第530話 パールリング(1)時効など知らぬ
袋にザラザラと入ったそれを見付けたのは、住民が逃げ出した戦闘区域内の町の中の、お菓子屋の奥の部屋だった。
「真珠?」
田崎は、ごくりと唾を呑んだ。小粒だが、十分にネックレスにできるほどの数が入っている。
「どうした、田崎。何かあったか」
一緒に出征してきた友人、三木本が覗き込み、驚きに声を失う。
「これを妻に送ってやりたい」
「田崎――」
「出征5日前に見合いをして前日に結婚して、妻に何もしてやれないままだ。これで、妻に首飾りを作ってやりたい」
「待てよ、田崎。ここから持って帰れるかどうかも、俺達が生きて戻れるかすらわからんのだぞ。だったら、今これを売って食料にでもした方がいい」
「ばか言うな、三木本。貴様もわかるだろう?内地では何もかもが不足している。俺は彼女に、何ひとつ、残してやれなかったんだ」
「今は戦時中だ。そんな事は皆同じだろう」
「とにかく、これは見つからないように隠し持っておく」
「ああ。どっちにしろ、見付かったら取り上げられておしまいだ。美味しい思いをするのは、あのクソ曹長だ」
三木本は言い、田崎はその紙袋を大切に、自分の背嚢に押し込んだ。
警察署には、色々な人がやって来るし、色々な訴えをする。
しかし彼らの異色さは、群を抜いていると言っていいだろう。
「その後、敵の斥候に見つかって、部隊は決断を強いられた」
胸に大穴の開いた軍服姿の霊、
「誰かが囮になって気を引き、その隙に忍び寄った別の誰かが銃剣でとどめを刺す。問題は、誰が囮をやるのか、だ」
腹部をえぐり取られた軍服姿の霊、
「弾があればな……」
田崎が悔しそうに言う。
「弾薬も食糧も無く、傷病兵もおり、その斥候を、生きて返すわけにはいかなかった」
三木本が重々しく言う。
「俺が突き飛ばされたのはその時だった。いきなり突き飛ばされて、斥候に撃たれて、これだ」
田崎は胸の大穴を眺め下し、次いで、三木本を見た。
「お前だろう。俺を囮にして殺し、真珠を奪って自分の物にした」
「違う!突き飛ばしたりしていないし、真珠も知らない!遺骨と称して送ろうと思ったのに、なかったんだ!」
向かい合う2人を前に、僕は溜め息を押し殺した。
「何で75年も経って今頃……」
直が呻く。
研修でいた麹町署からの依頼が入って、2人で来たのだ。「靖国に祀られた英霊が、訴えを起こして署に来た」と。
「今頃、どうしろって言うんだよ。面倒臭い事件だな……」
懐かしい強行犯係と盗犯係のメンバーも、僕達の背後で、途方に暮れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます