第626話


「俺を・・・」


 車内からの九尾の赤児の声に、俺は思考では無く感覚で状況の全てを理解出来た。


「・・・っ」


 そうなれば、俺の選択すべき答えは此の子を殺す事なのだろうが、そう思考を固めてドアの取手を引く。


「あ〜・・・、あ?んんん?」

「・・・」


 俺の方を見上げ、やっとすわり始めた様子の首を傾げる赤児に腕を伸ばすと・・・。


「ああ〜」

「・・・」


 応える様に小さな掌を伸ばし、服の袖を掴んで来る。


「聖跡に芽吹く蒼薔薇の息吹」

「ぅぅぅ・・・」


 詠唱と共に赤児を包み込む蒼き光。

 赤児は慣れたものらしく、拒否反応もみせずに其れを受け入れる様に両腕を広げた。


「・・・っ」

「んんん?う〜う?」


 俺の表情は苦悶といえるものだったのだろう。

 其れに赤児は大丈夫かとでもいう様に、俺の顔を覗き込んで来たのだった。


「仕方ないだろう・・・」

「おおお〜・・・」


 誰に言うでもなく言い訳を漏らした俺に、赤児は気にするなとでも言っているのだろうか、袖を掴んだ腕を振りながら声を上げたのだった。


「あ〜あっ、あ?」

「お前のパパは居ないんだよ」

「うう?」

「・・・」


 どうやら俺が父親では無いという事は理解したらしい赤児だが、自身が捨てられたという事は理解していないらしい。


「『レイナ』・・・、かぁ」

「おお〜」


 揺り籠に刻まれた名を口にすると赤児が反応した事で、レイナという名で捨てられたという事に確信を持った。


(彼奴も覚悟を決めた訳だ・・・)


 頭に過ぎったのは一人の男の顔。

 辿って来た境遇から、覚悟など遠い昔についてはいたのだろうが、目の前の状況が其れを正確に物語っていた。


(ディアに頼むしか無いかぁ・・・)


 当然ながら、この子が人族の社会で生きていく事は、たとえサンクテュエール及び、ディシプルの何方の国王に頼んでも不可能だろうし、モナールカに頼むのは勿論避けたかった。

 ミラーシは何だかんだいってディアを長として受け入れてくれているし、この子の事もディアさえ認めれば受け入れてくれるだろう。


(まぁ、其処が一番難しいかもしれないがなぁ・・・)


 ディアはあれで鋭い奴だし、此の子を見れば素性は直ぐに分かるだろう。


「それでも、其れがお前にとって、一番安全に暮らせる未来だからなぁ・・・」

「おお?」

「あぁ。奴が此の可能性を考えた以上、乗るのが一番良い選択なんだろうからな」

「うっうう〜‼︎」

「気楽なもんだなぁ・・・」


 俺が決心を口にした声色から、何かを感じとったレイナは、背でも押してくれているのだろうが、跳ねる様なリズムで声と小さな掌を上げたのだった。


「とりあえず、転移の護符はセット出来るか・・・、良し」


 アイテムポーチから取り出した護符を愛車にセットしてみると反応があり、俺は一人頷いた。


(せっかく運んで貰ったところだが、一度ミラーシに飛ぶとするか)


 万が一戻った途端に廃魔石の汚染地帯の影響で、愛車にセットした護符が反応しなくなったとしても、此処迄の道程は覚えたし、もう一度飛んで来る事にしよう。

 そんな風に、俺が思いレイナを抱きしめ様とした・・・、次の瞬間。


「いけない子だね?」

「・・・っ⁈」


 子供の様な声色ながら、何処か達観した様な口調が背中に届き、俺が振り返ろうとした・・・、刹那だった。


「がっっっ・・・‼︎」


 襟首に振り下ろされた信じられない程の衝撃に、俺は呻き声を漏らし・・・。


(何が・・・⁈)


 遠くなっていく意識を、何とか保とうする。


「っ・・・、い?」

「・・・よっ」


 すると、そう遠くは無い位置から、俺の背後にいた人物に、仲間が合流する様な様子が感じられた。


(でも、もう・・・)


 そんな絶体絶命の状況だが、喰らった衝撃の激しさに意識の薄れは加速していき、やがて完全に気を失ってしまったのだった。

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