第512話 求む!事故物件?(3)模擬テストの点数は

 机に向かう優磨の集中力は、悪くない。自殺してしまったのがつくづく惜しい。何を言っても手遅れでしかないが。

 それにしても、合格通知ではなく、模擬テストでの合格ラインを目標にしてくれていたのは助かる。上手く行けば今夜で片が付くからだ。

「おお、いいねえ。呑み込んできたねえ」

 褒められて、祐磨は嬉しそうだ。

 廊下からそっと見ている母親も、嬉しそうだ。

「ケアレスミスさえしなければ、いけるんじゃないか」

「だねえ」

「よし。国語、英語はいけてるし、社会は得意な地理で受験すれば、点数がかせげるな。これでどうだろう」

「そろそろ、やってみるかねえ。合格ラインに届くかどうか」

「はい!」

 意気込む優磨は、模擬テストに、挑戦する事になった。


 5教科のテストが終わったのは、未明の事だった。直と採点して行くのを、優磨と母親は固唾を呑んでじっと見ていた。

 ここまでの4教科は採点済みで、83点から98点に届いた教科もある。これが80点を少々割ったとしても、総合得点ではOKラインだというのは、僕と直はもうわかっていた。

 しかし、こうなると、気になって気になって仕方が無い。教え子が、何点くらいとれるか。

 最初、最悪の場合は、こっそりと点数を水増ししてやろうかと思っていたが、本当にいけそうだ。

「できたぞ」

 ごくりと、優磨が唾を呑む。

「物理、84点だねえ」

「やったあ!!」

 優磨が万歳をし、母親が涙を拭う。

「これ、合格ライン突破どころか、多分A判定じゃないかねえ」

「おめでとう」

「ありがとうございます!合格ラインを超えられて、本当に良かった」

 ホッとしたような顔をし、優磨がきらきらと光る砂のようになって消えて行く。

 それを見届けて、母親も同様に、頭を下げながら成仏して行った。

「ああ。逝ったな」

「良かったねえ」

「本番じゃなくて、更に良かった」

「だよねえ。目の前にある模擬テストに執着してくれていて。本番だったら、あと1年かかるところだったねえ」

 しみじみと頷き合った。

 霊がきれいに成仏し、マンションは本来の空き家になった。

 そこを改めて見る。

「いいところだなあ。キッチンも広いしコンロは3つあるしな。コンセントもこれだけあれば、冷蔵庫とかのいつも使うコンセント以外に、電動泡立て器やフードプロセッサーとかを使うにも困らないと思うしな」

 直は、

「そういう目線、やっぱり怜に見てもらって良かったよぉ」

と笑う。

「千穂さんに、一応言うのか?ここが事故物件だった事。気にしないタイプか?」

「家賃の安さでわかるしねえ。怜と2人がかりでキッチリとクリーンにしたと言ったら、大丈夫なんじゃないかねえ?」

「だったら、ここはお得物件だな」

「だと思うよねえ?」

「真先輩に感謝だなあ。

 あ。でも、家賃が下がるのは1年だけだろ?」

「それがねえ、下げても下げても誰も入らなかった所だったから、もういいって。本来はここって賃貸じゃなくて分譲だったのが、ここだけ賃貸だったのも、売れないからで、もし買取りなら、相場の半額で売るって言ってたねえ」

「良さそうだったら、買ってしまった方が得じゃないか?ローン組んでも、相場の半額なら大した負担にならないだろ?」

「そうだよねえ。ここなら、千穂ちゃんさえ気に入ったら、かなりの優良物件だと思うんだよねえ」

「まあ、千穂さんって公道レーサーも平気だったし、いけそうだな」

「だねえ。

 ああ。車かあ……」

 思い出して、2人で胃を押さえた。

「まあそこは相談だな」

 ベランダやバスルームもチェックして、もう何も憑いていない事を再確認し、外へ出る。

「見栄なんて詰まらないのになあ」

「優しすぎ、真面目過ぎだったんだねえ」

 もうすぐ始発電車が動き出す。道路は空いていて、どこか車にも余裕があるように見える。

「風が随分と温かくなったなあ」

「もう春だねえ」

「本当に、おめでとうな、直」

「うん。ありがとうねえ、怜」

「ところで、アオは平気か?やきもち焼かなかったか?」

「……焼いたねえ」

「焼いたのか……」

 直の眷属であるインコのアオは、気風のいい姐さんではあるが、直が大好きで、なかなかのやきもち焼きだ。

「クッキーとキャベツと小松菜と、関西から送ってもらったカールで機嫌を取ったんだよねえ。関西にしかない、特別なお菓子だよって」

「それで機嫌を直してくれて良かったな」

「うん。千穂ちゃんにもお菓子をわけてあげて、認めてくれたよ」

 嬉しそうに言うが、インコの話だよな、本当に、と知らない人は確認してきそうだ。

「あの親子が前に進んだように、僕達も前に進まないとな」

「そうだねえ。来月は、また大学に戻って補習だしねえ」

「皆元気かな」

 言いながら、駅に向かう。

 明けの明星が、輝いていた。




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