第8話 初めての街

 やっとたどり着いた街を前に、僕は少し落ち込んでいた。冷静さに欠けていた、反省しなきゃダメだな。少し頭に血がのぼっていた。

 結局、あれから盗賊の気配を探し、わざわざ寄り道してまで盗賊狩り、山賊狩りを続けていたので、バルディア王国の国境の街に辿り着くまで二ヶ月も掛かった。

 だいたい盗賊や山賊の類が多過ぎるのが悪いんだ。


「主人、我等はさすがに人の街には入れんだろう。目立ち過ぎる」

「そうだね。じゃあ送喚するね」


 アグニ達は、通常のスケルトンを召喚したのとは違う。通常、サモンスケルトンで呼び出したスケルトンは、術者の魔力を核にしている為、送還すれば魔素となって消える。核となる魔石も魔素へと戻り、もう一度召喚したとしても同じ個体という概念はない。それに対してアグニ達は、龍の魔石をコアとして龍の牙や骨を身体に誕生した個体なので、送還とは言っても、僕の魔力空間で待機しているだけだ。


 アグニ達が黒い霧となり僕の身体に吸い込まれて消える。






「さて、先ずは街に入ってからだな」


 一人になって歩き出した僕の目の前に近付いて来た街は、戦争中の二ヶ国との国境の街だという事で、高い城壁に囲まれた城塞都市だった。


 距離はあるとはいえ、龍の墓場のある北側の門から入るのはさすがに不味いだろうと、闇属性魔法で気配と姿を消して東側の門を目指す。


 北側の門は締め切られて、門の外には誰も人が居なかったが、東側の門には人の出入りがそれなりにあった。この街で一番多くの人が出入りするのは国の中心部方向の南門だろうが、東側はカラル王国へと繋がる街道なので、それなりの交通量があるのだろう。


 東側の門からは、何故かまともなチェックもなしに街へと入る事が出来た。

 一応、門の出入りを監視する衛兵は居たが、街に入る際の税金を払うだけだった。

 僕の格好が戦士風だから、傭兵かなにかと思ってくれたのかもしれない。

 因みに、龍牙剣のバスタードソードは収納空間に入れてあるので、左腰に龍爪剣のショートソードを佩いているだけだ。さらにイグニート特製の革鎧も、見る人が見ると神話級の革鎧だとバレかねないので、地味な濃いカーキ色のフード付きのローブを羽織っていた。

 このローブも実はとんでもないシロモノなんだけど、流石にそれを看破する目利きはいないと思う。


 この街の名前はペルディーダ、バルディア王国の北西の国境を護る城塞都市。


 ボーナム家の屋敷には居なかったので、僕はまだ会った事はないけど、この世界には人族以外にも、エルフやドワーフといった長寿種族や獣人族と呼ばれる、動物の特徴を持つ種族も居るとイグニートから教えて貰った。

 この獣人族と呼ばれる種族は、何故か獅子の獣人は獅子の神印を、狼の獣人は狼の神印と、己のルーツの神印を授かる事が多いらしい。極稀に属性の神印を授かる獣人も居るという。

 逆にエルフは風と水の属性の神印を、ドワーフは、火と土の属性の神印を授かる事が多く、人族や獣人族では希少なダブルが珍しくないと教えてもらった。

 身体能力、魔法制御能力共に平均的だが、大陸でも数だけは最も多い、能力的に凡庸なる人族だけど、六属性の神印とそれ以外の全ての神印を授かる可能性を持つ。この事が原因で、間違った人族至上主義を唱える愚かな者が多いとイグニートは言っていた。

 獣人族が属性の神印を授かって生まれたり、エルフでも火の属性を授かって生まれる事もあるし、ドワーフが水の属性を授かる事もある。ただ数としては極端に少ないだけの話だ。神印一つで一喜一憂し、驕り、又は蔑む。愚かな行為だとイグニートは教えてくれた。




 街に入った僕は、衛兵にお勧めの宿屋を紹介して貰い、比較的安価な宿にチェックインすると、その日は早々にベッドで眠った。高級な宿でもなかったので、たいして寝心地の良いベッドでもなかったけど、久しぶりの……いや、初めてのちゃんとしたベッドだったので、それだけで満足だった。




 次の日から僕は、当初の目的である情報収集に努めた。

 これはイグニートからそうした方が良いと教えて貰った事だけど、何をするにしても情報は大事なんだとか。それを古龍から教わるるというのは微妙な気分だけど。


 バルディア王国には人族以外も多く暮らしているが、それも他の国よりもだいぶマシという程度で、種族間の差別意識がない訳ではなく。貴族や富裕層になる程、人族以外を亜人と蔑む者が多くなるらしい。貴族の中にも種族の違いで差別などしない者もいるらしいが、少数派なのは間違いない。

 それを裏付けるように、このペルディーダの街でも貧民街だと思われる区画ほど獣人族が多く暮らしていた。


 情報収集の合間に、市場調査も行なった。

 今僕が着ている服や下着、革鎧の上に羽織っているローブは自作した物に、イグニートが付与魔法で強化してくれた物だけど、市場に売られている物の値段やレベルを調べておく必要があった。


「デザインはともかく、買う必要性を感じないな」


 結果、手持ちの服や下着が如何に高性能なのかが確認出来た。

 あと服はボロボロの古着も普通に売られている。これは生地として買っているみたいだ。自分達で直して着るのが普通らしい。

 うん、必要ないな。今なら僕でも簡単な創造魔法で服や下着は創れるからね。




 街の大通りには沢山の屋台が並び、様々な食べ物が売られていた。

 母さまが死んでからの貧しい食事と、森の中でのサバイバルな食事の経験しかない僕にとって、屋台から漂ってくる複雑な匂いにワクワクして、大量に買い込んでしまった。


「おっ、お兄ちゃん豪快に買うね。俺の店のも買ってくれよ」

「じゃあ、おっちゃん、その串焼き十本ください」

「毎度ありぃ!」


 食べきれなかった物は、コッソリと魔法で収納したから、これからは食べたい時に食べられる。

 皮肉な話だけど、盗賊狩りや山賊狩りをしたお陰で、盗賊達の手持ちのお金や、アジトに貯め込んだお金なんかが、僕のダークホールの中に一杯入っている。何台も屋台ごと買えるくらいだ。





(坊、つけられているぞ)

(うん、三人だね。路地裏で待ち伏せするよ)


 屋台で買い食いをした後、宿屋へと移動していると、僕の魔力空間に居るインドラが、僕のあとをつける人間を察知して警告してくれた。その気配は僕も気が付いていて、思わず溜息を吐きたくなる。


 僕は路地裏に誘導すると、罠をはって待ち受ける。


「ヘヘヘッ、わざわざ人気のない場所に行くバカが居るぜ」

「へへッ、オラッガキ! 死にたくなけりゃ金目のものを全部差し出せ!」

「逃げれると思うなよ!」


 路地裏で待ち受けていた僕の前に現れたのは、汚れた革鎧に身を包んだ三人の男達だった。こいつらは、この街に来るまでに散々狩った盗賊と何ら変わらない。


「逃げられないのはお前達だよ」

「なんだとこのガキ!」

「やっちまうぞ! こら!」


 怖がりもせずウンザリとした僕の態度が癇に障ったのか、頭の悪い奴等は僕に襲い掛かろうとした男達だけど、それが叶う事はない。


「っ!? うっ! 身体が動かない!」

「「なっ!」」


 土蜘蛛の力は、待ち伏せに絶大な効果を発揮する。既に三人の男達は、蜘蛛の巣の様に張り巡らせた魔力の糸に絡めとられて身動きが出来なかった。蜘蛛の巣にかかった三匹の蛾と同じだ。


「お前達みたいなのが、行く行くは盗賊や山賊になるんだな……いや、既に手を染めてるのかもしれないな」


 怯える男達へとゆっくりと歩いて近付いていく。


「他の人に迷惑かからないようにした方がいいかな」


 身体が動かせない男達に近付き、左手を頭に当てる。そして僕は、ウロボロスの破壊の力を解放する。




 僕が去った路地裏には、記憶を破壊され子供のようになった男達が残されていた。


 そして僕は、盗賊に襲われ精神が壊れた女の人達を思い出していた。この力がもっと強ければ、もっと上手く使えれば、あの女の人達に安楽死以外の選択肢もとれたかもしれないのに……ダメだな、精神を破壊するのは簡単だけど、創造するのは難し過ぎる。でも諦めたらそこで終わりだ。何時かはきっと……






 一人宿屋へと帰る道すがら、今後の予定を考える。


「この街だけじゃ、この国を判断出来ないかな。……そうだ、イグニートがバルディア王国には海があるって言ってたな」


 地下室で幼少期を過ごし、その後15歳まで龍の墓場で過ごした僕は、どんな景色も新鮮に感じる。特にイグニートから聞いた海は見てみたいと思っていた。


「色々見てみよう。母さまの分まで自由に生きると決めたんだから」


 母さまにとって唯一の家族が僕だったんだろうな。僕にもいつか信頼できる家族や仲間が出来るといいな。




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