第497話 カウントダウン(5)ゼロ

 僕と直は、ステージ下へ飛び込んだ。

 ステージの真ん中に当たる所の真下にエアタンクとバルブ、時間でエアを送る制御装置が置かれているのは先程と変わらない。

 しかし今はそこに小箱のような物が取り付けられ、音無がそのすぐ近くに座っていた。4体の霊も、音無の周りにいる。

「遅かったな」

 霊の1体が笑った。

「何で、こんな事を?」

「死に損なってしまってね。どうせ死に直すなら、巻き込んでやれとね」

 音無がひっそりと答えた。

「俺達は皆、新年なんて来なければいいと、絶望しかないのに、彼らはバカ騒ぎして新年を迎えようとしている」

「だったら、待ちに待った新年の事件第1号としてニュースになったら嬉しいでしょ」

「いい気なもんだよな」

「明日なんて来なくていいのに」

 霊達は口々に言う。

「無関係な人間を巻き込むのはだめでしょう」

「知らんよ。元々人間なんて自分勝手だ。あいつらだって勝手だろう?うるさく騒いで」

「……だったら、僕も勝手を1つ。上に大事な人がいる。死なせたくない」

 突入して来た捜査員達も、音無も霊達も、「え?」という感じで、僕を見た。

 その隙に、直が札をきる。流石、直だ。

「あ――!」

 音無の持つリモコンのような物が、札で弾かれ、隔離された。

「ずるい!!」

 霊が怒った。

「いやあ、そう言われても」

 言いながら、その時には霊に肉薄し、刀を出している。そして、説得の暇も無いので、今回ばかりは即、斬る。

 呆然と、あるいはオロオロとする霊4体を斬るのは、瞬き1回の時間で十分だ。

「音無さん。ここまでです」

 言う僕の前で、音無は俯き、肩を震わせた。

 泣いているのかと思ったら、大声で笑い出す。

「え……」

 ほかの捜査員達も戸惑うように顔を見合わせた。

「残念だったねえ」

「何を……?」

「あのリモコンは、万が一の不具合のための保険だ。ちゃんと作動すれば、別に要らないものだ」

「ええーっ!?」

「ずるいねえ!?」

「残念だ。そして、謝っておこう。君の大事な人を道連れにする事を」

「――!!」

 上のステージから、声がする。

『ではいよいよ、カウントダウン、スタート!』

 どうする、どうする、どうする。困ったので、上を向いてみた。上……。

「誰か、奈落を開けて。直、パイプの穴を塞いでくれ」

「了解だねえ」

 捜査員の1人は、今回は使わないので閉めたままの奈落を開け始めた。

 僕はパイプを切断して外周にまわるエアをカットし、直が、そのタンク側の穴を札で塞ぐ。

「そんな事をしても、ここでの爆発は止められないよ」

 音無が言うのに、返す。

「要するに、威力の向きだろ」

『3』

「下がって」

『2』

「念のために伏せて」

『1』

「さあ、いこうか」

『ゼロ!』

 以前取り込んだ神の力を使い、真っすぐ上空に向けてタンクを囲むように竜巻を発生させる。一瞬遅れてタンクが爆発した。

「――!!」

 誰かが何かを叫んでいるようだが、わからない。

 爆発の炎は風と一体化して、巨大な火柱となって上空に向かって伸びた。

 炎が止んで、風も止める。

 歓声が聞こえた。

『ハッピーニューイヤー!』

『おめでとう!』

 初めての荒技に貧血を起こしたようになって、僕はそこでぶっ倒れた。

「怜、ちょっと、大丈夫かねえ!?」

「ああ、ちょっとふらつく……。

 それより、どうなった、直」

「タンクは爆発して、爆風は上空へ行ったねえ。何か、上空の雲に丸い穴が開いてるけど……まあ、気にしないでいいかねえ」

「いい、いい」

「あ、美里が」

 奈落から飛び降りて来たのを、直が札でサポートする。

 ほかの皆は呆然としていたが、我に返った捜査員が項垂れる音無を連行して行った。

「ここで待ってろ。いいな。医者を連れて来る」

 言い置いて、その捜査員も出て行った。

「危ないだろ」

「あんた達に言われたくないわ」

「ごもっとも」

「大丈夫なの?奈落が開いて、火柱が上がって、あんた達を見かけてたからどうせ事件だと思ってたけど、何?」

「無事なんだな、皆」

「ええ。火柱は演出だと思ってるし、紙吹雪もちゃんと出たし、大喜びよ」

「長い話になるから端折るが、今回、美里が死んだら嫌だなあと思った」

「は?」

「で、後悔しないように、言っておこうと決めた。今、決めたところだから、ええっと、上手く伝わるかな」

「……大丈夫なの、直?怜、頭打った?」

「貧血か酸欠気味ではあるかねえ」

「美里、好き」

「やっと言ったわね。私もよ」

『こっちもおめでとう!』

「あれ?あ!ピンマイク忘れてたわ!」

 僕と美里は呆然となり、直は笑い転げながら、

「いやあ、公開告白だねえ。おめでとう」

と言った。

「皆に説明しろとか言われる……面倒臭い……」

 歓声と、アレンジされたメンデルスゾーンの結婚行進曲が聞こえて来た。




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