龍笛《りゅうてき》
雪が舞う真っ白な景色。
ただ雪が舞って白いだけでは無く、この夢の中の景色が全て白く、いやモノクロの景色だった。
よく見ると周りの雰囲気が違う。
そして愛染橋と思っていた橋も少し違っていた。
雪が纏わり付いた欄干。
雪のせいで良く分からなかったが、愛染橋の欄干とは違い豪華というか気品がある欄干だった。
欄干という言葉では申し訳無い様な、立派な…… まさしく高欄。
では一体、此処は何処で何と言う橋に自分はいるのだろう。
愛染橋しか思い当たる節は無いのに。
橋の真ん中で女性と見つめ合う。
言葉を交わす事無く。
見れば見る程、愛染橋で会った同じ体験をした女性に似ている。
あの女性と関係がある人なのだろうか。
何も言葉を交わさないまま、見つめ合い…… そして女性は離れて行った。
雪が舞う中、女性の後ろ姿をただ…… ただ
見つめるだけ。
女性が見えなくなった後も暫くその場に佇んでいた。
音が無い夢の中だったが、微かに遠くから笛の音の様な……
……
目が覚めた。
まだ夜明け前。
今迄とは感じが違う夢。
愛染橋に纏わる夢を見させられたのでは無く、ただ普通に夢をみたのだろうか。
まだ暗い夜明け前の空を見る。
雪は止み、真っ白な街の景色。
ここ数年無かった大雪。
そんな珍しい夜のせいで、夢をみたのだろうか。
日が出てからは、天候も嘘の様に回復し道路に降り積もっていた雪も融けだしていた。
昨晩見た夢は、まだ記憶に残っている。
やはり愛染橋に纏わる夢なのか。
夕方には道路も綺麗になったので、久しぶりに愛染橋に向かった。
何故か…… 胸騒ぎの様な気持ちが収まらなかった為。
雪が降ったせいか道路は空いていた。
愛染橋の入り口に車を止め、雪の上を歩いて橋に向かう。この辺りは山の中のせいか雪が余り融けていない。
滑らない様慎重に下を向いて歩いていた為、気づくのが遅れたが…… 別の足跡が既にあった。
もしや……
橋に辿り着くと、橋の真ん中に女性が居た。勿論あの時、ここで会った女性。
かなり久しぶりだったが…… あの女性が来たと言う事は、やはり昨晩見た夢は……
女性も自分を見ても驚く事も無く、あたり前の様に。
「やはり…… 見ましたか? 」
女性が言った。
「はい。でも前に見た夢とは何か違う感じで…… 」
「……私自身が、ここに居たんです。そしてあなたに似た人と…… 」
「わかります。自分も貴方に良く似た人と。でも橋が違っていた気が…… 本当にこの橋だったんでしょうか」
「短い夢だったので…… でも周りの景色も少し違って見えた様な」
「本当に夢で会った男性は、自分に似てました? 」
「似てる…… 面影が凄く。私の方は? 」
「似てました。同じでは無いのは確かですが…… 似てました」
「何か関係があるのですかね? 私達……
例えば…… 昔に何かあったとか」
「……。 この辺りと関係は無いんですよね? 」
「親も祖父母も関係無いと思う」
「自分は、やっぱり橋が違っていたのが気になるんです。この欄干では無かったから。少し調べてみようと思います。この橋の事、この辺りの街の事」
「私も…… 御一緒していいですか? 私も気になるし、知りたいんです」
「勿論。というか助かります。もしかしたら古い時代の事も調べる事になるかも知れないし」
二人で、調べる事に。とりあえずは橋の事を、ただ意外と難しかった。どう調べれば…… とりあえず歴史を調べるつもりでこの橋から一番近い歴史資料館に行ってみた。
歴史資料館に来たものの、ただの寂れた橋など探しようが無かった。
何気になく資料館を見ていると、昔はある程度大きな集落で歴史がある所だった。古くから謂れのある神社があり雅楽を演奏する家柄、
細かい事は、あまり理解も出来ず展示してある文献も読む事が難しく、それ以上の情報はあまり無かった。
肝心な橋の事も分からず資料館を後にしようと…… 女性が何かを真剣に見ていた。
何かの資料だったのだが、
「これ、ここに愛染橋と書いてます」
女性が指差した資料のたった数行に、確かに「愛染橋」と。
前後の文を二人で読んでみる。
その資料は、昔から言い伝われた事や風習、慣習が綴ってある物。
それによると……
愛染橋は、昔はそう呼ばれて無かった。
昔は「
春先の雪解け水が鉄砲水となり、橋の殆どが壊され橋を直した後「愛染橋」と名前を変えたと記述されていた。
そして何故「愛染橋」と言う名前に変わったかと言う云われも……
僅か二、三行だけだったが。
要約すると、
昔、由緒ある神社があり稲作が中心のこの地で、五穀豊穣を願う雅楽が行われていた。
「皐月橋」で度々隠れてあう二人。
ただ春先の鉄砲水で橋ごと流された二人。二人は手を握り合ったまま……
その二人の鎮魂と度々、春先に水害をもたらす「皐月川」が静かな川になって欲しい祈りを込めて…… 「愛染橋」と名前を変えた。
その云われが自分と女性にどう関係しているのかは、まだわからない。
でも二人とも同じ夢を見た。
雪舞う夜に。
そして……
夢の中で聴いた笛の様な音。
それは、雅楽の音色……
千年の音色を奏でると言われる雅楽。
その音色と共に愛染橋、いや皐月橋は長い間、多くを見て来たのだろうか。
幸せも哀しみも……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます