第62話 いかさま出版社 その1

 ある時、自称聖人の吉澤フミは、日本の代表的スピリチュアル系出版社、フォース社の専属カウンセラーをナータの寺院に連れて来た。スピリチュアル系ならフォース社を知らない人はいないという。

 そのカウンセラーは癌を患い、フミに勧められ、典型的な勘違いモードでトラタ共和国の聖者に治してもらおうとやって来たのだ。確か乳癌だった。



 自分は、生き神シャンタムやナータその人であり、だという自称聖人のフミが、わざわざトラタ共和国に人を連れて来てナータに頼ることは矛盾している。

 また、自分の具合が悪い時はすべて他人のせいにし、自ら進んで人の病や苦しみの「身代わり」もできると主張しているが、このカウンセラーのことは身代わりで救えなかったことになる。彼女の弟子たちが、そういった多くの言動の不一致に疑問を抱かないところがどうにもに落ちない。疑問は感じても、その疑問を払って自分自身をごまかし続けるのだろう。よくいる依存症者の特徴だ。
 


 フミと同様に「身代わり」を主張する妄想スピリチュアル系の人は、ごまんといる。そのように自分に酔いしれている人々の話を嫌というほど聞かされてきてうんざりしていたある日、渚沙は得意の「妄想破壊パンチ」を公でくらわしてみることにした。


 渚沙は答えを知りながら、皆の前で意図的にナータに質問した。


「身代わりになって、他人の病気を背負うことができると主張している日本人がいます。そのようなことは可能なのでしょうか?」


「それは出来ない。グルでさえも、自分の過去の行いのために病気になる」
 

 渚沙は「出来ない」という答えだけは知っていた。だが、「グル」の話は渚沙のほうからは一切していない。フミの名前も出していない。弟子からグルと呼ばれているフミのことがきっかけで質問したことをナータは知っており、さらに、同類の輩を戒めるために、渚沙が公で発表するつもりでいたことを承知していたのは間違いない。


 ナータの回答は、フミだけでなく世に蔓延はびこる典型的スピリチュアル系の「洗脳と支配の企み」にちょっとした爆弾を落とせる有り難い言葉だと思い、渚沙は早速、機関誌やネット上で公表した。


 すると、フミの秘書、小室比呂子がすぐに日本からクレームをつけてきた。

「フミの活動の邪魔をしないで欲しい」と、渚沙宛に。

 そうやって、フミが身代わりで病気になるという話を売り物にしていることを自ら認め、名乗り出た愚かさにはまったく気づいていない。いつも通り、子供じみているなと苦笑した。


 実はトラタ共和国の人たちは、極わずかな大物の聖者たち、特に神と呼ばれる聖者たちが身代わりをすることを知っている。それは病人のみが明白に体験し、知りえることで、渚沙も何度も体験している。しかし、過去二十年、実際に聖者が病気である時、また回復した後も、身代わりをしていたから具合が悪かったと口にしたことは一度もない。

 以前、西洋の訪問者が、身代わりをするかナータに質問したことがある。

「それは可能だが、誰の身代わりをしているかは明かさない」と、ナータは答えていた。


 自ら「〇〇の身代わりをしている」と宣言する者は、エゴの塊、あるいは妄想性の精神病患者、「自称なんとか」の類の偽者と判断して間違いない。フミのように、弟子のせいにして説教をするなど最悪のケースだろう。こういう悪質で傲慢な人々は、単に自分自身の欺瞞の罪が原因で肉体的に苦しんでいるだけだと渚沙は思う。


 さて、フミが連れて来た、癌患者のスピリチュアル・カウンセラーは、フェイス社のサイトで、なんでもわかるすごい人のように顔写真つきで宣伝されている。それなのに、自分のことをどうすることも出来ず、依存症のように振る舞っている。フミや、同じフェイス社に所属する多種のスピリチュアル系たちのいつもの発言、妄想「スピリチュアル」感覚と妄想セオリーでいけば、病気くらい簡単に治せるはずだ。それ以前に、グループ以外の誰から見ても病んでいる、おかしいと思われてきたパラノイアのフミを最初に信じているところで、もうアウトではないか。



 さて、フミか、スピリチュアル・カウンセラー本人のどちらのアイディアか知らないが、この癌患者であるカウンセラーは、医者、薬や病院での治療を拒否していた。医療や薬をかたくなに拒否するのが今時のスピリチュアル系だという。


 彼女がナータから言われたことは、「ちゃんと医者のところに行って、処方された治療を受けるように」ということだった。スピリチュアル系の人々のことは、毎度子供を相手にしているかのように、病気になったら病院に行くことを教えなければいけないから聖者も大変だ。


 その後、このカウンセラーは、日本でなんらかの治療を続けていて元気らしい。まだ、フォース社に籍を置いているようだ。

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