甘えたがりのすれ違い 前編

 クラウには2人の弟がいる。


 1人目は2つ下のキース。

 厳しい家訓に反発して遊び呆け、両親を困らせているカークライト家次男。周囲からの評価はともかく、自分にとっては可愛い弟に違いはない。


 2人目は6つ下のカリムである。

 クラウ、キースとは年が離れていることと。母親に似た、男にしてはかわいらしい容姿から両親、どころか親戚も含めて可愛がられた末っ子だ。

 小さい頃から、父上、兄上のように軍人なります! と語り、クラウの後をついてあるいては真似をする、兄としては理想ともいえる弟である。


 そんな可愛い弟であるがために、可愛がりすぎた所はある。そのために、よその末っ子と同じく少々わがままに育ってしまった自覚はあった。それでも許容できる範囲だろう。そう身内に甘いクラウは思っていたのだ。


 そんなカリムはいま、実家にはいない。本来であれば実家から学校に通う年齢であるが、カリムの場合は同世代と事情が違った。

 異種双子トゥインズ。そう呼ばれる、特別な存在。

 国をあげて保護される彼らは、創造神ルディヴィア様が人間の始祖様セグレーチェ様に残した恩恵とも言われている。

 そういった貴重な存在であるがために、異種双子は10歳になると国が運営する学校に入学する事が義務付けられていた。

 全寮制の学校は長期休み、よほどの理由がないと帰省は許されず、関係者以外の立ち入りも禁止。身内であるクラウや両親ですら。代々国に仕えた軍家系である。ということを踏まえても、おいそれと出向くことは出来ない特殊な場所。

 そこにカリムはこの春、親元を離れて一人入学したのだ。


 両親もクラウもカリムを溺愛していたために、月に一度は手紙で近況を報告するようにとカリムと約束した。カリムも真面目で律儀な性格。周囲からブラコン。そう評されるほどのお兄ちゃん子だ。月に一度。その約束を破ることはないだろう。そうクラウは思っていたが、数か月たった今予想外のことが起きていた。


 手紙が思った以上の頻度で届くのである。

 月に一度でいい。そういっていたのに、月に二、三通。それどころか毎週のように届くこともある。

 最初のころは親元を離れて初めての共同生活。寂しいのだろう。と微笑ましくクラウは読んでいたが、それが数か月と続くと不安になってきた。

 しかも内容のほとんどが、片割への愚痴で埋め尽くされているのだから初めて届いたとき、クラウと両親は目を丸くした。


 異種双子というのは仲がいい。そう言われている。

 生まれた瞬間から決まっている運命の相手。兄弟、友人、恋人といきつく関係は様々だが、強い絆で結ばれているというのが一般的だ。

 しかしながらカリムと片割の関係はそうではなかった。手紙によるところ、出会った瞬間に嫌いだ。殺したい。そう思ったそうだ。

 家にいたときのカリムからは想像が出来ない感情に、クラウも両親も驚いた。カリムは同世代よりも背伸びしたがる傾向はあったが、根っこは優しい子だ。理由もなく人を非難したり、嫌ったり。ましてや殺したいなんて過激なことを言うような子ではなかった。


 一体カリムに何があったんだろう。そう両親とクラウはかなり動揺した。

 キースだけはいい子ちゃんが本性現した。と笑っていたので、とりあえず脳天に手刀を叩きこんでおいた。


 動揺もあって、その時はとりあえずもう少し様子を見よう。そうクラウたちの家族会議は終了したのだが、それからもカリムの不満が詰まった手紙は何通も届いた。両親はそれを読むたびに、連れ戻した方がいいのだろうか。様子を見に行った方がいいのだろうか。と不安そうな顔をしていたが、クラウはだんだんと違和感を覚え始めた。


 カリムの手紙の内容はほとんどが嫌いだという片割についてである。片割が今日何をしていただとか、こんなことを言っただとか。そうした日々の小さなことが細かに書かれているのだが、そもそも嫌いな相手のことをここまで見ているものだろうか。そうクラウは不思議に思った。

 寮は同室、同じ教室で授業を受けているのだから目に入るのは当然。しかしながら、それだけとは思えない、どう考えてもカリムが片割を見ている。そう分かる内容が書かれており、クラウは首を傾げた。


 相性がそこまで悪いなら、部屋を変えてもらったらどうだ? と返事を返したこともあるが、カリムからの返事は煮え切らないものだった。

 いわく、私が相手をしてやらないと誰もアイツの相手をしないので可哀想だ。とのこと。

 しかし手紙を見る限りカリムの片割は友人が多いようであった。同世代よりも年上と過ごすことが多いために友人が少ないカリムより、よほど上手く共同生活を送っている。そう分かるエピソードがいくつも書かれている。


 かしこいカリムがそれに気づかないはずはないのに。とクラウはますます不思議に思った。

 手紙だけでは分からない複雑な感情がカリムの中に生まれている。そのことを理解したクラウは、様子を見に行こうと決めた。


 本来であれば身内であっても簡単に面会は許されない。身内であるという立場を利用して、他の異種双子や、特定の種族にコンタクトをとろうとするものがいるからだ。そうした本人たちには関係ない大人の事情は、子どもたちの関係に悪影響をあたえる場合がある。そういった事情から異種双子を集めた学校、アメルディ学院では訪問者を厳しく審査していた。

 クラウもその事情を把握していたために、面会申請が通るとは思っていなかった。ただ、少しぐらいは様子を聞けるかもしれない。そんな淡い期待の元の行動だったのだが、意外なことにあっさりと申請は通った。


 最初はカークライト家に気を使ったのか。そうクラウは思った。

 カークライトは代々王家に仕え、優秀な軍人を排出し続けた家系である。現在の軍でも中核を担っており、クラウ自身も軍学校に在学し優秀な成績を収めている。

 人間社会においては無視できない貴族出身ではあるが、子供の家柄や種族差は一切考慮せず、誰であろうと平等に教育する。それを思念として掲げる学校の対応としてはいかがなものか。そう密かにクラウは落胆した。


 そんなクラウの落胆は、実際に学校に来ると一瞬で消えた。

 クラウを案内してくれた職員は、クラウの顔をみると同時にこう告げたのである。カリム君の様子を見に来たのでしょう? と。

 学校側はカリムと片割の不仲を認識しており、カリムが定期的に実家に手紙を送っていることも知っていた。手紙の内容までは把握していないとのことだったが、日頃のカリムと片割の対立を見る限り、一切話題にあがらないということはないだろう。おそらく実家はカリムと片割の不和を把握している。

 そう判断した学院は、クラウの面会したいという申請を受け入れたのだという。学校側としても、2人の関係が悪化の一途をたどるのであれば例外的処置もとらなければいけなくなる。それならば事前に家族と相談しておいた方がよい。それが学院側の考えであった。


 それを聞いたクラウは自分の浅はかさを恥ずかしくなった。貴族のことなど最初から学院側は考えておらず、ただカリムと家族の心配をしていたのである。それに気づかなかった自分は何てひねくれた考えをしていたのか。そう反省すると共に、末っ子が通う学校の信用のおける場所だと分かって安心もした。


 さらに詳しい話を聞くと、カリムと片割の関係はクラウが思っていた以上に深刻なようだった。そもそも異種双子は仲がいいのが一般的。仲が悪い組み合わせの対応など教職員もはじめてで、どう対応すればいいのか手探り状態だというのだ。

 兄の話だったら聞くかもしれないので、カリムを説得してほしい。そう職員には言われたが、クラウとしてカリムよりも片割の方が気になった。


 少し話をさせてくれないかと聞くと、職員は少し考えてから連れてきます。そういってクラウをあとある部屋へと案内してくれた。

 時たま学校に保護者が訪れた時などに使われる面会室。そこクラウを案内すると、職員は少々お待ちください。という言葉と共に姿を消した。


 それほど広くない部屋にはテーブルとイスといった最低限の物しか置かれていなかった。定期的に掃除はされているようだが殺風景。日頃使われる機会が少ないのだろう。そう察しながら、クラウはとりあえず椅子に座る。


 一体どんな子が現れるのだろう。

 クラウはカリムの片割である少年のことを考えた。


 名前はラルス。種族はワーウルフ。黒髪で目つきが悪く、歯をむき出しにして唸る。他の者と話すときは愛想よく振舞っているが、カリムを見る時だけ顔をしかめる失礼な奴。

 それがカリムの手紙にかかれたラルスという少年だ。

 ここだけ見るとカリムと相性が悪いというのも納得な気がするが、手紙というのは書いた人間の主観が大きい。カリムらしからぬ荒れた字で書かれた手紙が多かったことを踏まえても、カリムは冷静ではなく感情のままに手紙を書いたのだとクラウは思っている。

 まだカリムは10歳。親元を離れて同世代と初めての共同生活。いくら落ち着いた賢い子といっても限界がある。カリムの手紙をそのままラルスへの印象とするのは危険な気がした。

 会って話して、ラルスという少年の人物像をハッキリさせなければ。そうクラウが考えをまとめると、控えめなノック音が部屋に響いた。


「ここに来るように言われたんだけど……」


 ドアが少しだけ開かれて、戸惑った様子の子供が顔を出した。警戒しているのか顔が見える程度にドアを開いて、こちらの様子をうかがっている。野生動物のような行動を見て、クラウは確信した。


「君がラルス君かい?」


 話かけると戸惑った様子で少年――ラルスは頷いた。

 たしかにカリムの手紙に書いてあった通りの黒髪で目つきは悪めだ。しかしながらまだ10歳の子供ということもあって、クラウには愛嬌のある顔立ちに思えた。どうしようかと困った様子で眉を下げる姿は年齢よりも幼く見える。

 カリムも6歳くらいの時はこんなだったなあ。とクラウは懐かしく思う。

 父やクラウの真似をして大人びた態度をとるようになったのは、7歳くらいの時。精一杯背伸びをして大人らしく振舞おうとする姿は大人やクラウからすると可愛らしく思えたが、同世代には偉そう。そう思われていたようだった。

 特にキースは「可愛げのねえガキ」とカリムにいっては喧嘩していた。

 クラウからすると理解できない感覚だが、こうして年相応の反応を見せる子供を見ると、なるほど。と納得する部分はある。


「初めまして。私はクラウ。カリムの兄なんだ」


 立ち上がってラルスへと近づき、目線をあわせてほほ笑みかける。警戒心を解くための行動だったが、「カリムの兄」という言葉を聞いた瞬間にラルスが顔をしかめた。

 先ほどまでの戸惑った幼い表情が引き締められ、警戒をあらわクラウをにらみつける。その姿に思った以上に自分の弟が嫌われているのだと知り、クラウは悲しくなった。

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