第39話 呪術師・魅華(4)追加講習

 直は僕の家に泊まる事にしたと家に電話し、ウチにいた。

 インコは直から離れないで、今は、直の手からクッキーをもらって食べている。

「札の鳩が来て、急いで京香さんのところに行って大まかな場所を見てもらって、行ってみたら、このインコが飛び回ってたんだよ。で、持ってた鳩の札から直の知り合いとわかったんだろうな。案内してくれて」

「そうかあ。ありがとうな、アオ」

 インコは帰ろうとせず、直の眷属になりたがったのだ。それで、イズナ使いがいるんなら、インコ使いがいてもいいよね、という理屈で、こうなったのである。

「アオなのか」

「青色だから、アオ」

 まあ、覚え易くはある。オスかメスかもわからないし、アオが喜んでるしなあ。

「足はどうだ」

「ああ、大丈夫。湿布貼ったら平気になったよ」

「小父さん達、この事知ったらびっくりするだろうけど、言わなくていいのか?」

「アオ?」

「違う」

「ああ、うん。まあ、いいよ。この先もどうせこういう事あるだろうしねえ」

 直はあっけらかんとして言って、

「流石に今日は疲れたねえ。もう寝るよ」

と、僕のベッドに横になった。

「おやすみ。明日、痛かったら病院行けよ。それと、アオ。アオはここで寝ろ」

 小さい籐の籠に新聞やキッチンペーパーを入れたアオの寝床を差すと、チッと鳴いて、聞き分けよく中に入る。元々、手乗りだったのかも知れない。

 それを見届けて、部屋を出た。

 誰が呪殺師を雇ったのか。どうして僕達だったのか。どこかで恨みでもかったかな。いや、温厚で平和主義で目立たないように生きてるのに、おかしい。

 考えても、思い当たるフシがない。

 結界に直の、コピー人形に僕の髪が、核の触媒にされてたとか。髪をどこで手に入れたんだろう。学校か、講習会か?どちらにせよ、接触する人数が多くて、ここから絞り込むのは無理だな。

 他に、何か・・・ないな。

 兄ちゃん達の調査に任せるしかないな。

 犯人の素性と意図について考えるのを諦め、今日の復習にとりかかろうと、講習会の教科書を出した。


 翌朝には直の足の腫れも引き、歩くには問題ない程度になっていたので、予定通り、講習会に出かける。学校が夏休みの間、主に学生を相手にして行われており、今日が取り敢えずの最終日となっている。後は自分でなんとかしろ、というわけだ。

 タクシーで行けと兄からお金ももらっていたので、電車ではなくタクシーで行く。

「アオの移動、何か考えないとな」

「バスとか電車とか、これじゃだめだよなあ」

「チッ?」

 かわいらしく首を傾げて見上げても、動物を肩に乗せては乗れないのだ。

「鳥かご?」

「大きいものは持ち運びが大変じゃないか。面倒臭いぞ」

「カバンの中で大人しくできないかな」

「チチッ」

「おお、まかせろと言ってるみたいだねえ、怜」

「そうだなあ……よし、こうしよう。電車とかで、出てきたり鳴いたりしたら、焼き鳥にする」

「えええっ!?」

「チチチッ!?」

「そのくらいの緊張感があれば大丈夫だろ。

 それに、大人しくできるんだろ?じゃあ、心配はいらないだろ?」

「チッ、チッチチ……チ……」

「インコも動揺するんだな」

「チチッ!?」

 アオをからかって遊んでいるうちに会場に着いた。

「悪い、悪い。今度マドレーヌ焼いてやるから」

「チイー」

「あはは、良かったねえ、アオ」

「チッ!」

 すれ違う講師や受講生は、二度見し、振り返り、そして囁き合った。

「何、何、何?インコと会話してる?」

「そんな術あったっけ?」

「あの2人、色んな意味でやっぱり凄いよ」

 席に着き、準備をする。

「かわいい。インコ飼ってるの?」

「ペットじゃなくて、ボクの眷属ってやつ」

「え?」

「ええっと、本気なのかな。それとも中二的なあれかな」

 何人かが、寄って来てアオに目を細める。

 そう、いつでも大抵、小動物は人気者なのだ。

 そんな中、

「何の騒ぎだ?」

と野村さんの声がし、入り口の方へ目を向ける。

「町田がインコ使いになったぞ」

 誰かが言う中、人垣が割れて、野村さんの視線がこっちに届く。野村さんの凍り付いたような目と、目が合った。

「あれ、野村って鳥だめなの?」

 1人が言う。が、野村さんの言葉に戸惑ってシンとなる。

「何で無事なんだ」

 何て言いやがった、こいつ。

「昨日、やるって……」

 小声ながら、ハッキリと聞こえた。

「野村さん。魅華ってご存知ですよね」

 言いながら、ゆっくりと立ち上がる。

 野村さんはようやく失言に気付いたようだが、もう遅い。

「知ってるよ。呪殺師だろう」

「依頼者は、野村さんですか」

「何の証拠があって」

「魅華さんの意識が戻り次第わかる事ですけどね。今、魅華さんが残した依頼の証拠を、警察とここの上層部が解析中ですよ」

 嘘八百だが。

 昨日の件についてはまだ洩れていないので、皆、怪訝な顔をしている。その中で、野村さんは動揺を隠し切れていない。

 直は、ゆっくりとカバンに手をつっこんだ。

「何でこんな事をしたんですか」

 野村さんは、否定しようとしたが、無理だとわかったんだろう。

「俺は、野村の跡取りなんだ」

「はあ」

「名門野村だぞ」

「はあ?」

「それが、高校生の後塵を拝するなんて屈辱、我慢できるか!?」

「はああ!?」

 教室中が、信じられない言葉にしんとした。

「まさかとは思うが、そんなくだらないのが呪殺依頼の理由ですか」

「くだらないだと!?わかってないのはお前らだ!俺は、1番じゃないとだめなんだよ!!」

 直が、引き伸ばせと合図してくる。直のスマホが通話中になっていた。

「少なくとも、知識なんかは野村さんがダントツでしょう」

「そんなもの、いずれ追い付かれるだろうが」

 まあな。

「いつも平然と涼しい顔しやがって。俺に負けても悔しそうにもならない」

「あー……それは誤解です」

「うるさい!」

 イラッとした。もう限界だ。

「だったらせめて、自分で殺しに来いよ、くそったれ!」

 隣で直が「あちゃあ」と呟く。

「やってやるよ!」

 野村さんはカバンを放り出して、高らかに叫んだ。

「野村を守護する炎神!ここに!」

「神殺しをなめんなよ」

 一瞬出た神気が、すぐに消える。

「え?」

「瞬殺?」

 緊張していた教室内のギャラリーが、別の意味でざわめく。

「あああー……!」

 野村さんは、子供のように泣き崩れた。

「怜、あれは立ち直れないよ……」

 直が、ちょっと気の毒そうに言う。

「えっと……うん。まあ、ちょっと大人げなかったというか……でも、こっちが年下だし」

 言い訳してみるが、やり過ぎたかもしれないなあ。

「あのぅ、野村さん?」

「どうせ俺はだめなんだよお!」

 ああ、面倒臭いやつだな。

 ようやく着いた講師が、野村さんを立たせて連れ出して行く。

「御崎君、町田君、来なさい」

「……はい」

 僕達も、その後に続いた。


 結局野村さんは全てを認めた。焦りでいっぱいの時に、どうして知ったのか魅華に声をかけられ、講習の実技のどさくさで髪を手に入れ、魅華に渡したらしい。

 野村さんは受験を取りやめ、今、謹慎だか軟禁だかされているとか。そして野村家は、霊能師協会理事を辞退した。

 そして僕は、講師、役員に取り囲まれるようにして、加減とか色々を毎日特別講義されることになった。

「何で?なあ、おかしくない?」

 直は肩を竦めて、

「諦めなよ」

と言った。

「いやだ、行楽シーズンもクリスマスもこれからなのに。面倒臭い」

「仕方ないよ。ボクもアオの件で通うし」

「ああ、面倒臭いのは嫌なのに……。体質改善したい……」

 行楽日和の高い空が、眩しかった。


 




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