第345話 虚ろの国(1)配当は忘れた頃にやって来る
すっかり忘れていた。そして、半ば諦めていた。
「本当に、大会社になって大儲けし始めたんだなあ」
僕は当惑気味に呟いた。
以前、ベンチャー企業を立ち上げようとしていた先輩に、手違いとは言え3000万円を提供したのだが、大当たりして多方面ともつながりができ、知らない内になっていた筆頭株主である僕に、配当金と、ゲーム機が渡されたのだ。
「完全フルダイブ型ゲームかあ」
「小説じゃあお馴染みなんだけどねえ」
直もついでにどうぞと渡されたゲーム機に目を落とし、目をキラキラと輝かせる。
「直、ゲームとかした?」
「昔はねえ。家庭用の据え置きタイプのやつ」
「そう言えば、RPGとかやってたなあ、中学の頃」
「そう。妹に占領されてできなくなっていって、いつの間にかやらなくなってたねえ」
言って、ゲーム機の入った箱に目を落とす。
ヘルメットのような物を被って寝るか座るかし、仮想空間に入るのだ。そこではまるで自分がそこにいるかのような感覚でアバターを動かし、行動できるらしい。
一般に開かれたゲームでは宇宙ものや異世界もの、現代の学園ものなどがあるらしいが、それとは別に、軍向けに訓練の仮想空間や、医者向けに解剖や手術の仮想空間があって、笑いが止まらない程儲かってさらに右肩上がりだと、それが先輩の会社だと気付かなかったが、テレビで言っていた。
配当金も、通帳の0の数を指で数えたくらいの金額だった。
「せっかくだしやってみるか」
「そうだねえ。どのゲームにする?」
「やっぱりお勧めの近未来冒険もの?それならもう、設定してあるとか言ってたし」
「じゃあ、そうしようかあ」
僕と直は、取り敢えずお勧めを試してみる事にした。
どこかの部屋の中に立っていた。
視線を巡らせてみると、ゲームの中にしては、本物っぽい。感覚も不自然さはほとんどない。
隣に立つ人物に目を向けると、学ラン姿の直がいた。
「直?あれ。もしかして僕も学ラン?」
「そうだよう。中学生に戻ったみたいだねえ」
一緒にはははと笑う。
「何で学ランなんだろう」
「設定が、何者かに襲われて科学技術や秩序が失われた町で、ボク達の設定年齢が……わあお、若返ってるよ。高校生だって」
ステータスとやらを見ると、名前や年齢、職業が出て来た。
「レン、16歳、霊能師?何で?」
「ボクは、ナオ、16歳、霊能師だよ」
「体力とかレベルが低いな。わかった。霊能師になったのが高1だったから、16歳からスタートって事だな」
「成程ねえ。細かいねえ。まあ、外に出てみようか」
連れ立ってその部屋を出てみると、いきなり7人の強盗グループが包丁を振りかぶってきて、ただでさえないHPがもっとなくなった。
「なんだよお、これえ!!」
「わああ!いきなりだねえ!?男は家を出ると7人の敵がいるって言うけどお!!」
2人で慌てていると、颯爽と現れた女子高生が、手早く強盗を撃退してくれた。
心臓がドキドキしている。座り込んだ地面はグラウンドの感触で、
「うわあ、本当にリアルだなあ、予想より」
と思わず感嘆の声を上げた。
「初心者?」
「はい。ほんの2分程前に始めました」
女子高生は僕達を眺め、頷いた。
「わかった。取り敢えず教えてあげる」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますぅ」
こうして、僕達はゲームの洗礼を受けたのだった。
一通りの使い方、注意点を教わり、武器とやらも使う練習をして、改めて外に出る。
「ここは霊能師協会跡」
「跡……」
「近くに穢れスポットがあるからそこでレベル上げね。まずはチュートリアルで練習しないと死ぬからね」
「はい」
「それと、PKがいるから気を付けてね。さっきのヤツ。突然なるらしいのよねえ、一般人が。だから、そんな時はさっさと逃げてね」
「はい。ありがとうございましたあ」
親切な女子高生が歩き出すのに手を振っていると、歩いていた女性が、彼女に奇襲するのが見えた。
「え!?」
「突然のPK!?」
反射で走り寄って行く先で、その女性に黒い靄がまとわりつき、死んで崩れていく女子高生からも黒い靄が立ち上るのが見えた。
「なんだ、あれ」
それを見ていると、女子高生を殺した女性が、こちらを向いて笑った。
「まずい。逃げろおお!」
僕達は踵を返して走り出した。
そして、現実世界に戻った。
散々な初ゲームだったが、これがゲームに留まらない事態になろうとは、まだ想像もしていなかったのである。
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