第345話 虚ろの国(1)配当は忘れた頃にやって来る

 すっかり忘れていた。そして、半ば諦めていた。

「本当に、大会社になって大儲けし始めたんだなあ」

 僕は当惑気味に呟いた。

 御崎みさき れん、大学3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

 以前、ベンチャー企業を立ち上げようとしていた先輩に、手違いとは言え3000万円を提供したのだが、大当たりして多方面ともつながりができ、知らない内になっていた筆頭株主である僕に、配当金と、ゲーム機が渡されたのだ。

「完全フルダイブ型ゲームかあ」

「小説じゃあお馴染みなんだけどねえ」

 直もついでにどうぞと渡されたゲーム機に目を落とし、目をキラキラと輝かせる。

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「直、ゲームとかした?」

「昔はねえ。家庭用の据え置きタイプのやつ」

「そう言えば、RPGとかやってたなあ、中学の頃」

「そう。妹に占領されてできなくなっていって、いつの間にかやらなくなってたねえ」

 言って、ゲーム機の入った箱に目を落とす。

 ヘルメットのような物を被って寝るか座るかし、仮想空間に入るのだ。そこではまるで自分がそこにいるかのような感覚でアバターを動かし、行動できるらしい。

 一般に開かれたゲームでは宇宙ものや異世界もの、現代の学園ものなどがあるらしいが、それとは別に、軍向けに訓練の仮想空間や、医者向けに解剖や手術の仮想空間があって、笑いが止まらない程儲かってさらに右肩上がりだと、それが先輩の会社だと気付かなかったが、テレビで言っていた。

 配当金も、通帳の0の数を指で数えたくらいの金額だった。

「せっかくだしやってみるか」

「そうだねえ。どのゲームにする?」

「やっぱりお勧めの近未来冒険もの?それならもう、設定してあるとか言ってたし」

「じゃあ、そうしようかあ」

 僕と直は、取り敢えずお勧めを試してみる事にした。


 どこかの部屋の中に立っていた。

 視線を巡らせてみると、ゲームの中にしては、本物っぽい。感覚も不自然さはほとんどない。

 隣に立つ人物に目を向けると、学ラン姿の直がいた。

「直?あれ。もしかして僕も学ラン?」

「そうだよう。中学生に戻ったみたいだねえ」

 一緒にはははと笑う。

「何で学ランなんだろう」

「設定が、何者かに襲われて科学技術や秩序が失われた町で、ボク達の設定年齢が……わあお、若返ってるよ。高校生だって」

 ステータスとやらを見ると、名前や年齢、職業が出て来た。

「レン、16歳、霊能師?何で?」

「ボクは、ナオ、16歳、霊能師だよ」

「体力とかレベルが低いな。わかった。霊能師になったのが高1だったから、16歳からスタートって事だな」

「成程ねえ。細かいねえ。まあ、外に出てみようか」

 連れ立ってその部屋を出てみると、いきなり7人の強盗グループが包丁を振りかぶってきて、ただでさえないHPがもっとなくなった。

「なんだよお、これえ!!」

「わああ!いきなりだねえ!?男は家を出ると7人の敵がいるって言うけどお!!」

 2人で慌てていると、颯爽と現れた女子高生が、手早く強盗を撃退してくれた。

 心臓がドキドキしている。座り込んだ地面はグラウンドの感触で、

「うわあ、本当にリアルだなあ、予想より」

と思わず感嘆の声を上げた。

「初心者?」

「はい。ほんの2分程前に始めました」

 女子高生は僕達を眺め、頷いた。

「わかった。取り敢えず教えてあげる」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますぅ」

 こうして、僕達はゲームの洗礼を受けたのだった。


 一通りの使い方、注意点を教わり、武器とやらも使う練習をして、改めて外に出る。

「ここは霊能師協会跡」

「跡……」

「近くに穢れスポットがあるからそこでレベル上げね。まずはチュートリアルで練習しないと死ぬからね」

「はい」

「それと、PKがいるから気を付けてね。さっきのヤツ。突然なるらしいのよねえ、一般人が。だから、そんな時はさっさと逃げてね」

「はい。ありがとうございましたあ」

 親切な女子高生が歩き出すのに手を振っていると、歩いていた女性が、彼女に奇襲するのが見えた。

「え!?」

「突然のPK!?」

 反射で走り寄って行く先で、その女性に黒い靄がまとわりつき、死んで崩れていく女子高生からも黒い靄が立ち上るのが見えた。

「なんだ、あれ」

 それを見ていると、女子高生を殺した女性が、こちらを向いて笑った。

「まずい。逃げろおお!」

 僕達は踵を返して走り出した。


 そして、現実世界に戻った。

 散々な初ゲームだったが、これがゲームに留まらない事態になろうとは、まだ想像もしていなかったのである。

 



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