あちゅっ。美味しいねえ」

 甥のけいがにこにことする。

 今晩のご飯は、なすとトマトとミンチのチーズ焼き、水菜と大根と人参とゆで卵のサラダ、きのこのお浸し、ごぼうとアサリの炊き込みご飯、みょうがの味噌汁。

 なすとトマトは各々スライスして、耐熱皿になす、トマト、塩と胡椒とナツメグで軽く炒めたミンチを重ね、6層にしたら、ホワイトソースをかけ、ピザ用チーズを乗せ、良い感じに焼き色が付くまでオーブンかトースターかグリルで焼くだけだ。ワインにも合う一品だ。

「火傷しないように、良く冷ませよ」

「うん!」

 敬のものは、なすもトマトも食べやすいように小さめにしている。

「なすがとろとろで美味いな」

 御崎みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。

「これ、女の子が好きなやつよ」

 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡く、兄と結婚した。

「それにこれ、ミンチを炒める前に丸めたらハンバーグになるからね。ついでに作っておいたから、今度はハンバーグで」

「ハンバーグ!?」

 敬が喜ぶ。冴子姉も喜んでいる。

「煮込みがいいわ!ドミグラス!」

「お昼にハンバーガーもできるぞ?」

「食べる!」

「敬、チーズバーガーにしよう!」

「うん!」

 敬と冴子姉が喜んで言い合うのを、兄は笑って眺めていたが、僕の方を見て言った。

「それで、千葉には明日から行くのか?」

「うん。帰りはわからないかな。まあ、1泊でいけるかな」

「気を付けろよ、怜」

「うん」

 僕はそうやって、兄達に出張の話をしておいた後、準備をした。




 

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