第514話 陰陽課ブートキャンプ(2)実地研修開始

 バスは、有名温泉地目指して走って行く。

 とは言え目的は、温泉でもなければ慰安旅行でもない。心霊ブートキャンプ、課員の力量と相性をはかって効率的な組み合わせを考える為と、一般人である3係のメンバーに間近から見学して慣れてもらう為である。

 それでも、行きのバスの中は、和気あいあいとした遠足のような雰囲気があった。まあ、ギスギスするより、仲が良い方が断然いい。そして、始まれば嫌でも気が引き締まるのは間違いないので、あまり心配はしていなかった。

 案の定、問題の廃ホテル群の前に立つと、1係、2係のメンバーからは笑顔が消えた。3係のメンバーは、それを見て緊張したらしい。

「バスの中でも言った通り、ここから先は、御崎係長と町田係長の指示が絶対です。ぼくも例外ではありませんので、質問は、御崎係長か町田係長にして下さい。

 では、一言」

 徳川さんがそう言い、僕が代わった。

「ここはすでに、現場です。勝手な行動、安易な判断は死ぬ事もあると、本気でわきまえて下さい。テレビ番組ではなく合宿なので、僕達は基本、本当のピンチにしか手を出しません。3係のメンバーも、死にたくなかったら、気を付けて下さい。

 なお、少々物足りなかったので、僕と直で少し足しておきました」

 軽く悲鳴が上がる。

「大丈夫だねえ。死なない程度にはしてあるからねえ」

「楽過ぎたら、合宿にならないだろ?」

 そう言う僕と直に、誰からともなく、

「やっぱりドSか」

「お守りも禁止って……お母さん」

などとざわめきが広がる。失礼な。

「では説明をします。遅くなるなら、ここで泊まりますよ」

 ピタッと私語が止み、鬼気迫る感じで注目が集まる。

 そして、並び方やら何やらを打ち合わせ、並んでもらう。

「さあ、逝こうか」

 僕達は、廃ホテルに突入した。


 無人になれば、あっという間に建物は廃墟化して、すさんで行く。

 元は白亜の巨大な観光旅館として連日観光バスが到着していたホテルも、閉鎖してほんの数年で立派な廃墟だ。

 まずは全員で、宴会場に行った。ここでは、大女将と仲居の霊がいた。

「ひゃあ」

 2係の山上やまがみさんが声を上げる。以前埋め立てられた池にまつわる事件で会った時と同様、やはり、怖がりのままらしい。あのあと資格を取ったというが、札を使って結界を張るのと感度はいい。

「落ち着いて、大丈夫ですから」

 そうゆったりと言うのは、同じく2係の鍋島なべしまさん。駐在さんをしていた40代の人で、安心感がある。霊能力がありそうだと上司に推薦されて試験を受けたら合格し、どうにか札を使えば、結界を張ったり封印したりはできる。

「このくらい、どうって事ないね。でも一応しっかりと他も観察してからだな」

 フフンと笑って言うのは1係の茜屋あかねやさん。祓う力はあるが、自信家に見えて小心者で、おだてに弱い。鑑識係にいたが、霊能力があるとわかって、上司の命令で資格を取った。

「大丈夫ですって!このくらい、やっちゃいましょう!」

 張り切っているのは1係の槇村まきむらさん。明るくて張り切り屋で、喜怒哀楽が激しい。高校在学中にどうにか霊能師の資格を取り、少しは協会で仕事をしていたという。警察官になったのは去年らしい。

「逃がしたらだめだし、一般人のガードも研修の内です。結界で覆ってからにしましょう。いいですね」

 そう提案したのは2係の征木まさきさん。少年係にいた刑事で、去年霊能力がありそうだと言われて試験を受け、資格を取ったという。真面目な好青年だ。

「だめだ、自信が無い。無理だあ」

 ブツブツと言うのは、2係の八分やぶさん。鑑識にいたが、彼も霊能力があるんじゃないかと言われて試験を受け、去年資格を取ったらしい。補足すると、実家は何と内科医院で、『やぶいしゃ』なのだという。

 そんな1係と2係のメンバーを僕と直と一緒に見ている3係のメンバーが、沢井さんを含めて5名。

「うわあ。これからだな」

 にこにこしているのは、小牧こまきさん。警察官10年のベテランで、スマートな雰囲気だ。元公安係で、情報通であるらしい。

「楽しみ。いいな、いいな」

 見るからにワクワクしているのが、美保みほさん。陽気でお化け屋敷などが大好きという元地域課員だが、既視感があると思ったら、エリカの男バージョンみたいな感じだった。

「いよいよですね」

 鋭い目つきで見ているのは、千歳ちとせさん。もと捜査一係の刑事だ。真面目で大人しい。

「ああ、危ない事はないだろうな。野良猫とかいないだろうな」

 そう言うのは、芦屋あしやさん。組織犯罪対策課一筋で来た刑事で、どちらが暴力団員かという感じの強面だが、意外と小動物が好きで、特に猫と小鳥に弱いようだ。

 僕と直は、手を出さないまま、見守っている。

 ここに、弱いのをよそからいくらか連れて来て、数勝負仕立てにしているのだが、1係と2係の6人で、まずは気付くかどうか。

「ん?女の人以外にも、いませんか?」

 鍋島さんが気付いた。

「ひええ、何かいっぱいいる?」

 山上さんはキョトキョトとしながら、「あそこ」「あ、また」と指さすが、OKだ。

「八分さん、結界を張り直して――」

「無理無理無理」

「大丈夫ですから、落ち着いて行きましょう。ね」

「ふはははは!てて敵ではないわ!でも、ライオンは兎を狩るにも全力で――おい、こら、槇村!1人で飛び出すな!」

「やるぞ、やるぞ!」

 それからは、大変だった。新人の研修を受け持った時の苦労が甦る。

 モグラ叩きのように好きな方向へ向かって手あたり次第に浄力を放ち、突然向きを変えて的がかち合い、かと思えばスルリと接近されてヒヤリとしたり。

 どうにか片付いたので良しとはするが。

「これで大体、組む相手がわかりました。

 でも、無駄が多い。連携がなってないから慌てる。できる事とできない事が自分でわかってないからおたつく。お互いの位置と死角を把握してないから警護対象に危険を及ぼす。

 今度は、その点に注意してやってみましょう。

 それと、皆さんはどうでしたか?」

 振り返ると、3係のメンバーは、ある者は青い顔をし、ある者は嬉しそうに目を輝かせていた。

「迫力が、ちがいますね」

 沢井さんが代表して言う。

「では引き続き、警護対象役として、参加して下さい」

「最悪の時は、ボクと怜がいるからねえ。死なせはしないよお」

 心霊ブートキャンプは、始まったばかりだった。


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