第396話 末姫さまの思い出語り・その5 

 もう女学院には通わない。


 そう決めたら心が物凄く軽くなった。

 週末はグレイス公爵邸に出かけたり、学校関係の物を処分したり。

 のんびりと過ごさせてもらった。

 グレイスのおば様は私の話を聞くと「更地にしてくれるわ」と呟いていた。

 どうして母と同じことを。

 そしていつもの穏やかなおば様じゃない暗い目をしている。

 その間も王城は慌ただしく動いていたみたいだけれど、瓦版は週末は休刊なので王都は静かなものだ。


 週明け。

 街で売り出された各瓦版は、例の噂の真実を男爵家の護衛達への取材を元に記事にした。

 男爵家にしてはやけに人数が多いと思ったら、冒険者が数名混じっていた。

 最後まで馬車の傍を離れなかった人たちだ。

 逃げ去って行ったのは安い賃金で雇われたずぶの素人。

 メイドも同じく。

 腕の立つ冒険者は依頼料も高いので仕方なかったのだろう。

 そんなこんなで各社全てが別々の護衛を選んだので、読み比べるために買い求める人や、数社を束にして売る者まで出た。

 もちろんその噂で問題の女生徒が女学院でどんな目にあったのかも。

 それを目撃した王都民の証言もあり、各誌とも女学院に対する厳しい論調になっている。

 だがそれは王都正門近くの城下町で売られていたので、門で孤立した貴族街に届くのはお昼近くになってからだ。

 で、午前中に女学院で何があったのかと言うと・・・。



 王立精華女学院は貴族街寄りの城下町にある。

 平民や貴族街に居を構えられない低位貴族が通いやすいようにだ。

 その講堂に一学年から六学年の全生徒が集められた。

 また教員はもちろん、事務員、庭師、料理人、清掃員など末端の仕事をする職員も。

 彼らは学院に着くと同時に講堂へと誘導されている。

 現在校舎の中には誰もいない状態だ。

 そして彼らの前に現れたのは宗秩そうちつ省総裁と職員たち。


「さて君たちがこうして一同に会しているのは、一つには先週の金曜日に起きたことについて市井からの訴えが多数あったからだ」


 若い頃『錦糸の君』と呼ばれた美貌は、夜明けの色と言われた赤髪に白いものが混じった今も変わらない。

 六十を過ぎたはずのかんばせは四十前後にしか見えず、未だにご婦人を引き付けてやまない。

 引き締まった痩躯は隙を見せることがなく、若くして愛妻を失くした総裁の後妻に入りたいという申し出も少なくない。

 大人の男性を見慣れていない女生徒たちが見惚れてしまっても仕方がない。

 だがそんな美丈夫は少女たちを冷たく見据えた。


「級友を階段から突き落とし怪我をさせたあげく、助けを求める手を振り払い放置した。被害者の生徒が連絡を受けた家の者に連れ帰られるまで、学院の者は誰一人として出てこなかった。彼女は両足を骨折し動くことが出来ずにいる。さて、一体なぜこのようなことになったのか」


 後ろに控えていた職員が、演台の上に書類を乗せる。

 総裁はそれをパラパラとめくり生徒たちを睨み付ける。


「弱きを助け、悪しきを挫く。君たちのしたことはその正反対。高貴なる者の責務を何と心得ているのか」


 だって・・・悪い家の人だって・・・。

 生徒たちの中からザワザワと声があがる。

 総裁はその様子を見て忌々し気に首を振る。


「その生徒によろしくない噂があるのは我々も承知している。そしてその噂の真偽を確かめると、まったくの出鱈目であることが判明した。いや、元になった出来事を改悪して広められたというのが正しい。問題の男爵家にはすみやかに善処するようにと伝えたが、この学院の生徒を中心にまことしやかに広まった」


 問題の男爵家。

 生徒たちはその男爵令嬢を探すが、その姿は講堂内にはない。


「彼女はすでに北の修道院に移送した。己の行いを反省し、貴族の令嬢としての最低限の振舞いが出来るようになるまで俗世には戻って来ない。何年かかるかはわからない。本人の努力しだいだろう」


 総裁はもう一枚の書類を取り上げる。


「この件については上皇ご夫妻ならびに女帝ご夫妻が殊の外お怒りである。よって在校生ならびに四年前までの卒業生に対して、一律に罰を与えよとのことだ」

「お待ち下さい ! 何もしていない生徒もおります ! どうか罰は関わった者だけに ! 」

「それは出来ない」


 何人かの教師が抗議の声をあげるが、総裁は一顧だにしない。


「何もしていない ? それこそが問題だ。困っている者がいるのに何の手助けもしなかった。声もかけなかった。見て見ぬ振りをした。それは噂を肯定したと同じ事。手を出さなかっただけで、間接的に虐めと暴力に加担していたのだよ、この学院の関係者は」

「しかし、この生徒の中には閣下の依子もいるのではないですか ?! その生徒まで罰するとおっしゃるのですか ! 」

「たとえ依子であったとしても手心は加えない。そして『御三家』と呼ばれる我らをあなどってもらっては困る」


 総裁は演台に両手をつき、講堂内を舐めるように睨み付ける。


「この学院に我らの依子はいない。何故ならば、我らは子爵、男爵はもちろん、騎士爵や馬屋番などの使用人まで最低限の教育を義務付けている。費用はもちろん依親である我らが持つ。それが依親の義務であり、そのようにすることで信頼関係が生まれ領民の質も上がるのだ。各領地には学院同様に集い学ぶ場が設けられている。この学院に通う必要などない」


 君たちの依親は何をしているのだろうな。

 それでは、と総裁は続ける。


「先程も申した通り、今回の出来事についていと高き方々がお怒りである。よって全員、如何なる理由があれど王城への出入りを禁止する」

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