15th NUMBER『君しか要らない』


「星幽記念病院……昔から末期患者を受け入れている歴史長い病院だね。このすぐ近くの」


 クー・シーさんの呟きに雪那ぼくは顎を縦に動かして肯定を示す。あの後に知った真相を明かしていく。


「あの日夏南汰……いや、ナツメは、アストラルに於いて春日雪之丞が蘇った理由を調べる為にこの星幽神殿を訪ねていたんです。僕の波長と共鳴したことでナツメ自身も一時的に前世の姿を取り戻していた。帰りは迎えが来る予定になっていたんですが、雪之丞が逃走したと無線で聞いて慌てて引き返そうとして崖上から足を滑らせた。これも、僕のせいだったんです」


「でもその事実を知っているということは?」


「はい、僕らはあの後救助されました。どうやら僕を病院まで送ろうとしていたあの男性が親衛隊に連絡を入れてくれたらしくて、それが稀少生物研究所にも伝わったんです。生物保護班の優秀な操縦士パイロットの方が、気を失った僕らを引き上げてくれた、と」



「……そうか、良かった」



 安堵のため息を零すクー・シーさんに僕はうっすらと笑みを送る。そうだね、あのとき夏南汰を道連れにしなくて済んだことに関しては良かったと僕も思うよ。自分はどうなってもやっぱり生きていてほしかったから。



「研究所で目覚める頃にはもう、雪之丞と冬樹の記憶はほぼ共有されていました。ナツメもちゃんとナツメの姿に戻ってた。これからは前世も現世も含めて愛していける。ずっと傍で守っていけるって、僕は希望を見始めていたんですが……」



 僕は再び思い出す。僕にとっては苦い記憶を。




――もういいよ。大丈夫、僕らの記憶は全て共有された。他には何も無い。後は僕に任せて――




「冬樹が一生懸命思い出し、整理しようとしていた記憶の一部を雪之丞の意思がねじ伏せました。本当はまだあったんです。決して見落としてはいけない重要な記憶」



「三番目の春日雪之丞、というだけのことはあるね。アストラルに蘇ってから君は、ほとんど雪之丞くんの意思で動いていたということか……」


「そうだと思います。表向きには前世も今世も一緒になった人格を装っていましたが、雪之丞はことあるごとに冬樹の意思を抑えつけた」


 雪那ぼくは肩をすくめて苦笑する。本当、人って生まれ変わると結構人格が変わるものなんだなと実感しながら。



「冬樹は正直者でしたから。嘘をつこうとしても下手だし、雪之丞にとっては都合が悪かったんですよ。大変でした。ここまで相性の悪い人格を同時に抱えるのは」


「うん……愛する魂が同じだとしても、人格が異なるだけでかなり摩擦が起きそうだね。聞いてるだけでも混乱しそうだよ」



 そう、十五になるちょっと前からこれらの記憶を思い出し始めた。前々世も前世も、そして特殊な形で蘇った第三の雪之丞の記憶もいっしょくた。雪那ぼくも大いに混乱したな、と思い出して苦笑する。



「雪之丞は出来るだけ冬樹を喋らすまいとしたんですが、中でも特に“もう一つの罪”を隠そうとしていました」


「もう一つの?」



「一つは夏南汰の遺骨を盗んだことです。もう一つはそれより前に起きていたこと。以前クー・シーさんにもお話しした……」



 続けて口にするつもりだった。


 だけど喉に苦しさを感じた。顔を覆いたくなる。


 鮮明に思い出せてしまう、あられもない姿にされた巫女の“彼”が。あの痛々しい表情が。


(気持ち悪い)


 彼のことじゃない。あんなことをしてしまった僕が気持ち悪いんだ。おぞましいんだ。恥ずかしくて、惨めで、汚らわしい。躊躇ためらいながらもちゃんと出来てしまったことが。


 もし彼がこの世界に居たら、僕は顔向け出来ない。



「……雪那くん。また後日聞かせてもらうよ」



 クー・シーさんは何か感じ取ったみたいに柔らかな笑みを浮かべた。今話した方がスッキリするかと聞かれたけれど、なんとも答えにくかった。


「なら無理しない方がいい。君がまた舞台に立てるようにする為の対策も考えていくから安心して。今日はありがとう」


 空の瓶を二本持って僕の部屋を後にした。



「辛いけど……辛いけど、向き合わなきゃいけないんだよ、雪之丞」



 わかってる? 僕に関わった人たちはもっと辛かったんだからね。


 僕はベッドの上で肩を抱き、自分の奥深くをゆっくり解きほぐそうとしていた。みんな頑張ってくれているんだから、僕も頑張らなきゃと前よりも考えるようになっていた。



✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



「安心して……とは、言ったものの」



 はぁ〜とため息をついたクー・シーが大きな手で額を覆う。


 被害者の不安は鎮めなくてはならない。そして約束したからには守らなくちゃいけない。有言実行が重視される職業ならではのプレッシャーが重くのしかかる。



「あっ、あの……! アリエス親衛隊長!」



 廊下の途中で歩みを止めていたところ、聞き慣れた女性の声が届いてきた。背後からパタパタと駆けてくる小柄なシルエットにクー・シーは目を見張る。



「あれ? ミモザ、先に王室へ戻ってたんじゃあ……」


「は、はいっ、そのっ、つもり、だった! ん、ですがっ!」


「うん。落ち着いてからでいいよ」



 膝に手をつき息を整えたミモザは言った。ここでは話せない内容だから車の中で聞いてほしいと。




 星幽神殿の駐車場。ミモザは助手席に腰を下ろした。運転席に乗り込んだクー・シーはすぐさま腕に装着した魔力遮断装置を発動させる。


 この世界にはとてつもなく聴力の長けた魔族や超音波を感知する魔族が存在する。ゆえの対処であり、戦争の後に導入された。実は雪那と話すときもこっそり作動させている。さすがに運転中や普段は解除しているものの、魔族であるクー・シーには結構辛い環境。


 しかし大事な話の気配がする。神経を集中させねばと気合いを入れた。



「あの……アリエス親衛隊。私考えたんですが、イヴェールさんと脅迫状の犯人をなんとか対面させる方法はないでしょうか」


 さすがに聞き捨てならないとばかりにクー・シーが隣を向く。出来るだけ平静を保とうとしているものの、声はしっかり上ずって。


「それはまさか犯人を確保する前にってこと? 何故そんな」


 もしそうなのだとしたら信じがたい。彼女はイヴェールをとても大切に思っているはずなのに。耳をかっぽじって聞き直したいけれどこんな太い指じゃ入らないなとど、クー・シーが渋い顔をしていたときだ。


「もちろん先に確保するに越したことはありません。でも、公演を片っ端から中止にしてイヴェールさんを隠し続ければ、親衛隊が関わっていることにも勘付かれてしまいますし、被害が更に拡大する恐れもあると思います」


「確かにそれは僕も考えていたことだけど……」


「出来るだけ危険の少ない方法で……私も本当はそう望んでいるのですが、犯人を説得できるのもまたイヴェールさんしかいないと思うんです。そして犯人も救われなければイヴェールさんは深く悲しむことになるんじゃないかと」


「え?」


 更にこの後思いがけない言葉が続いた。



「犯人は稀少生物研究所に居る可能性が高いです。夏呼さんも勘付いているのですが、素人が下手に動いては危ないからと大人しくしているんです。それで私が」



「え、待って! ミモザ、今……」



 クー・シーは勢い余って少しむせた。だけど無理矢理立て直してミモザに問う。



「今、夏呼さん・・・・って言わなかった?」



 そう、絶対に聞き逃してはいけない部分だった。



「あっ。今はヤナギさんでしたね。すみません、つい」


 問題はそこじゃないとクー・シーは言いたいのだが驚きのあまり口が思うように動かない。


 艶やかな金髪をさらりと揺らしてミモザがやっと視線を合わせた。エメラルドグリーンの瞳は木々の影がかかっているせいか深みのある色合いになっていた。


 そして切ない表情。



「今世では年齢が離れていますがヤナギさんとは友人なんです。お互いの前世に気付いたときから親しくなりました。私たちの願いは同じ、あのお二人の魂が安らかであること……」


 だけど凛とした強い意志を感じさせる。


「黙っていてすみません。私のような立場が捜査に深入りしてはいけないと迷ったんですが、やっぱり言っておいた方がいいと思いまして」



 言葉を失くし呆然と魅入るクー・シーへ、瞳を潤ませたミモザが打ち明けた。





「イヴェールさんが雪之丞さんだったのも知っています。私もあの時代を生きましたから」




 “君は誰?”



 クー・シーがそう返したのは何分か過ぎた後だった。乾いた音色であるはずの木枯らしが何故か啜り泣きみたいに響いていた。





『真夏の笑顔に届くまで〜Summer〜』〜終〜

(次回、頂き物紹介を挟んだ後、次の章「Autumn」へと進みます)



✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



 天よ天よ

 どうか聞いて下さい


 もう僕は 余分に欲しがったりは致しません

 もう僕は 痛めつけてまで手に入れようとは致しません


 その分 この身を

 この魂を

 いくらだって擦り減らす覚悟をしています


 怖くなんてありません

 本当に恐怖を感じないのです



 天よ天よ

 どうか受け止めて下さい


 たった一つの願いです

 後は僕自身が頑張りますから

 どうか



 あの時代


 最愛の君を失ったときから



 僕はずっと願い続けていたんです



 ずっと抱き締めようとしていたんです



 ずっと追いかけてきたんです



 現在さえも犠牲にした

 そんな罪を背負っても構わなかった



 もう絶対に離しません

 誰にどれだけ罵られようとも

 軽蔑されようとも僕は構わない



 離すものか


 やっとやっと

 手に入れたんだ……!



 僕はもう


 この魂以外は何も要らない


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