第二話
大きな街。
ビルに囲まれた愛染橋がある所とは全く違う場所。
あの時の女性がいた。
大きな街に、溶け込む様に凛とした女性の姿。少し歳を重ねた様に見える。
天気が良い夏の日。
突然の雨。夕立。
勢いよく雨が地面を叩きつける。西の空は明るく、一時的な夕立の様だった。
女性は、近くのビルの入り口に雨宿りをしていた。急いでいるのか、空を見上げそして周りをしきりに見ていた。
一時的な夕立の筈が、なかなか上がらない。それどころか雲行きが、怪しく。
ふと、隣のビルを見ると同じ状況の男性が空を見ていた。
傘を持っていなかった女性は、道路の向かいにあるコンビニを見ていた。
視線を何となく感じる。
横から……
視線の方向を見てみると先程、目に入った隣のビルで同じ様に雨宿りしていた男性だった。
離れては、いたが目が合うと男性は顔を背けた。少しだけ不思議に思った。
と、男性が雨の中走りだした。
道路を渡り向かいのコンビニに入った。
そして、すぐ出て来た。傘を持って。
女性も、なかなか止まない雨に痺れを切らしそうになり自分もコンビニまで走ろうか…… ただコンビニまで行く前にずぶ濡れになりそうな雨の降り方。
そんな事を考えていたら、目の前に先程の男性が……
近くで見ると、若い男性。二十歳前後。
勿論、知らない男性。
だが、男性は軽く頭を下げ傘を女性に手渡した。
戸惑う女性。
男性は、少し照れくさそうに傘を女性の肩にかかげる。
その光景に、女性は懐かしさを感じた。
「あの、もしかして…… あなたは…… 」
女性が訊いてみる。
男性は無言で、少し
何て偶然。女性はあの時、愛染橋で傘を渡してくれた少年の顔なんて殆ど覚えていないのに。
その少年が青年になり、また女性に傘を……
「私の事、覚えていたの? もう五、六年位、経っている筈…… 」
「あ、はい。あの時と…… 変わってないから…… すいません余計なお世話でしたか?
雨まだ、止みそうに無いし…… 」
「そんな事ないよ。でもあなたは?
あの時も私に傘を貸してくれたから雨に濡れて…… あっ、あの時の傘。橋に置いといたけど、よかったのかな? どうやって返せばいいか分からなかったから…… 」
「あ、はい。ありました。わざわざすいませんでした。返さなくても良かったですけど…… 」
「あなたは、どっちに行くの? 同じ方なら一緒に」
「いえ。大丈夫です、自分は。
急いでる感じしたんで、どうぞ先行って下さい」
「でも…… 」
「大丈夫なんで、どうぞ」
男性は、手を差し出し女性に行くように促す。
「ありがとう。名前、聞いてもいい? 」
「えっ、あ…… はい」
男性は、名刺を取り出し女性に渡した。
「ありがとう遠慮なく借ります傘。今度は、きちんと返しますから。……あ、あの時も ありがとうね」
「あ、返さなく…… ても」
「そういう訳には、二度目だし。じゃ御免なさい急いでいるので。連絡します。ホントにありがとう」
女性は、男性に頭を下げながら雨の中、小走りで先を急いだ。
あの時とは違い雨が降る中、男性が女性の行く先をずっと見ていた。
数日後
傘を返しに男性のくれた名刺の会社の前で待っていた。
名刺はくれたが電話番号は、聞かなかったので直接会社へ出向いた。
建設関係らしい会社。
夜の八時近く迄、待ったが出て来ないので日を改めようと……
ポツリポツリと小雨が…… 気にならない程の。雨は気にならなかったが、急に冷え込んできたのか辺りは白く霧がかかってきた。
その
「ごめんなさい、急に会社に来て。傘を返しに来たんだけど、忙しそうなのね。ごめんね。はい、傘。ありがとう」
「わざわざすいません。でも雨降って来たので傘使って下さい。コンビニの傘なので返さなくてもいいですよ」
「大丈夫。これくらいの雨なら。仕事大変そうね。こんな時間まで、外で仕事だったの? 」
「いつもだから大丈夫です。高卒だから現場の仕事がメインなんです。」
「お礼に、ご飯でもと思ったけど…… 疲れているみたいだから…… 」
「あ、えっ。自分は平気だけど。ホントですか? 自分みたいのと、ご飯って」
「いやいやこちらこそ、私みたいなオバさんと一緒じゃ…… でも二度も助けて貰ったからせめてそれ位、お礼しないと…… 」
「あ、あの、すぐ着替えくるので、もうちょっとだけ待ってもらえますか? 」
青年は、そう言って会社に戻って行った。
女性は、少し嬉しそうな表情を……
若い男性だからでは無く、あまり今迄良い事が無かった女性。人付き合いも余り無く友人も少ない。若い頃、交際していた男に酷く裏切られ…… それ以来お付き合いする事も無く。
だから…… 何と無く…。 嬉しかった。
それから青年とご飯を共にし、お話もした。青年は、愛染橋のある街の出身。
中学に入った頃、母親と姉を同時に事故で失った。大変な思いと大変な苦労をしてきた青年だった。
だからこそ…… あの時、雨の愛染橋で哀しげな女性を見て黙っていられなかった。
大好きだった母親と姉。それとあの時の女性が重なったのかも知れないと、青年は女性に打ち明けた。
十歳以上、歳が離れている青年と女性。
なのに、あの時の私は なんてつまらない小さな事に…… 女性は、青年に申し訳無い気持ちになった。命を軽く考えてた事に。
『あの時…… あの橋で傘を貸してくれて…… 本当にありがとう』
女性は、心の中で改めて思った。
あの時の事は、女性だけで無く青年にとっても忘れられない大事な思い出。初めて大人の女性に恋心を持った、ほんの
一瞬の出来事。
ただ青年にとっては、ずっと持ち続けている変わらない恋心だった。
第二話 終
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