〜Summer〜

1st NUMBER『もう一度触れたい』


 星幽神殿へ届いた脅迫状の存在を知った。今となっては懐かしいフィジカルの初夏を思わせる、なんとも色鮮やかな親衛隊長さんと知り合った翌日。



「や、やあ、雪那くん」


「おはようございます、クー・シーさん」



 そう、二本の角を生やした特徴的な容姿。爽やかな笑顔……今はちょっと引きつってるけど、この人こそがアストラル王室所属の親衛隊長さんだ。考えていることがそんなに顔に出ていて大丈夫なのかと少々心配にはなるんだけど……


「昨夜はよく眠れたかい?」


「ええ、まぁ……」


 実際のところ、そんなに眠れていない。だけどこういうときはいくら焦ったってどうにかなるものじゃないと僕はもうわかっていた。だってこれが初めてな訳じゃない。僕は実感している。


 何年、何世紀経とうとも衰えることを知らない、この罪悪感こそが僕の最大の敵なのだと。心の回復さえも罪に感じて全力で苦しもうとする。どう? 救いようがないでしょう。


 だからもう覚悟も決まっているよ。



「僕なら大丈夫ですよ」


「え?」


「何か聞きたいことがあるんですよね?」



 しまったと言わんばかりに朱色の目を泳がせ、冷や汗まで滲ませるクー・シーさん。ある意味、この人がわかりやすい人で良かったかも知れない。空気が読めなきゃ申し訳ないと思ってしまう僕にはこれくらいが丁度いい。



「えぇと……じゃあ、内容も内容だし、また君の部屋でもいいかい? お茶でも飲みながら」


「はい」



 僕らはだいだいの間接照明がぼうっと滲む廊下を一緒に歩いた。向かうは僕の部屋だけど、気が付けば一歩下がった状態で歩いてしまっている。いつもの癖だ。



 照明が途切れた頃。



 入れ替わるようにステンドグラスを通した七色の陽が僕らを照らし出す。祈りの間の中をなんとなく横目で眺めた、そのとき。


――――!



 思いがけない姿を見つけた。息が止まった。



 微弱な風を受けてなびく漆黒の長い髪。身に纏った純白のレースの下はきっとありのまま。遠い昔、この手で確かめたあの美しい曲線が透けて見える。


 天使の羽を背負ってこちらを見つめてる。柔らかく微笑んでいる。僕の、大切な……





「ナツメ……!!」




「雪那くん!?」





 僕は一目散に駆け出した。いつもなら祈りの間でこんな失態は晒さない。こんなに息を乱し、もつれる足取りで滑り込むだなんて。



(嗚呼、その桜色の唇でもう一度僕を呼んで。その滑らかな肌に触れさせて)



 神をそっちのけにして他のものに祈りを捧げるだなんて。




「ナツメ、ナツメ……どうしてさわれないの……?」


 彼女の唇が動いてる。“冬樹さん”てっきりそれだと思っていたのだけど。



 “雪那”



「ナツ、メ」



 僕の胸は一層痛々しい軋みの音を立てた。見ていたんだ。彼女はずっと僕を見ていたんだ。自分の命と引き換えに生まれ変わったこのぼくを。この罪の人生を。それなのに……



「どうして笑っているの? 僕のせいで、君は……」



 …………!



 触れた感触、など無かった。


 だけど半透明の彼女は確かに触れたようだ。その桜色の唇で僕の弱音を柔らかく塞いだ。



「やだ……行かないで、ナツメ。やっと逢えたのに」



 微笑みの天使が遠のいていく。七色の光に飲み込まれ。



「ナツメ……ッ!!」



 膝から崩れ落ちた僕は激しく床を叩いた。何故、何故! 君は僕を許すんだ。何故、僕らはこんなにも引き裂かれなくてはならないんだ。



――何故……!



「雪那くん! しっかりして!!」



 打撲で真っ赤になった僕の両手を駆けつけたクー・シーさんが捻り上げた。乱暴にしてごめんね、そんな事を言いながら嗚咽する僕を後ろからしっかりと抱き締めた。




 いくらか落ち着いた頃に僕は、祈りの間の中央でひざまずき、手を胸の前で組んで、つい先程の見苦しい振る舞いを神にお詫びした。それから振り返ってクー・シーさんにも。



「重ね重ね申し訳ごさいません」


「僕のことは気にしなくていいよ。これ以上君が傷付くのを見ていられなかっただけさ」


 僕の手を何度もさする彼は、なんだか悲しい顔をして笑っている。



「昔は自分を痛めつけるなんてよくわからなかった。でも、今は……」



 語尾は溶けるようにして消えた。もしかして前にもこんな光景を見たことがあるのかな。根拠も無いのに、何故かそんな気がした。





「多分、ですけど、僕の波長が前世に遡ったんだと思います。春日雪之丞のことをひと通り話したから、今度は磐座冬樹に」


「ナツメさんと恋をした方の君だね」



 部屋に入ると僕らは木製の小さなテーブルを挟んで向かい合った。僕はベッドの上に、クー・シーさんには椅子に腰掛けてもらった。


「春日雪之丞はここでも関係してきます」


 この名前を出す度にクー・シーさんの目の色が変わっているような気がした。やはり“三度目”のことが知りたいんだ。そう察した僕が彼に念を押す。



「僕自身も混乱しないように順を追って、になりますが」



「ああ、もちろん構わないよ。ゆっくりでいい。聞かせておくれ」



 こうして僕と彼は追憶の旅へ向かう覚悟を決めた。



✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



 半狂乱で泣き叫ぶ僕を

 君は連れて行ってくれなかった


 “生きて”

 なんて残酷な願い

 僕に託して消えていった



 天使はその清らかさゆえ

 実にむごいことをしてくれる

 清らかであるがゆえ

 遠い存在であるがゆえ



 我儘を言うならば

 僕は

 そんな君になってほしくはなかった


 見苦しくたっていい

 人間らしく

 喜び 悲しみ 怒り

 その全てを僕にぶつけてほしかった


 嫉妬さえしてくれなかったね

 僕は寂しかった



 そう思うと君は昔っから

 僕には遠すぎる存在だったのかな


 人を傷付けたなら

 まるで己を罰するが如く

 ものも言わず

 その姿をくらましてしまう



 待ってよ

 待って


 今なら言える

 僕の我儘



 僕は君になら

 どんなに傷付けられたって良かったんだ

 君に与えられた傷ならば

 それさえ愛おしくなるのだから



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