第297話 てるてる坊主(1)赤い雨
フライパンにハムを乗せ、卵を割り入れて、半熟にする。サンドウィッチ用の薄さにスライスした食パンの上にベシャメルソースを塗ってからそれを乗せ、スライスチーズを乗せ、もう1枚の食パンを乗せてバターで焼く。クロックマダム風ホットサンドだ。それと、キウイを入れたヨーグルト、レタスとりんごとじゃがいものサラダに、コーヒー。
朝食を並べた僕は、曇りとも晴ともつかない空を見上げて呟いた。
「今日は晴れるのかな。洗濯の都合があるんだがな」
「取り敢えず傘は毎日いるな、折り畳みでも。濡れて、風邪をひくなよ」
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視だ。
「うん」
兄が来たので、テーブルに着いて朝食を食べ始める。
「そう言えば、『雨の日はてるてる坊主が来て血の雨を降らせる』って噂があるんだって」
「何だ、それは。
ああ、あれか。天気予報士の印南洋子が首を切られて死んでいるのが見付かった事件のせいか。雨の中だったからな」
兄がすぐにその事件を思い出した。
「雨の日に人が死ぬなら、梅雨時は死体だらけだぞ」
「夏も冬も降り出すし、秋も秋雨だし。日本は年中死体の山だな。
第一歌だと、雨が降って首を切られるのはてるてる坊主の方だし」
「晴への期待と雨への恨みが募ったとかかも知れないぞ」
僕と兄はその噂を笑って済ませたのだが、その噂によって日本中が恐怖に突き落とされようとは、この時は想像もしなかったのである。
段々と厚みを増してきた雲は、夕方になって、ポツリ、ポツリと雨粒を落とし始めた。
「とうとう降って来たかぁ」
傘を持つ者は傘を広げ、無い者は足を早める。
天気予報士の堅田昌弘は、軽く溜め息をついて折り畳み傘をカバンから取り出した。天気を予測するのは難しいものだ。昔よりも気象レーダーが良くて予報しやすいとは言っても、時期によってはころころと気象データが変わるし、長期予報ともなれば尚更だ。
この前長期予報として週末は曇り空が続く見込みとテレビで言ってしまったが、月曜日の放送で、司会者にふざけ半分で『また外れましたね』と言われるのは必至だ。
想像して苦笑すると、駅の屋根の下から雨の降り出した町中へと、足を進める。
静かな住宅街で、雨まで降り出すと本当に人通りがなくなり、ひっそりと静まり返る。そこを、家に向かって急ぐ。
ふと顔を上げたのは、傘から覗いたその姿の一部のせいなのか。それとも、それから発せられる暗くて冷たい何かのせいなのか。
白いレインコートを来たその人物は、深く被ったフードのせいで顔が全く見えない。それにコートの丈も長く、足も靴も全く見えない。
そう。まるでてるてる坊主だった。
知らず止めていた足を動かし、ジッと凝視するのは失礼だったと目を軽く外して、横をすり抜けようとする。
と、急に体がクタリとなる。冷たい雨の降り注ぐ路上に倒れ込み、やけに寒いと思った。それに視界の隅で、赤い噴水が吹きあがっているのが見える。
こんな所になぜ噴水が?それも、赤い水?
ゴロリと頭が転がって、赤い水溜まりが急速に広がって行くのが目に入った。
それよりも、寒い。雨だけじゃなく、季節外れの異様な寒さも予報できなかった。これはいじられるな。
それが堅田の、最後の考えだった。開いた瞳は雨を映していたが、もう何も、見る事は叶わなかった。
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