第12話 シグフリート兄になる

 ゴトゴトゴトと街道を行く馬車の車輪が、深い轍を踏む音が聞こえる。

 魔物の毛皮の上に寝かされた小さな女の子の瞼がピクピクと動き、ゆっくりと開かれた。


 大きな翠のつぶらな瞳が不思議そうに、僕を見上げている。


「……お兄ちゃんは誰?」

「僕の名前はシグフリート。君の名前を教えてくれる?」

「……わたし? わたしルカ」

「ルカちゃんか。喉乾かない? お水飲もうか」


 頷いたルカちゃんの身体をゆっくりと起こし、水筒から水を飲ませる。


「慌てないで、ゆっくりでいいからね」

「んぐっ、んぐっ、んぐっ……プハァ」


 余程喉が渇いていたのか、夢中で水を飲むルカちゃん。やっと落ち着いてきたのか、その時になって初めてヴァルナとアグニが居るのに気が付いたようで、ビクリと身体を硬直させる。


「怖がらなくても大丈夫だよ。見た目は骸骨だけど、僕が召喚した仲間だからね」


 ヘルムのバイザーを開けていたアグニとヴァルナの骸骨の顔が見えていたから怖かったんだろう。


「童よ、怖がる事はないぞ」

「そうよ、貴女を怖いめになんてあわせないわよ」

「そうだぞ嬢ちゃん! 俺達が居れば何も怖くないからな!」


 アグニとヴァルナが出来るだけ優しく話しかけ、馭者座のインドラが大きな声で話しかける。


「右から赤い縁取りの鎧がアグニ、青い縁取りの鎧がヴァルナ、黄色い縁取りの鎧がインドラだよ」

「よろしくな童よ」

「よろしくねルカちゃん」

「よろしくな」

「……ルカはルカです……よろしくです」


 僕は、痩せ細ったルカちゃんでも食べれそうな物をと、ペルディーダの街で買った果物を収納空間から取り出し食べさせる。

 ルカちゃんは、その痩せ細った身体を見ても、あまり食べさせて貰ってなかったのか、僕が果物を手渡すと夢中になってかぶりついている。


 お腹が膨れて落ち着いた所で、少しずつ聞きだして分かった事は、やはりルカちゃんは実の父親に売られたらしい。母親は泣いて反対したそうだけど、族長だった父親は、立場的に忌子を集落へは残しておけないと奴隷商へと売ったそうだ。


「ルカは忌子なの。だからお家にいたら迷惑かけるの……」

「そんな事ないよ。忌子なんて迷信なんだ。それに僕は人族だから獣人族の仕来りなんて関係ないからね」

「迷信?」

「分からないか……ルカちゃんは要らない子じゃないって事だよ」

「……本当に? ルカは要らない子じゃないの?」

「ああ、本当だよ」


 ルカちゃんの頭を撫でながら、さてこの後どうしようか考える。

 勢いで助けたものの、今更父親や母親が居る集落には戻せない。他の獣人族の集落も、属性の神印に対する意識は変わらないだろうからダメだ。人の街の孤児院の様子も知らないからな。こういう時、森の中で人外としか接する事なく暮らしていた弊害が出て来る。


「……ルカまた売られるの?」

「あ、ああ、そんな事ないよ。大丈夫だからね」


 まずい、僕が考え込んでいたらルカちゃんが不安そうに聞いてきた。

 うん、よし、決めた。最初から選択肢なんてなかったんだ。僕の気持ち一つじゃないか。


「ルカちゃん。僕の妹になるかい?」

「ルカにお兄ちゃんが出来るの? ルカ、お兄ちゃんの妹になれるの?」

「うん、ルカちゃんが良ければ、僕と家族になろうか」

「うん! ルカ、お兄ちゃんの妹になる! お兄ちゃんと家族になるの!」


 パァっとルカちゃんが笑顔になった。


「お兄ちゃん、ルカって呼んで良いよ」

「分かった。ルカだね」

「うん! エヘヘへッ」


 ルカが僕の膝の上に乗ってくる。僕はそのあまりの軽さに驚く。ルカを抱きしめていると、ふと気がつくとグリグリと僕の胸に頭を擦り付けていたルカが、急に大人しくなったので不思議に思い覗き込むと、可愛い寝息が聞こえてきた。


「……スゥ、スゥ」

「あれ? 寝ちゃたか」


 僕の膝の上に乗って、抱きついていたかと思ったら直ぐに寝息を立てていた。


「身体の欠損を治したので、体力の消耗が激しいのでしょう。次の街で暫くゆっくりした方がいいかもしれませんね」

「ルカ嬢と一緒に居る事は、主人にも良い影響があると思うぞ。庇護すべき対象が居るという事は、主人の精神的な安定に繋がると某は思うぞ」


 母さまと死別した僕に、イグニートやアグニ達が居た様に、ルカにも無条件で愛情を注いでくれると信じられる相手が必要だろう。そしてそれは僕にも当て嵌まる。護るべき存在が出来る事は、アグニが言う様に僕の心を豊かにしてくれると思う。


「主人は御母堂様の仇討ちが一つの目標であろう。だが怨みだけで生きて行くのは歪みの元だ」

「坊には、俺達みたいなアンデッドだけじゃない家族や仲間が必要だと思うぜ」

「そうだね。僕の家族って、古龍とスパルトイだけって流石に人としてまずいか」


 僕の目標は、何がなくとも母さまを経験値として毒殺したボーナム男爵家の親子を殺すこと。だけど、相手は大陸最大の領土を誇る帝国の貴族。暗殺やボーナム男爵家だけを襲撃するならどうとでもなりそうだけど、その後帝国に狙われ続けるのは避けたい。それは母さまが望んだ幸せな暮らしとは違うから。


「種族や神印で差別されない世界になればいいのにな」

「神印で一喜一憂するなんて馬鹿げているぜ。どの神印も神からの#祝福__ギフト__#なんだからな。優劣や上も下もないんだよ」


 僕の呟いた独り言を聞いて、インドラが神印で差別をする愚かな人族に怒っている。

 龍は属性を持つが神印は持たない。それは龍が限りなく神に近い亜神と呼ばれる存在だから。そんな龍からすれば、神印に一喜一憂する人間の小さな事か。


「主人よ。この大陸を平らげようではないか。我等は主人の矛となり盾となろうぞ」

「話が極端だよアグニ。父親だったボーナム男爵と元兄はブチ殺すけど、関係ない人まで相手しないよ。仇さえ討てれば、あとはのんびりと暮らしたいかな」

「主人、無理だと思うぞ」

「ええ、無理だと思うわよシグ様」

「そうだぜ坊よ。土蜘蛛とウロボロス、規格外の神印を二つも授かった坊が、平凡な一生なんて望むほうが間違っている。例え望んだとしても叶う訳がない」


 三人が揃って僕の望みを否定する。


「……酷いな、三人共否定しなくても」

「坊に何かあれば、大陸を丸ごと更地にしそうな過保護な爺様が居るんだ。普通なんて無理だろう」

「いや、イグニートだって、そんな無茶は……しそうで怖いな」

「だろ」


 インドラに言い返せない。確かにイグニートならやりかねないし、簡単に実行できる力もある。


「そうならないように、シグ様が大陸を統一して、人族の価値観ごとぶっ壊すんですよ」

「……考えてみます」


 そんな話をしていると、前方にカペラの街が見えて来た。

 盗賊を狩ってお金に余裕もあるし、ルカの体力が回復するまで、ゆっくりとしようと決めた。



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