Instrumental、スクランブル交差点

1

 

 ――さぁ、まずは【物語から始めよう】



         **********



 あ。かっこいい人、発見。



 街中を歩いている時だった。初めてくる街の道は複雑怪奇で、明日からこの場所を通って学校に向かわなければいけないのかと思うと、それだけで不安にかられた。

 けれど、慣れなければいけない。携帯に表示された地図だけを頼りに、私は父に言われた目的地である学校を目指して、街中を歩き続けた。


 彼の姿を見たのは、そんなときだった。


 ふいに渡ろうとした駅前の大きな横断歩道。

 上空から見るとX型になっているそこは、『スクランブル交差点』と呼ばれる有名な交差点だ。無数の人だかりが信号の色が変わるのを今かと待っている間、私は信号ではなく、隣に立ったその人を思わず見つめていた。

 日本人にしては恐ろしいほどに綺麗に染められた金髪。少し長めの髪らしく、うしろでちょこんと小さなしっぽのようにまとめられており、横髪にはいくつもの白ピンが目の前の交差点のように、交差してつけられている。

 前髪が長いせいでその顔はよく見えないが、なんとなく整った顔立ちをしていることが雰囲気でわかった。わし鼻気味にそった形をしている鼻は、あまり周囲にいない形の鼻で思わずじっと見てしまう。

 服装も紺色のパーカージャケットにどこか海外の街並みがプリントされた白いTシャツ一枚に、ところどころが少し破れたジーンズ。足元は見慣れたコンバースの黒いスニーカー。

 パッと見、ラフな格好だが、案外こういう格好を着こなせる男の子ってのは少ない。本当にカッコイイ人は服の柄には頼らない、とこの間、買ったファッション誌にも書いてあった。資料用に買ったメンズのファッション誌だったけど、ああいう雑誌でそんな言葉を聞くのは意外で、おかげでいまだに覚えていた。

 残念なところをあげるとすれば、猫背なところだろうか。ぐっと曲げられた背中は、若い人がするにしては少し曲がりすぎてる気がする。

 けど、そんな状態でも、私よりも幾分も高い位置にその頭はあった。どうやら、背自体は凄い高い人みたいだ。


 いや、もしかしたら背筋が伸ばしづらいのかもしれないな――、その荷物のせいで。


 いやでも逆に背筋伸ばしやすそうだけどな――、チラリとその背中に目を向けたその瞬間。人波が動き出した。どうやら、信号の色が変わったらしい。

 一気に動き出す人の波。全く気付かなかった私がそれについていけるわけもなく、うわっ、とまぬけにも前に押し出される。


 あ。これ、転ぶ。


 近づいてくる地面や、誰かに踏まれる事を考えて思わず目をつぶる。

 ああ、初日にしてこの展開とは……。私はやっぱり都会に住むには向いていない人間だったらしい。


(ぶつかる……っ!)


 やってくる衝撃に向かって身構えた、そのときだった。



「大、丈夫……?」



 ガシッと誰かに手を掴まれた。倒れそうになっていた体が一瞬で元の位置にまで戻る。

 驚いて目を開く。無事に地面に足がついているのを確認してから、手を引いてくれた恩人の方へ振り返る。

 ありがとうございました、と言おうとして固まったのは、そこにいたのがさっきまで見ていたかっこいい人だったからだ


「怪我、は……? してない……?」

「え……⁉ あ、は、はひゃいっ! だいひょうぶです!」


 ああ、噛んだ――。なんともみっともない声が出て、一気に羞恥心で顔が熱くなる。

 いやでも、だって、さっきまでかっこいい、と思っていた人が、助けてくれるだなんて思いもしないじゃないか。誰が、こんな少女漫画のような展開、予想していたというのか。私だって、仮にも乙女。心は華の十七歳、だ。

 ……まあ、そこを抜きにしても、私の会話力には少し難があるのは認めなくもないけれど。

 それは、よかった、と彼が私の腕を離す。なんだか不思議な程にゆっくりと区切って喋る人だなぁ、と思わずぼんやりとその喋りに耳を傾ける。見た目の感じと違って、おっとりとした感じのその低音は、じんわりと私の身体の中に染み入るように、耳の中へと入って来た。

 じゃあ、と手を振りながら、彼が歩き出す。


「気を、つけて……、ね」


 あ、とあわてて声をかけようとうするものの、すぐにその姿は人混みの中へと離れていってしまう。身長が高い分、波の中からひょっこりと彼の金髪が飛び出す。そのしっぽをゆらしながら向こう側へと渡っていく。

 お礼、言えなかった……。

 はあ、とため息が出た。


「……まあいっか」


 どうせこの先、彼と会うことはないのだろうし。もう、しかたがない。

 狭い田舎町とは違って、広いこの大都会の中では人と人との出会いなんて、くもの子散るより簡単に散るに決まっている。まあ、本当に少女漫画だったら、ここから始まる恋とか、色々あるだろうけど、現実はそんなのあり得ない。

 それになにより、きっと彼とは住む世界そのものが違う――。消えゆくその背中に背負われていたギターケースの姿を思い浮かべる。

 ああいうものを背負う人は、私のような地味な人間とは交わらないものだ。人には身の丈にあった生き方というのがある。

 それにしても、急に転んだ女の子を颯爽と助けて、あんな風に言葉までかけてしまえるとは。


「はあー……都会の男の人って、すごーい……」


 というか、やっぱりかっこいい……。

 小さな呟きは雑踏に消される。

 点滅しかけている信号が目に入る。ハッとして、私も慌てて人混みへ足を踏み出す。

 明日からは、私もこの人波に混じる一人になるのだと、小心者の田舎心を携えながら、改めて向こう側へと向かって走り出した。

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