第39話 空白地帯の魔物事情
空白地帯は豊かな穀倉地帯になりそうな平坦な土地と豊富な水源となる川が何本も流れている。
大河と呼べる程の川はないけど、橋もなく馬車では渡れない。
「橋を架ける事が出来たら楽なのにね」
「シグ様、それは空白地帯をある程度統べてからでないと難しいと思いますよ」
川にあたる度に、馬を外して馬車をダークホールに収納し、川の浅い場所を馬で渡るか、土蜘蛛の神印の力を使い、土属性魔法で簡易の橋を架け、渡った後に崩す事を繰り返さないといけない。
「でも深い川は少ないから助かったね」
「逆に馬で渡川出来るので、蛮族達がこの土地を荒らして周る原因でもあります」
「あー、それもあったね」
わざわざ橋を架けないと渡れない川は殆どないので、蛮族は空白地帯を縦横無尽に荒らしてまわる事が出来ていた。
整備された道のない場所を走る馬車は、それ程スピードを上げて走る事が出来ない。急ぐ理由もないのでゆっくりと走る馬車に、空白地帯に棲む魔物が何度か襲いかかって来ていた。
勿論、ファニールやアグニ達がその存在感を外に漏らせば、魔物など近寄りもしないけど、それでは少し困るんだ。
「流れる様な動作で矢をつがえるのよ!」
「はい!」
セレネの指導で馬車から矢を放つのは、バルスタン氏族から僕の従者として付いて来たレイラ。彼女の戦闘スタイルはレイラと似ている。風の神印を持ち弓を得意としている。
空白地帯に暮らす遊牧民族であるレイラは、まだ二十歳にもならないその年齢にしては高い戦闘能力を保っていた。だけど僕に言わせればレベルが低すぎる。
レイラの矢をかい潜って草原に棲む狼の魔物が馬車へと襲い掛かろうとする。
「ダークバインド」
僕が闇属性魔法で拘束した魔物の額に矢が突き刺さる。
10頭程の魔物の群れはレイラの矢で殲滅された。
「どうかな、少しはレベル上がった?」
「はい、二つ上がりました」
「二つかぁ……」
「主人よ。ここに棲む魔物ならこんなものだぞ」
10頭の狼の魔物を斃して二つしかレベルが上がらなかったか。と考えているとアグニが呆れた声で指摘される。
「そうだ坊。せっかくレイラが頑張ったんだ。褒めるのが先だぜ」
「あっ」
更にインドラにそう言われてレイラを見ると、ショボンと落ち込んでいる。僕は慌ててレイラを褒める。
「ごめんごめん。レイラは良かったよ。ここの魔物が弱すぎただけだから。レイラは何も悪くないから」
そこにレイラが仕留めた魔物を解体して魔石を取り出していたヴァルナが戻って来た。
「シグ様、女性とのコミュニケーションをもっと学びましょう。少し無神経ですよ。それとアグニ、死骸の焼却をお願いします」
「心得た」
ヴァルナにやんわりと叱られてしまった。確かにレイラには何の落ち度もないのに、一人でガッカリとした態度を見せるのは間違っていたな。
「一度時間が出来たら森に行ってみようかな」
「森って何処の森?」
ふと呟いた僕の声を聞いていたセレネが不思議そうに聞いてきた。
「シグ様、それはレイラのレベルがもう少し上がってからの方がいいと思いますよ」
「そうかな? ……うん、ヴァルナの言う通りかもね」
「ねぇ、森って何処の森? ねぇってば」
セレネが何か言ってるけど、今はレイラのレベルアップだな。
レイラは、空白地帯に暮らすバルスタン氏族だけあって、ここまで来る間に会ったハンター達や盗賊達と比べても、その実力は決して低いものではない。だからレベルさえもう少し上がれば、僕達のお荷物にはならない程度に戦えるかと思ったんだ。
まあ、現状Aランクハンターのセレネでも、亜人狩りなんかから自分の身を守るのは難しいから、まだ若いレイラなら仕方ないんだけどね。
いや、お前が一番若いだろうって突っ込まれそうだな。
空白地帯の魔物だけど、僕は龍の墓場周辺の森か、ここまで来る途中に通過したバルディア王国しか知らないけど、何処の国にも属していないからか、遭遇する魔物の数は多い様に感じた。
「草原だからか、狼系の魔物が多いね」
「そうですね。あとはホーンラビットやロックバッファローにソードディア、あと水場にツインヘッドスネイクやヒュージフロッグなど、狼系の魔物程数は多くありませんが、種類は豊富ですね。雑魚ばかりですが」
ヴァルナがサラッと纏めて雑魚だと片付けるが、それを聞いていたセレネとレイラは情けない顔をしている。
「ヴァルナさん、ツインヘッドスネイクは私達は出会ったなら死を覚悟するレベルです」
「そうです。ホーンラビットとツインヘッドスネイクを同列で扱わないで下さい」
セレネとレイラがヴァルナの認識は非常識だと訴える。
僕もこの辺りの魔物の強さにあまり違いは感じないんだけど、セレネやレイラには違うみたいだね。
馬車を止めて後始末していると、お昼寝していたルカが起きてきた。
「う、う~ん。……シグお兄ちゃん、ルカお腹空いた!」
「ちょっと場所を移動してご飯にしようか」
流石に魔物の血が流れた場所で食事は出来ない。血の匂いで他の魔物が集まって来るかもしれないからね。
少し移動した場所で、お昼ご飯の準備に入る。セレネとレイラがだけど。
ベルグやポーラも料理は苦手らしい。僕と一緒に戦力外の三人はお手伝いに徹する。
食事を摂る必要のないアグニ達は、周辺の警戒をしている。アグニ達やファニールがその気を解放すれば、魔物など寄って来ないのだけど、逆に龍の気配やスパルトイの気配に周辺の魔物が逃げ出して、遊牧民族に迷惑がかかる可能性もあるから、普段は常に気配を抑えている。
ただ、セレネとレイラの身の安全を考えれば、もう少し強くなってもらいたい。
「もう少し戦えるようになったら、森の外縁部なら大丈夫かな?」
「外縁部なら大丈夫だと思いますよ」
「うーむ、ただアソコは蟲系の魔物で厄介なのが居るぞ」
「そこまで心配しなくても大丈夫だろ。カメレオンマンティスやキラーホーネット位のもんだろ。大丈夫大丈夫」
ヴァルナは大丈夫だと言うが、アグニは蟲系の魔物はシロウトにはキツイんじゃないかと思っているみたい。インドラにしてみれば、森の外縁部に出没する程度の魔物は、警戒する必要もない相手なんだろう。
「冗談ですよね。カメレオンマンティスって森の暗殺者ですよね」
「キラーホーネットって、鉄をも砕く顎と毒針で、死の運び手と呼ばれる危険な魔物の筈です」
レイラとセレネが青い顔をして何か言っている。セレネなんてエルフだから森の中は得意なフィールドなんじゃないのかな?
「エルフはそんな凶悪な魔物の棲む森には暮らしません!」
「あれ、声に出てた?」
不味い不味い。森での暮らしが長くて、アグニ達やイグニート以外と接触していなかったからか、頭の中で考えているだけの積りが、何時の間にか口にしていたみたい。
「お肉♪ お肉♪ お肉♪」
「ちょっと待ってね」
ルカがスキップしながら火の回りを踊っている。
セレネとレイラが、草原で仕留めたソードディアの肉に塩を振って焼いていく。
火に炙られ脂が滴り落ち、ルカはヨダレを袖で拭いながらピョンピョン跳ねて待っている。
ソードディアの肉はルカだけじゃなく、レイラも貪り食べる様に噛り付いていた。
家畜を飼っているバルスタン氏族でも、肉は狩りで得られる魔物の肉に頼っていた。家畜は食肉にまわせる程飼育出来なかったそうだ。
ソードディア自体が大型の魔物なので、かなり大きな肉の塊だったんだけど、ほぼ食べ尽くしてしまった。
まあ、ファニールもいるからね。
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