第4話 後暗いふたり

 ピザのビュッフェってどんなところだろう、と思ったら、すごい勢いで次々と出てくる焼きたてのピザを、みんなで食べ尽くす場所だった。

「よっしゃ、食うぞ」

「わたしも行きますー」

れい千寿ちずちゃんが行ってしまって、何となく出そびれる。


 たくみが立ち上がったので、手であっちへ行けとしっしっと振ると、

「何飲む?」

「あー、何がある?」

「コーラとか炭酸のと、ふつうにオレンジとウーロン茶とか」

「うーん、ウーロン茶にしておこうかな、もたれそう」

 巧は笑っていた。束の間だけど、二人きりになれてちょっとホッとする。巧はこういうときに気の利く人だ。


「あれ、行かないの?」

「行かなくてもすぐになくならないし。ひとりだと暇でしょ? 瑠宇るうが」

「ありがとう」


「さっきの……。妬けた」

「え? あ、黎のいつもの悪ふざけだよ」

「わかってる、けど……瑠宇も顔が上気しててあかくなってて。気持ち良さそうだったから。何か持ってきてあげるよ」

 あら……そんな顔、してた? 頬に手を当てて前が見られない。


「瑠宇先輩、黎先輩ったら、あんなとこでキスしてーって言ったらなんて言ったと思います?」

 またその話題か。

 黎は涼しい顔でわたしの隣に座った。

「瑠宇にしかしないよ、ですって。きゃー、ご馳走様。言われてみたいー」


「はい、瑠宇が食べそうなやつ。残していいよ、サラダも。……キス、やだった?」

「やじゃないよ。こういうのは慣れた、黎は衝動的だからー」

 とりあえず、サラダをつつく。キュウリが、夏の暑さを冷やす。

「見せたかったんだ、ごめん」

 ……意味深な台詞。なんでかなー? 黎、知ってるの? キュウリをフォークに刺したまま、黎の顔を見る。


「学生に戻って、また瑠宇と同棲して、まったりと一緒にいたいよ。目を離さないで、手を離さないで……全部、オレのもの」

「なーに言ってるの? まだ結婚して1年だよ?

 永遠の愛を誓ったじゃない? 」

「うん、そうだよな。今でも愛してる?」

「愛してる……。帰ったら、続きして」




 わたしのワンピースと、新しい食器類を持って、我が家に帰ってきた。

 どさっと、ソファに腰を下ろす。

「夕飯、どうする?」

「黎、まだ食べられるの? わたし、粉とチーズでパンパンなんだけど」

 黎はくすくす笑った。


「まぁ、食べなくてもいいよ。明日は家でゆっくりして、オレが夕飯作るから楽しみにして」

「……黎が働いてるのに、そんなに何でもしてくれたら、わたしのすることなくなっちゃうよ」

「とりあえず横になってて、お姫様。お風呂のお湯、張っておくから」

 お風呂のお湯がとぽぽぽぽ……と溜まっていく音がする。その近くのキッチンで、黎が何かしてる。新しい食器をしまって、何か作っている……。うとうとしていると、声をかけられた。

「……瑠宇、お風呂できたよ」


「うーん……」

 背伸びをして、ソファ型になった体をほぐす。黎は顔を近づけて、わたしを見た。

「……寝起きだから、あんまり見ないで……」

「寝言言ってた。かわいい」

 寝ぼけてた頭が一気に冴え渡る。

「え! 寝言、言ってた? 恥ずかしいんだけど」

「巧」って言ってたら、わたし、最低な女になってしまう。

 心臓が、ドッドッドッドッとすごい速さで脈打つ。これだけで目が回りそうになるけれど、なぜかこういうときは倒れない。自分の体が恨めしい。


「なんて、言ってたの?……寝言なんて言ったことないから気になるなぁ」

「ん? 『くまちゃん 』……」

 よく見ると、わたしの寝ていたソファからぬいぐるみのくまちゃんが転げ落ちていた。黎はお腹を抱えてくっくっと笑っている。

「はい、色気のない女ですから」

 さっさと立ち上がって、お風呂の準備をしようと思った。黎が真剣な顔で壁ドンして……、

「色気ないとかいうと、襲っちゃうぞ」

と言った。その変な真剣さがちょっと怖かった……。


「ねぇ、まだ1年しか使ってなくてもったいないんだけど……ベッド、ダブルにしても、いい?」

「……一緒に毎日、寝たい?」

「疲れてる日とか、邪魔かな?」

 壁ドンから髪を撫でられて、わたしは目を閉じる。やさしいキスが降ってくる。

「クイーンサイズだと瑠宇と遠くなっちゃうから、ダブルがいいよね。今度、見に行こう?」

「うん。ワガママ言ってごめんね……」

「ワガママじゃないよ、うれしいよ」




 日傘をさして、少し上りの駅で待ち合わせする。……誰にも会わなさそうな駅で。

 巧は言っていた通りの電車でやって来た。

「瑠宇、また倒れるよ。どこかに入ってればよかったのに」

「ううん、大丈夫……」

 巧はわたしの顔色を伺ったようだったけど、わたしは弱々しく笑うしかなかった。


 ふたりで、裏通りを歩いて、線路の下のちょっとしたトンネルをくぐる。

「やっぱりホテルなんて、後暗うしろぐらい人たちが集まるのかしらねぇ?」

「だからやめようって言ったじゃん」

「……わたしたちは十分に後暗いからいいの」

 巧は後ろから抱きついてきて、右手をわたしの左胸に滑り込ませた。

「なんでもいいよ。手の届くとこにいてくれれば」

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