第414話 黒の陰陽師(4)国を憂う陰陽師

 昌成は、休眠から醒めた。かなり力が溜まり、休眠の時間も短くて済むようになっている。悪鬼王との境も曖昧で、辛うじて生きているものからエネルギーを吸わないようにセーブしてはいるが、この歯止めがいつまでもつのか、自分でもわからない。

 時々意識や記憶がないのは、悪鬼王が優勢になっている時なのだろう。

 悪鬼王は、敵を連合国に限っていない。日本人であっても、殺し、奪う事に躊躇が無い。そういう極悪人を集めて作られた存在だから、何とか昌成がコントロールするしか仕方が無い。

 太平洋の方角を目指して、ゆっくりと進む。

 その足元に、札が滑り込む。

 籠に囚われる前にと飛び退くが、蔓が延びて昌成の足に巻き付いた。


 直の札が昌成さんの足に絡みつく時には、飛び出した僕が昌成さんの眼前に到達している。

「何っ!?」

 辛うじて一撃目から急所を守って、昌成さんは目を剥いた。

 もう1歩下がろうとして、足が囚われている事に気付き、態勢を崩す。そこを、斬りつける。

「なかなか思い切りのいい」

「コンビネーションプレイですよぉ」

 晴明に直が言っている。

 昌成――というか、悪鬼王がこちらを見て舌なめずりをした。

「ここまでだ」

「まだやる事がある」

「もう今は――聞け!」

 触手のごとく伸ばして来る腕を斬り飛ばすが、昌成さんはその間に何やら呪文を唱えている。

「おい!」

 昌成さんの攻撃が触手と共に襲って来る。雷だ。それをやり過ごし、大きく刀を振りながら左手に浄力を集める。

 左へ傾いていた体から、悪鬼王が分離するように右へと分かれる。その中央を、刀で切断し、

「直!」

と片方を任せる。

 呼ぶまでもなく、直は昌成さんの方へ対処を始めていた。

「土御門昌成さん、聞いて下さい!」

 直は必死に、言葉をかける。

 昌成さんは、札を手にした直を陰陽師と見たのか、少し戸惑うそぶりを見せた。

 が、

「邪魔をするな!日本の為にやらねばならないんだ!邪魔をしないでくれ!」

と叫び、次々と札で攻撃を仕掛けて来る。

 それを直は丁寧かつ素早く捌いていく。そしてそれの裏をかくような攻撃を昌成さんは仕掛け――。

 その高速の攻防がどのくらい続いた頃か。直の札が、昌成さんを捕縛した。四方八方から包み、球の中に封じ込める。

「これで圧縮したら、完全封印なんだけどねえ」

 直が、息を整えながら言う。

 僕の方も、悪鬼王を斬り刻み、浄化して消し去ったところだった。

「昌成さん。聞こえますか」

 話しかけてみる。

「悪鬼王は浄化したから、大丈夫なはずだぞ、直」

「うん」

 直は、封印を解いた。

 出て来た昌成さんは、大人しい様子になっていた。これが本来の、昌成さんなんだろう。

「悪鬼王が、浄化できた?え。君達は一体?」

「御崎 怜」

「町田 直。21世紀の霊能師ですねえ」

「21世紀!?あの、戦争は、日本はどうなったんでしょうか!?陛下は!?」

 気弱そうで真面目そうな青年だった。日本を守りたい一心で、命令に従って、できる限り頑張ろうとしたのだろう。

「戦争は終わりましたよ。日本は……この通り、平和ですねえ。天皇陛下はあの後もお元気でいらして、戦後半世紀近く経ってから御病気で。それから、次の、次の元号に変わったところですねえ」

「ああ。日本は……良かった。本当に、良かった」

 昌成さんは泣き出した。

「命令とは言え、大変なご苦労をなさいましたねえ。悪鬼王が手当たり次第に人を襲わなかったのも、あなたのおかげでしょう。ありがとうございますねえ」

 昌成さんは泣き止むと、恥ずかしそうに涙を拭いた。

「いや、ぼくなんて。

 ああ。これで安心して逝けるんだね。こんな頼もしい後輩がいるなら、心配いらない」

「お疲れ様でした」

「ありがとうございました」

 浄力を当てると、キラキラと光り、立ち上って行った。

 それを見送って、はあ、と息をつく。

「責任感の強い人だったなあ」

「そうだねえ」

 さて、と立ち上がる。

「私の子孫が迷惑をかけたな。済まなかった。そして、ありがとう」

 晴明が頭を下げる。

「色々教えて頂いて、こちらも助かりましたよお。ありがとうございました」

「いやいや。さて、長居もなんだし、行くとするか。こちらも久々に楽しかったぞ。コンビネーションプレイとやらも興味深い。誰ぞとやってみるか」

 晴明は笑うと、手を振って、空気に溶けるように消えて行った。

「何て言うか、元気な高齢者だったな」

「そうだねえ」

「直の師匠だな!」

「あ、うん!」

「しかし、何だろうな。晴明は晴明で、晴明さんとは呼びにくいなあ」

「ああ、それねえ。皆晴明って呼び捨てだからねえ。向こうが晴明でいいって言ってくれてよかったよねえ」

「全くだな」

 僕と直は言い合いながら、歩き出した。

 蝉の声が、うるさいくらいに響き始めた山道を。



 


 

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