第415話 閑話・北の修道院にて 後編

 寒い。

 暗い。

 狭い。

 私はどうしてこんなところにいるのだろう。

 

 わかっている。

 私が嘘の噂を流したからだ。

 だからあの子は階段から突き落とされた。

 だから食堂で一人だけ粗末な食事を出された。

 悪い家の子だから付き合うなって言われて、あの子はひとりぼっちになった。

 私が嘘の噂を流したから。

 ここは狭い。

 そして寒い。

 担当の修道女と一言二言話すだけの毎日。

 寂しくて心細くて。

 助けにきてくれる人もいない。

 あの子もそんな日々を過ごしていたんだろうか。


「・・・ごめんなさい・・・」


 なんてことをしてしまったんだろう。

 なんて目に合わせてしまったんだろう。

 人は噂で殺せると聞いたことがあるけれど、まさか本当にこんなことになるなんて思ってもいなかった。

 取返しのつかないことをしてしまった。

 もう会うこともないから、謝ることもできない。

 私に出来るのは泣く以外にはマフラーを編むだけ。


 毛糸の色が増えて自分で配色を決められるようになった。

 このマフラーは売って修道院の収益になるという。

 私は家族を思って編んだ。

 両親や兄、友人に合う色や模様。

 そうやって何本編んだか数えるのを止めて、ある日部屋の扉が開いて外に出るよう言われた。



「しっかりと反省と贖罪が出来たようですね」

「いえ、まだ・・・」

「あなたのマフラーにはまっすぐな心持ちが現れています。もういいでしょう。明日から令嬢教育に移ります」


 院長様がそういうと数名の侍女が現れて、私を浴室に連れて行った。

 そして磨かれた。

 家を出てから毎朝配られる水で体を拭くくらいしかしていなかったから、恥ずかしいくらいに汚れている。

 ピカピカになった私は再び院長室に連れていかれた。


「気持ちが良いでしょう。衣食足りて礼節を知ると言いますからね」

「あの、私は・・・」

「反省した人をいつまでも独房に閉じ込めていても意味がありません。あなたは自分の罪を認めた。きちんと向き合った。次は立派な貴族婦人になるために努力しなさい」


 私は、許されたのかしら。

 まだあの子に謝っていない。


「謝罪は必要ないとダルヴィマール侯爵家から聞いています。それよりもしっかりと勉強して、帝国を支える貴族の一員になって欲しいとのことです。できますか ? 」


 出来るだろうか。

 私みたいなもの知らずの愚か者が、まだ貴族の末席にいてもいいのだろうか。

 許されるなら、もう一度やり直せるなら。

 私は大きく頷いた。



 あれから何年過ぎただろう。

 成人の儀を終えた私は、神職への道を選んだ。

 令嬢教育の中で神と世界の成り立ちを学び、私が救われたように誰かの力になりたいと強く思ったからだ。

 家族は止めたけれど、還俗できる修道女ではだめなのかと泣かれたけれど、私は迷わず剃髪して見習い神官になった。


「お久しぶりですね」


 私を訪ねて神殿に来たのはダルヴィマール女侯爵ルチア姫だ。

 あの時同様、重いベールで顔を隠している。


「驚きました。まさか神官におなりになるなんて」

「自分でも驚いています。けれど、神にお仕えしたいという気持ちがまさっていたんです」

「・・・神、ですか」


 ルチア姫はわからないと言いたげに首をふる。

 二柱で一柱。

 この世を統べる天地あめつちの王のように、夫婦で帝国を支えるという道もあったのですよと言う。


「あの、お嬢様はお元気でいらっしゃいますか」

「ええ。今は宰相府で初の女性文官として頑張っています。冬の視察ではあなたの編んだマフラーを愛用していますよ」


 あの時編んだうちの一本が侯爵家に贈られていたようだ。

 

「きっちりと揃った編み目。ふんわりとした編み上がり。最初の作品から並べてみると、あなたの心の変化が良くわかりました。頑張りましたね」

「・・・恐れ入ります」


 とても暖かくて着け心地もよいから、大切に扱っているのだとルチア姫は言う。

 

「今も編み物は続けているのですか ? 」

「はい。少しでも併設の孤児院の蓄えになればと」


 そう、と言ってルチア姫は数冊の本を机においた。


「これは ? 」

「編み物の教則本です。今まで編み物と言えばマフラーくらいしかなかったでしょう ? これは毛糸で服を作る方法が書いてあります」


 一冊手に取って開いてみる。

 詳細な絵とその作り方。

 今まで見たことのないものばかりだ。


「あなたが覚えて他の方に教えて下さい。北方の方々の冬の助けになるでしょう」


 冬の手袋と言えば魔物の皮で縫った物。

 この本には毛糸で編む方法が書いてある。

 そうだ。

 毛糸の手袋の上に皮の手袋をはめたら、外での作業がどれだけ楽になるだろう。

 そして前合わせではなく被るようなこの服。

 きっと薪の蓄えの少ない家庭で防寒の役に立つだろう。


「・・・あなたとはまたお会いすることもあるでしょう。その日のために、わたくしの顔を覚えておいてください」


 ルチア姫が顔を隠していたベールを上げる。

 そこには忘れようとしても忘れられない美しいかんばせがあった。

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