第398話 末姫さまの思い出語り・その7
王城の一室。
今朝も帝国の重鎮を集めて朝議が行われている。
「以上が王立精華女学院で行われていた事実です」
宰相がこの騒ぎの全容を述べる。
二年前、前宰相スケルシュ伯が突然「一か月後に死ぬので後はよろしく」と言い出し、早朝から深夜まで休む間もなく宰相職を叩き込まれた女帝陛下の皇配だ。
引継ぎはスムースに行われたが、伯爵は本当にぴったり一か月後にこの世を去った。
あまりに鮮やかな退場劇に、重鎮たちは「さすが魔王、引き際も見事なものよ」と最大の賛辞で彼の棺を見送った。
「宰相殿下、事件が起きたのが金曜の昼前。陛下の裁可が下りたのは日曜の夜。あまりに早いお沙汰ではありませんか。証拠や証言はどのように集められたのでしょうか」
「それは、つまり。うーん、
彼女 ?
ご婦人なのか ?
会議室がざわつく。
「そして彼女こそ今回の事件の被害者です」
「被害者は騎士爵の令嬢と伺っておりますが、確か成績は下位で礼儀作法も出来ていないという噂の」
「と、言うことになっておりますが、身分を隠して入学し、女学院の内情を探らせていました」
「それは、十才の、女学院入学時からですか」
「その通りです。そしてここからが問題です。彼女の正体が分かれば、騎士団の中で大問題が発生する可能性があるのです」
宰相の言葉に居並ぶ騎士団長たちは、なぜ女学院の問題に自分たちが関係あるのかと眉をひそめる。
「在校生を娘に持つ騎士は、まず娘を切って返す刀で自ら命を絶つ可能性があります。実際に手を出した生徒たちは修道院に送られていますが、責任を取って一家でということもありうるかと」
「・・・一体どのようなお家筋の令嬢なのですか」
次期宰相にと望まれ、処罰に必要な証拠と証言を集め、その素性で人死にが出るかもしれない女生徒。
そんな令嬢がいただろうか。
「・・・予の姪である」
絶対帝政でありながら、議会の決定を優先するために発言することが少ない女帝陛下の声が響いた。
「我が背の君の姉の・・・末の娘である」
女帝の夫はダルヴィマール侯爵家の出身で、現在の侯爵は養女となった義姉が継いでいる。
それを重鎮たちが思い出すのに十秒ほどかかった。
「・・・まさかルチア姫の ?! 」
「我らの姫の娘御なのですか ?! 」
『大崩壊』から数十年。
若い世代の平民の中には、名前すら知らない者も増えた。
だが騎士養成学校では必ず教えこまれる歴史であり、ルチア姫と『ダルヴィマールの三貴人』の活躍は、帝国貴族男子にとって心躍る物語だ。
さらに騎士団長の中には共に戦った者も残っている。
彼らにとってダルヴィマール女侯爵ルチア姫は、皇帝に次ぐ至高の存在である。
「おのれ、騎士団の女神の愛し子になんということを ! 」
「小娘どもが、この所業許すまじ ! 」
「女学院が廃校となった今、我らの手でその性根をきっちりと叩き直してくれよう ! 」
「お静まりください、騎士団の方々」
怒りのあまり女帝陛下の御前であることを忘れている騎士たちを宰相が止める。
「
皇配殿下は宰相でありながら自らも臣下としての自覚を持ち、重鎮たちに対して一歩下がった態度を取る。
その宰相に頭を下げられれば、さすがの騎士団長たちも引き下がるしかない。
「しかし、王城への出入り禁止とは厳しい沙汰ですな」
「いかなる理由があれど。それがどんな意味を持つのか」
「親の方が倒れるかも知れませぬな」
王城への出入り禁止。
つまり、貴族の令嬢であれば一生に一度の晴れの舞台。
『成人の儀』に参加することが出来ないということだ。
「成人貴族婦人と認められないということですな。婚約者のいる生徒もいたでしょうが、社交の出来ない妻を娶りたいと思う家はないでしょう」
「悲しいことにならなければよいのですが」
婚約解消は当然あるだろう。
そして卒業生で王城勤務をしているものは解雇になる。
依り親の下で侍女として働く予定だった者は採用取り消しになるのは間違いない。
重鎮たちは気の毒にと口を閉ざす。
「なによりも騎士たちに事実を周知徹底させなければ」
「うむ、そして間違っても愚かな行いをせぬように急ぎ通達を出そう」
朝議は終わった。
退出する女帝夫妻を見送った重鎮たちは動き出す。
そして数日後、ダルヴィマール屋敷に末姫の悲鳴が響き渡る。
「なんなのぉっ、これぇぇぇぇっ !! 」
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