魔術師 ラングウェイ

第14話 病

 人に理解されようとは思わなかった。人一倍努力はしたつもりだった。なぜならば努力なくしては力は手に入らないからだと知っていたからである。

 しかし、それを人に理解されることはなかった。俺自身は他者を理解する努力はしたつもりだったが、うまく行かなかった。

 誠意をもって接して相手を怒らせてしまうこともあれば、突き放したはずなのについてくる者もいた。


 そのうち、理解する必要性を感じなくなり、さらには理解されることは全くなかった。


 そんな時である。



「君はーーーーだと思うけど、――――なくていい……」



 初めて言われた言葉だった。

 それで世界が色づいた。いや、これは俺だけの感覚で他者には理解されたくない。



 俺は彼女のために生きたいと思った。この想いは彼女も含めて理解されることはないだろう。だが、彼女は両親ですら成し遂げられなかった、その想いを少しだけでも理解してくれる人間がいるということを俺に示してくれた唯一の人間だった。


「カスミ……」


 そして彼女は俺の目の前で眠りについている。



 刻滅病と呼ばれる疾患がその眠りをもたらす正体だった。日々、栄養を補給するために口に粥を持ち運び、褥瘡と戦う。何も言葉にしてくれないのに食う事だけはするのが救いであり、逆にその病の酷なところでもあった。時ばかりが過ぎていく。大切な時間を彼女と共有することはできない。だが、彼女は生き続けている。


「ラングウェイ様、仕事です」

「分かった。カスミを頼む」



 まだ、刻滅病の症状が初期の頃に俺たちは出会った。もっと早く出会えていればと思わない日はない。


「ラングウェイ、戦争が終わって帝国に占領されたナバロ国の領民たちが訴えています。我が国は戦いを止めるべきではなかったと」

「ですが女王よ、我々だけの戦力でラバナスタン帝国と戦うことは不可能です。ナバロ国が友好国であったのは事実ですが、世の中にはできることとできないことがあります」

「魔術師のあなたにできないことなどないと、私は思っていたのですがね」

「お戯れを」


 女王の相手というのは非常に疲れる。俺が何を考えているのかも分からないくせに好奇心旺盛に質問攻めにしてくるのだ。すでに壮年にさしかかり子供も数人いる女王は、このレプトン王国の権力を確立してしまっている。貴族が強すぎる帝国もどうかと思うが、このように女王の暴走を止められない王国というのも問題ではないのか。


「ラングウェイ、帝国へと使者として赴きなさい」

「それは、ナバロ国のことででしょうか」

「いえ、戦後処理よ。できる限りの賠償金を取ってくるの」

「無理でございます。我が国は戦勝国ではございません」


 将軍リヒト=アンデグラードが魔獣部隊を再編制して反撃に出てからというもの、ラバナスタン帝国は領土の回復を続けた。最終的に帝国がミルザーム国へと侵攻を開始したとほぼ同じ領土にまで帝国の反撃は続いた。ミルザーム国は、もっとも早い時期に帝国と停戦条約を結び、一つの町を確保するとさっさと軍を引いた。その時に俺が近くにいたならば、同じようにどこかの町でも頂いてさっさと引き上げさせたのだが、この強欲な女王はそれをせず、他の国々と徒党を組んで帝国と戦い続ける決断を下した。


 結果は帝国の反撃にあい、それまで占領していたはずの町は奪還され今に至る。もともとの我が王国の領土にまで帝国兵が入り込んでこなかったのはリヒト=アンデグラードの戦略だろう。どう考えてもあの帝国は領土拡大と侵略で成り立っていたが、この戦いで人口が減り、侵略の必要性がなくなっていた。内政に力を入れる時期だと判断したというのなら、かなり警戒の必要な人物である。皇族であり、現宰相の息子であるということだから権力争いにはそうそう負けてくれそうにない。将来の帝国を牽引する、英雄の登場だった。わずらわしい。


「うちの国のババアと変わってくれねえかな」


 こんな事を誰かに聞かれていたら大問題である。まあ、断片的であるわけで誤魔化すことは可能であるが。

 おっと、またしても思考がそれる。そしてそれを表情に出してしまうから良くないのだろう。誰も俺の味方をしようとはせず、俺も味方が欲しいとは思わなかった。だが、カスミが目を覚ましたらと考えると、カスミの友達になってくれるような人物というのには好感が持てるかもしれない。少なくともカスミには嫌われたくない。彼女は俺の全てであり、カスミのためなら死も怖くない。


「ラングウェイ殿」


 俺に話しかけるタイミングを待っていたのか、宮廷治癒師が待っていてくれた。

「この前の件ですが……」

「まさか」


 この男には刻滅病の治癒方法を探してもらっていた。こんなにすぐに答えを持ってきてくれるとは思ってもおらず、意外にもこの王国には優秀な人物がいるのかもしれないと思いなおすところだ。


「まだ、確定ではありませんが、帝国に……旧オーキド国の王族の秘薬ならばと」

「帝国に行ってくる。本当にありがとう。君は本当に優秀な男だな」


 彼の手をぎゅっと握ると、彼はものすごい驚いた様子だった。そういえば彼を褒めたのはこれが初めてかもしれない。口止め料として、俺が調合した魔法薬を手渡した。この大陸の中でこれほどに優れた効能はないというほどの物である。彼が夜の生活に悩んでいるというのは知っていたからであり、もちろんそれが俺に知られていなければ彼が協力してくれることはなかっただろう。


「女王よ、とりあえず私は帝国へ向かいましょう」

「さっきは無理だと申したではないか」

「他の方法があるかどうかを探ります。とりあえずは国益につながれば何でもいいのでしょう?」

「……」


 おっと、本音が駄々洩れである。であるが、ババア……じゃなかった女王も乗り気のようだ。俺という厄介な奴が消えてくれるのも嬉しいのだろう。この国で女王にむかって反論できる奴なんて俺だけだからな。

 そうと決まれば、帝国へ向かう準備を行うしかない。カスミを連れていくわけにはいかないから、屋敷の使用人に任せるしかないだろう。魔法で記録媒体を作ったと脅しておけばカスミに変なこともしないに違いない。



 さあ、急ごう。

 旧オーキド王国の王族の持った秘薬か。刻滅病に唯一効くとされるそれがまだあるのか、製造法があるのか、そしてそれを手に入れてカスミを助けることができるのか。不安は山ほどある。だが、俺は知っている。



 やらなければなす事はできないと。

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