第190話 実証(2)騙された信者

 真愛会に対する同様の訴えはかなりあるらしく、施設を離れると、やり取りを見ていた人から声を掛けられて、被害者家族の会というものに合流する。

 まだ若い弁護士もおり、色々な話も聞けた。

「金銭面での被害も勿論ですが、何より、出家した家族と会わせてもらえないんです。説得のしようもないんですよ」

 弱り切った顔で、一斉に溜め息をつく。

「何か、突っ込める弱みはないんですか」

「それを見つけようとしているところなんですけど、なかなか……」

「外からあの霊を実体化させて、強引に外に出すとかは?」

「皆で拝んで、幹部だけ逃げますよ、きっと」

「何か……あ。母は、入院費を払わずに病院を抜け出しました。病院に母を訴えて貰ったらどうでしょう」

 娘さんが、なかなか捨て身なアイデアを出す。

「お父さん、まずくないですか?」

「どうせもう一緒ですよ。とっくに騒ぎになっているし、父は戻って来ません。我が家は崩壊してます」

 サバサバしたものだ。

「ただ、教団が肩代わりするとか、代理人の弁護士が出て来るとかで、本人は出て来ないという事もあります」

 弁護士が言い、皆で、嘆息した。なかなか難しいものだ。

「他の信者さんはどうですか」

「どこも、同じですよ」

「消防法とか建築法とかでは?」

「え?消防署は……聞いた事ないな」

 早速、弁護士は消防署と市役所にネタ探しに出かけて行った。


 そのかいもあって、2日後の今日は、とりあえず強制捜査である。消防法違反と建築基準法違反容疑、それと、出家信者の中に万引きをして逃げた人がいたので、窃盗容疑と犯人隠避の容疑だ。

 テロ事件を起こした某カルト教団への強制捜査ほど大掛かりではないが、訴えが少なくないのと、教団への警戒心というものが強くなっているのが日本の現状なので、マスコミもそれなりに来ていた。

 続々と警察官が入って行き、不安や拒絶といった顔つきの信者達が、ある者は膝をついて祈り、ある者は金切り声で抗議し、ある者は修行を続けることに逃避する。

 動きがあったのは、20分もした頃だろうか。

 警察官の動きが慌ただしくなった。

 規制線の外で見ていた僕達は、マスコミの人達の、

「出たな」

「何人かな」

という会話に、ドキドキ、ヤキモキとする。

 不意に、吹き上がるように気配が膨れ上がった。

 何だ、これ。

「直」

「うん」

 僕と直は、バッジを見せて規制線を超え、気配の方に急いだ。

 祭壇のある、本堂とでも言うのだろうか。中心的な建物を、それは取り巻いていた。恨み、悲しみ、憎しみ、それらを迸らせる霊と、彼らに見下ろされている教祖らしき男と幹部らしき数名。そして、警察官達と信者達。祭壇は元の位置からずらされているらしく斜めになっており、それで塞いでいたであろう床の一部には大きな穴が開き、そこから、霊の気配と耐え難い臭いが立ち上っている。

 ピシッ、ピシッと音がし、空気は急激に冷え、臭い消しの為に大量に焚かれていたであろう香の煙が風で煽られるかのように揺れる。

「ご本尊が怒っておられる!」

「早く元に戻して!」

「祟られますよ、あなた達!」

 叫ぶ信者達の中に、あの母親もいた。

 落ち着けと言う警官の声も、ヒステリックな信者の声の前には無力だ。

「直」

「ほい」

 札がきられる。

 教祖と幹部連中に憑りついた霊が、誰もに見え、声が聞こえるようになる。


   よくも騙したな

   人殺し

   恨んでやる

   家に帰せ、ここから出せ


 ヒッと息を呑んだのは誰だったか。

「霊はいますよ。ただし、怒った先祖じゃない。偽物の宗教家に騙されて、殺されたり死ぬしかなくなって恨みを残し、教祖と幹部に憑りついた元信者の皆さんですけどね」

 幹部は叫んで半分が気絶し、半分は僕と直につかみかかるようにして

「助けてくれ、祓ってくれ!」

と懇願する。

 それを押しのけて教祖が、

「お、俺が先だ!金ならいくらでも出す!た、助けてくれ!」

と泣きながら懇願した。

「ご自分でなさればいいのに」

「そ、それは……!」

「できないんですかねえ?どうしてかねえ?」

「うっ……そ、それは、その、俺はそれっぽくしてただけの、ただの、ビジネスだからだ!」

 シーン、と辺りが静まり返る。

 阿鼻叫喚となり、信者達が教祖と幹部に掴みかかる中、恨みを募らせた霊はスッキリしたような顔で成仏し、穴の中からは数体の出家信者の遺体が発見された。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る