第495話 カウントダウン(3)ツー

 梶さんの遺族は、狐につままれたような顔をしていた。

「お父さんだったんです。ねえ」

「うん。間違いなく」

 妻と息子が断言した。

「最初から、聞かせて貰えますか」

 僕は、説明を頼んだ。

「ガタガタと工場から物音がしたから何かと思って覗いたら、軽トラに水素タンクを積んでる男がいて。だから、泥棒だと思って家を飛び出したら、親父が立ちはだかったんです。

 それで、『香典代わりに貰って行く。スマンな。母ちゃんを頼むぞ、ヒロシ』って。

 どうしたらいいか混乱してたんだろうなあ。親父がそう言ったからそうかって思ってたんだけど、だんだんと、やっぱり届けるべきかと思って。それで、2日経ったけど連絡を」

「香典……普通、遺族が貰うものですよね?」

 妻が確認して来た。

「生前葬以外は、まあ」

「でも、死体はちゃんと居間に寝かせてあったし、父ちゃんに間違いはなかったし」

「あれも間違いなく親父だったよ。声も、顔も。

 それに、工場の入り口の鍵の隠し場所、知ってるのは家族だけだし」

「じゃあ、あれは父ちゃんの幽霊かい?」

「水素タンクに、そんなに執着してたのかなあ」

 親子は鼻を啜り始めた。

 防犯カメラなんてものは無かったが、近くのコンビニで確認させてもらったら、幽霊と人間の乗った軽トラが映っていた。荷台には水素タンクがある。

「何をするつもりなんですかね」

「でも、わかったぞ。この人が生き残りの1人で、霊が全く残っていなかったのも、全員未練が無かったからじゃなくて、この人に憑いているんだ」

 五日市さんが、嫌そうな顔をした。

「このデータをお借りしたいんですけど」

 コンビニ店員も、腰の引けた顔で頷いた。

 

 サイトでのやり取りをしていた人物は、アドレスから音無治雄とわかった。そして、写真を確認したところ、例の軽トラの運転手だとわかった。

「物を運んだりするのに、流石に幽霊だけじゃできなかったか」

「音無が物理担当?」

 大島さんが言う。

「音無は、工科高校を出て工場で勤務してたし、その知識で爆弾を作れるな。ここに水素を加えたら……」

 僕は言いながら、血の気が引く思いだった。皆も、表情が引き締まる。

「これ、課長に言った方がいいな。

 あれ、待てよ。浦添って、制作会社の契約社員だったな。ここの会社、年越しカウントダウンイベントに名前を連ねてなかったかな。リーフレットで見たような気が……」

 ホームページに乗っていないかと調べ始めると、桂さんが一緒に覗き込みながら訊く。

「それって、美里様の出るあれですか」

「そう。定食屋で見た時――そうだ、なんでいたの?皆?」

「だって、昼前に電話受けてたの聞こえたんで」

 下井さんがヘラッと笑った。

「まあまあ。で、どうでした?」

 黒井さんに引き戻され、画面を見る。

「ああ、やっぱり。手がけてる」

「……もしかしたら、そのイベントで、爆発騒ぎを起こす気なんじゃ……?」

 五日市さんが控えめに言い、全員、2秒黙ってから、騒ぎ出した。

「うわあ、大変だ!凄いたくさん人が集まりますよ!?」

「芸能人もいっぱいだし!」

「課長に報告して来る!会社に連絡して、企画内容とかステージの設計図を用意してもらって!」

 僕達は慌ただしく、動き始めた。

 今日が、大みそかだった。



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