第526話 行かせない(4)新たな冒険の旅立ち

 岡里さんに電話を入れ、そこでそのまま待機していてくれるように頼んで、別の刑事に貼り付いてもらった。逃げられると困るからだ。

 その上で結界を解いて、京香さんに連絡した。

 空港へ向かう車の中は、空気が重苦しい。

「夫が社長の娘と不倫しての離婚で、向こうには会社のいい弁護士がついて、離婚協議も言いなりで酷いものだったようですよ。慰謝料すら払ってないとか。社員が、あんまりだと憤慨してました」

「いくら何でも、裁判に持ち込んだらそれでは済まなかったでしょう?」

「させなかったんですよ、我がまま娘が。裁判にするなら、結審するまで息子に会わせない、とか言って。

 着きましたよ」

 空港に着くと、急ぎ足で降りて、有料待合室へ向かう。

 部屋の前で的辺さんを離し、実体化はさせたまま、言う。

「的場さん。その姿はちょっと斬新すぎるので、勇気君の良く知る姿を思い出しましょうか。きれいなお母さんの姿を覚えていてもらわないと」

 血まみれで頭蓋骨が割れ、眼球や四肢がおかしなことになっている姿を自分でも思い出したのか、クスリと笑って、きれいな普通の姿になった。多少顔色が悪いが。

 そこでドアをノックし、刑事が開けたドアから中に入る。

「ママ!!」

 子供がソファでつまらなさそうにしていたが、的場さんの姿を見ると、飛びついて来た。

 それを苦々しい顔で、男女が見ている。

 男が岡里克己で、女が再婚した相手だろう。派手で高そうな服と持ち物だ。

「警視庁陰陽課の御崎 怜です」

「岡里――」

 岡里さんが言いかけるのを、女が高飛車に遮った。

「階級は何よ。こんな事してただで済むと思ってるの?パパに言えば、地方へ簡単に飛ばせるんだから。パパに言えばあんたなんてどうにでもできるんだから!」

 ムカッとした。周りの刑事はサッと青ざめながらもイラッとしたのを隠さず、岡里さんは慌てて、取り繕うような愛想笑いを浮かべた。

「真奈!す、すみません。この騒ぎでイラついているものですから」

 いや、わがままなだけだろう。

「岡里克己、妻の真奈です」

「いえ。失礼しました。階級は警部です。

 事情はお聞きになっていると思いますが」

「はい、さっき。

 あの、死んでると聞いたんですけど……?」

「はい。お亡くなりになってますよ」

「大丈夫なんですか?」

 声をひそめて訊く。

 まあ、心配だろうとは思う。

「大丈夫です。

 恨まれる心当たりでも?」

「いえ!あ、その……まあ……」

 俳優張りの顔を曇らせて苦笑する。女性ならこれでどうにでもなるのかもしれないが、僕にされてもなあ。

 チラリと見ると、親子は楽しそうに話をしている。

「自殺ですよ。追い詰められての。母親ですからね。そりゃあ辛いですよ」

「はあ」

 真奈はわざとらしく嘆息して、ブランドものの腕時計を見た。

「もういいかしら。こっちは暇じゃ無いの」

 途端に、勇気君の顔が元気を失って下を向き、的辺さんにくっつく。

「あんたの墓なんて立てられないようにしてやるし、あんたの弟も手を回して左遷して追い詰めてやるから」

 真奈に言われた的辺さんは唇をかみ、岡里さんはどっちつかずに笑った。

「脅迫という事ですか」

 僕が言うと、他の刑事達も腹に据えかねているらしく、無言の圧力を目に滲ませる。

「何よ!パパに言って、あんたなんか左遷させてやる!パパは政治家とも知り合いなんだから!」

 金切り声を上げる真奈に、刑事が失笑して言う。

「いやあ、無理でしょ」

「ねえ。御崎 怜を脅せばどうなるか、そのパパと先生に良く訊いた方がいいですよ」

「というか、堂々と我々を脅すんですか。いいんですね?」

 刑事達に笑顔で言われて、岡里さんがペコペコと頭を下げた。

「すみません、冗談ですから、本当にすみません」

 その横で、真奈さんは不機嫌そうにそっぽを向いている。

 そう遠くないうちに、岡里さんも離婚に後悔することになるだろう。

「ママも一緒に行こう?」

「ママは行けないの。ごめんね」

「……」

「勇気は強い子、優しい子でしょ?大丈夫。元気でね。お友達もいっぱい作ってね」

「ママ……」

「幸せになってね」

「ママァ」

「勇気……さあ、もう行きなさい。出発よ。新しい冒険の始まりよ!」

 勇気君は涙を拭いて何とか笑い、促されるまま、手を振りながら出て行った。

 後に続いた岡里さんと真奈さんは、岡里さんはペコリと頭を下げ、真奈さんは憎々し気に睨みつけてだったが、本来の姿に戻った的辺さんに目を見開いて悲鳴を上げかけ、逃げるように出て行った。

 刑事達は、溜め息をついた。

「あんなクソ女、よく再婚したな」

「顔と金だろ」

「いや、そのうち捨てられるんじゃねえか」

 的辺さんも溜め息をついて、頭を下げた。

「ご迷惑をおかけしました。私のした事は、あの人のした事と変わりがないです」

 そこに物凄い反省心がこもっていた。

「まあ、その……逝きますか。勇気君は、流石に岡里さんが守りますよ。だから、的辺さんも、新しい冒険に出発しないと」

「……はい」

 浄力をそっと当てる。それで、的辺さんはきらきらと光る粒子にのようなものになって、消えて行った。

 それを合掌して刑事達は見送った。

「はあ。あとは、交通整理ですね」

「お疲れ様でした」

 頭を下げ合い、表に出る。

 せめてあの勇気君の行く末が、幸せである事を願った。

 そして、気付く。

「あ。直の帰って来る便って、そろそろだったよな」

 ついでなんだからいいんじゃないかな、という事にして、到着ロビーへ行ってみる。

「あ、直!千穂さん!」

「あれえ、怜!?どうしたのかねえ?」

 大荷物を載せた台車をにこにことして押しながら、直と千穂さんが歩いて来る。

「色々あったんだよ、色々。

 それより、お帰り!」

「ただいま!」

「チチチッ!!」

 僕達は並んで歩きながら、旅行の土産話を聞き始めた。




 


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