第四話
幸せな時間が、続いていた。
勿論、大変な事も色々あったが二人で常に前向きに乗り越えていった。
いつも笑顔で気を遣ってくれる夫に感謝しかない妻だった。
少年の時も青年の時も、自分の事を顧みず真っ先に私の為に尽くしてくれて……
そんな感謝の日々が五年続いた。
それは二人にとって幸せな五年でもあった。
妻の女性も徐々に良くなり、より楽しい時間を二人で過ごせる様になっていった。
相変わらず夫の男性も一生懸命働いて忙しい日々だったが、それでも互いに良い人生を送っていた。
現場メインの仕事をこなす夫。
その日も離れた所での仕事。しばらく帰れなかったが、夫も少しでも稼いで妻の為にと苦労を
雨が…… 暫く続いた。
雨は、二人にとって出会いと再会を
嫌な感じは無く、
一緒になってからは、大切な時に雨に降られる事も少なくなり雨に対して深く考える事も無くなっていた。
ただ、久々に雨に懐かしさを感じていた妻だった。夫が居ないからそう感じたのだろうと思っていた。
予想以上に降り続く雨。
ニュースで土砂崩れが…… あったと。
夫が今、仕事で行っている所で。
まさか…… とは思ったが。
電話が……
夫の会社から。
夫が土砂崩れに巻き込まれたらしいと。
どうしていいのか、わからなかった。
土砂降りの雨。とりあえず会社に向かうが、それ以上は何も出来なかった。
ただ待つだけ。
大丈夫。夫は若いし大丈夫。
そう思うだけしか出来なかった。
若くても良い人間でも……
雨が弱まった2日後に…… 訃報として妻が知る事となった。
それでも信じられず、呆然とする妻。
そんな何も考えられない中、淡々と葬儀が行われた。最期のお別れの時に、それ
まで認めたくなかった思いが溢れた妻。
最期の最後まで、夫の男性にしがみついていた。
会社の人の話だと建設現場は直接、土砂崩れに巻き込まれ無かったという事。
潰されてかかった家に居た女性を助けようとして、二次被害に巻き込まれたという事だった。残念ながらその女性も助ける事が出来なかったらしい。
五十代位の女性。
子供の頃、失った母親と姉。
生きていたら……
母親の影と重なったのか…
辛い過去を持つ夫には、黙って見過ごせなかったのか……
全てを失った様な感じがした妻。
『どうすれば…… いいの?
生きて行く意味が…… 無い。
まだ若い貴方では無く私が……
もう辛いのは…… 嫌。どうして私みたいのが生きてるの? どうやって生きて行けばいいの? 生きる目標を失ったのに…… 』
そう妻は、毎日毎日思い続けた。
夫を亡くしてから何も無かった様に晴れの日が続いていたがある日、突然雨が降った。夕方の一時だけの雨。
その雨に夫の影を感じた。
夫が、私に傘を渡してくれる様な気がした雨。
『何か…… 私に言いたい事あるの?
私と一緒になったばっかりに、貴方はこんな事になって。恨んでる? 後悔してる? ごめんね…… 』
雨は、少しずつ弱くなり虹が薄っすら出た空。その時、妻にはある場所が頭に浮かんだ。
次の日、妻はその場所へ向かった。
愛染橋。
結婚してすぐに二人で来た以来。
相変わらず淋しい橋。夫がいない一人で訪れるには、より淋しい。
出会った特別な場所。あの頃、まだ中学生の男の子と、まさかこんな人生を歩み、そして別離が来るなんて……
思い出の写真を手に、染み染み夫との時間を振り返る。
『貴方に、幸せと楽しさと希望を与えてもらったのに…… 私は何かを与えられたのかな? 』
そう考えながら欄干に手をつき川を見つめた。
『初めて会った土砂降りの時も私は、こんな風に川を見ていた…… でも貴方が傘を渡してくれて前を見る事が出来たんだよね』
そう思い…… 妻は、前を見てそして上を向いた。
『今日は、雨が降らないのね。雨が降ると貴方が私に傘を渡さないといけないから…… 雨を降らさないのかな?
……ごめんね。
こんな後ろ向きだと駄目だよね。
私は、あの時とは違う。あの時は何も無く諦めてたけど。今の私は貴方との幸せだった時間、楽しい思い出、沢山持ってる。
その思い出がある限り、私は生きていける。生きていかないといけない…… 貴方の為にも。これからも…… 一緒にいてね』
雨が降らない愛染橋で…… 妻は誓った。
……
夢が覚めた。
やはり少し辛く切ない夢。
愛染橋という名の通り、愛に纏わる想いの夢だが……
どれだけ愛染橋は、想いを見続けて来たのだろう。
そしていつまで愛染橋に自分は、関わり続けていくのだろう。
第四話 終
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