第17話 同行者

 ルカを抱いて一階に降りてレストランへ入ると、マーサさんが席を案内してくれた。


「あら、可愛いお嬢さんだこと」

「こんにちは! ルカの名前はルカです!」

「はい、こんにちはルカちゃんね。私はマーサよ。さあ、こちらの席に座ってくださいな」


 席に案内してもらい、ルカと横並びに座る。普通は対面に座るものなんだろうけど、ルカはまだ僕と少しでも離れると不安になるようで、少しでも身体を接していると安心するみたいだ。これも自分が売られたり捨てられる事はないと、安心できるようになれば、マシになってくると思う。それまでは好きにさせようと思っている。


「あら、もう来ていたのね」

「あっ、セレネさん、お先です」


 席に座って直ぐにセレネさんがレストランに入って来た。


 マーサさんが注文を取りに来た。


「何か飲むかい?」

「私はエールを、シグ君とルカちゃんは果実水でいいわよね」


 何を頼んでいいのか分からない僕は、全部セレネさんにお任せする事にした。


「ここの名物は、ダッシュバッファローのバッファローシチューよ」

「じゃあ僕等はそれをお願いします」

「それじゃあバッファローシチューを三つお願いね」

「はいよ!」




 運ばれて来たシチューにルカは大喜びで、パンと一緒に貪るように夢中で食べている。


「美味しいかい?」

「……ハグッ、ハグッ……っく、美味しーい! シグお兄ちゃん! 凄ーい、美味しいよ!」

「良かったね。慌てないでゆっくり食べていいんだからね」

「フフッ、本当に仲が良いわね」


 セレネさんがルカを微笑んで見ている。

 最初セレネさんは、他種族のルカを本当の妹か子供のように可愛がる僕を珍しいものを見るように見ていたと言っていた。


 雑多な種族が暮らすバルディア王国でも、人族の選民思想がない訳ではないらしく、エルフのセレネさんに対しても態度を変えず、獣人族の幼女を引き取るだけじゃなく、妹として扱っている事に衝撃を受けたらしい。

 僕とすれば、龍やスパルトイと暮らしていたんだし、人族かどうかなんて考えた事もなかっただけなんだけどね。




 美味しいシチューに大満足のルカは、お腹がいっぱいになって、今度は眠くなったのか、うつらうつらし始めたので、明日役所に案内してもらう約束をセレネさんとすると、ルカを抱っこして部屋に戻り、何時ものように、一つのベッドで眠った。


 翌朝、何時ものように僕にしがみついて眠るルカを起こして顔を洗わせる。


「朝ご飯食べに行こうか」

「うん! ルカ、朝ごはん食べる!」


 嬉しそうに言うルカは、やっと小さな子供らしくふっくらとしてきた。

 ルカの暮らしていた集落は、他の獣人族の集落と同じように、兎人族が集まって出来た小さな集落だったようで、当然の事ながら食料事情はよくなかった。一日に一度食べれれば良い方で、出会った頃のルカが痩せ細っていたのも当たり前だったんだろう。


 一階のレストランで朝食を食べていると、セレネさんが降りてきた。


「おはようシグ君、ルカちゃん」

「おはようございますセレネさん」

「おはようございますお姉ちゃん!」


 ルカが僕の真似をして朝の挨拶をする。


「今日は役所以外はどうするの?」

「認識証を受け取ったらパルミナへ向けて出発しようと思ってます」

「……そう」


 何故かセレネさんの返事に間がある。どうかしたのかな?


「ねえシグ君、シグ君について行っちゃダメかな? 命の恩人に、まだ何も返してないもの。それにハンター協会の件で、私もこの街に居づらくなったから……」


 セレネさんからの申し出にビックリする。


「お姉ちゃんも一緒に来るのー?」

「ダメかな、ルカちゃん」

「ううん、いいよー!」


 僕が呆然としている間に、ルカが許可を出している。

 まぁセレネさんはアグニ達を見ているし、ルカも触れ合う人間が僕だけっていうのは不健全だと思うし……美人だしなセレネさん。


 セレネさんは、とても美人だと思う。母さまは優しさ溢れる美人だったけど、それとはまた違うタイプの美人だ。明るい金髪を腰まで伸ばし、翠の瞳は森の住人と呼ばれるエルフのセレネさんによく似合う。セレネさんが美しいのが、エルフという種族だからなのか、他のエルフをちゃんと見た事がないから分からないけど。そしてセレネさんは巨乳だ。セレネさんと話していると、目のやり場に困る事も多いんだ。僕が身近に接したのは、母さまくらいしか居ないからな。


「恩とかは気にしないでください。僕も誰彼なしに人助けする訳じゃありませんし、セレネさんを助けたのもたまたまですから。それでも同行を希望するなら、僕は歓迎しますよ」

「ありがとうシグ君!」


 甘いかな? あとでヴァルナに叱られそうだけど、念話で何も言ってこないから大丈夫だよね。



 ルカと手を繋ぎセレネさんの案内で役所へと向かう。

 僕とルカが手に入れようとしている認識証の種類は、自由民としての身分証。奴隷以外、市民以外の身分で、行動の自由を認められる代わりに、街の出入りには税金が発生する。ハンター協会の会員、所謂ハンターとなれば、街へと入る際の税金は発生しないが、報酬の一定額を手数料として天引きされる。

 まあ、僕はハンターになる気はないから自由民でいいや。




 役所での手続きは、やけにアッサリと終わった。銀貨が二枚必要だっただけだ。


「簡単に手に入るんですね」


 首から紐で吊るしたドッグタグのような認識証には、僕の名前と種族のみが記されていた。これはこの国が発行した自由民の認識証だけど、他の国でも身分証明証として使えるらしい。まぁ、街の出入りに税金を払うのは変わらない。税金を取る側の事務仕事の削減の為に大陸間で共通になっているのだとか。


「自由民だからよ。私のを見て……ハンターランクと登録した支部が刻まれているでしょう」


 セレネが首から自らの認識証を取り出し見せてくれた。


「確かに、Aランクハンターなんですね」

「まぁ、Aランクと言っても、シグ君達に助けられる程度なのよ。ハンターの仕事も色々あるから。それと認識証には記されないけど、ハンターとして登録する際には神印も協会で情報として共有するの」

「へぇー……」


 それを聞いて、僕は絶対ハンターにはなれないと決定した。どう考えても土蜘蛛やウロボロスの神印が知られる訳にはいかない。


「それでシグ君、直ぐに出発するの?」

「食料や調味料と、ルカに外套を買ってあげたいかな」

「うん、野営するにも外套はあった方がいいわね。よし、私がお店を案内するわ」

「それは助かります」

「ルカもお買い物するー!」


 僕は、買い物自体に慣れていないから、セレネさんのサポートがとても助かる。ルカの暮らしていた集落では物々交換が基本だったので、買い物自体が楽しくて仕方がないみたいだ。


(坊、このエルフ雑用係に便利じゃねぇか?)

(そうですね。シグ様に色目を使うのは許せませんが、世間知らずのシグ様のお役には立てると思います)

(主人よ、男たるもの女子の一人や二人囲うものだぞ)

(インドラ、便利って悪いよ。ヴァルナは何気にキツイし、アグニもそんなんじゃないから)


 念話でもアグニ達からセレネさんの同行に好意的? な意見が目立つ。

 イグニートは高い知性と深い知識を持つが、古龍故に人の社会については詳しくはない。アグニ達も龍だった頃の様々な知識と記憶があるが、やっぱり人の社会や常識には疎い。そんな僕にはセレネさんという存在は貴重だと言えるだろう。


 ルカを真ん中に両端に僕とセレネさんが手を繋いで街のお店をまわる。


 僕の服や下着は龍の墓場で暮らしていた頃に大量に作っていたから、買い物はルカの物中心に探していく。


「シグお兄ちゃん、これルカに似合う?」

「うん、凄く可愛いよ」

「えヘヘへぇー」


 小さい也に褒められると照れるのか、クネクネしているルカに、セレネさんの目尻も下がっている。

 盗賊狩りでお金の心配もないので、大量に服を買おうとすると、セレネさんに止められる。


「シグ君、ルカちゃんの年頃は直ぐに大きくなって着れなくなるから」

「ああ、そう言えばそうだね」


 そんな事も言われないと気が付かない僕ってどうかと思う。龍の墓場では服は簡単にイグニートが創ってくれたから、その辺の感覚が疎い。


 日用品や食料など色々と買い物をして、お昼前に宿に戻り、出発の準備をして街を後にする。

 今度こそ目指すは、港町パルミナ。海を見るのが今から楽しみだ。


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