第523話
「・・・っ⁈此処は・・・」
光が晴れ視界が回復し、自身の立っている空間を見回すと、其処は先程迄と同じ位薄暗い場所だったが、明らかに屋内であり、アポーストルによって運ばれた事が瞬時に理解出来た。
「ちっ‼︎」
「シエンヌさん」
シエンヌの舌打ちが聞こえ、其方へと視線を向けると、先程迄ナイフを突き付けていたアポーストルは居らず、眉間に皺を寄せたシエンヌだけが居た。
「後ろだ」
「っ⁈」
「ふふふ」
ブラートの言葉にシエンヌは反射的に振り返り、それに合わせて俺も薄暗い先に目を凝らすと、其処にはいつもと変わらぬ笑みを浮かべたアポーストルが立っていた。
「お見事だね?この空間でも、正確に僕の居場所を察知するなんて」
「別に大した事でも無いさ」
「へぇ?」
「この状況なら、十中八九阻害の術を使用するだろうし、視力に頼る事より、魔力の流れを読む事の方が肝要だろう」
「え⁈」
「ふふ、本当にお見事だね」
ブラートの言葉に思わず驚きの声を上げた俺だったが、アポーストルは称賛の言葉を送りながらも、ブラートが其れをしていた事には特段驚いた様子は無かった。
(それで、シエンヌを最初見た時に、アポーストルに気付けなかったのか・・・)
アポーストルの立っている位置は、俺から見るとシエンヌの先で、先程の舌打ちの時に視界に入っていないのは不自然な事だったが、アポーストルが阻害の術を使っていたなら、それはおかしな事では無かった。
「そんな事はどうだって良いんだよ‼︎」
「シエンヌさん」
「相手が態々尻尾を現してくれたんだ、準備しな‼︎」
俺とブラートへと臨戦態勢へと入る様に指示を出しながらも、自身はいつでも得物をアポーストルへと放てる様に既に構えているシエンヌ。
「は、は・・・、ぃ」
俺は殆ど信用はしていないとはいえ、今迄のアポーストルとの関係も有り、口調は辿々しく、語尾もかなり弱まった、微妙な返事になってしまう。
「ふふ、そんなに緊張しなくて良いのに?」
「黙ってな」
「え〜、無理だよ〜?」
俺達三人と対峙しながらも、余裕の態度で応じるアポーストル。
(黙ってられないってのが、此奴らしいが・・・)
この状況で言っていい冗談では無いし、シエンヌがこの様子では、俺も庇い様が無い。
(シエンヌが此処迄怒るという事は、アポーストルの言っていた内容は本当なのだろう)
日頃から当たりのキツいシエンヌだが、今迄無数の修羅場を踏み、幾つもの危ない橋を渡って来たであろうこの人が、目標の成功よりもアポーストルを仕留める事を優先しているのだ。
つまりは、アポーストルの告げた名であるレデムプティオという・・・、話の流れからすると多分は家名だろう。
其れは、シエンヌの真の家名で、絶対に秘匿したいものなのだろう。
(以前に、エヴェックからも初対面の時に家名を問われていたし、顔を見られる事を避けている感じだったな)
エヴェックがシエンヌの顔を見て其れをし、シエンヌがそんな態度だったという事は、アポーストルが知人言ったレデムプティオというのは、シエンヌの血縁者にして、ヴィエーラ教の深いところにいる関係者なのだろう。
「辞世の句でも読むかい?」
「優しいね?真っ直ぐに育っているんだ」
「・・・」
「黙って許しを乞う気は無いのか?」
「アンタ・・・」
「ふふふ、司。助けてくれるの?」
余りシエンヌに反する様な態度は取りたく無いが、アポーストルは守人達も含め、色々な情報を握っているのも事実。
此処で、此奴を仕留めて、其れを得る事が出来なくなるのは避けたいし・・・。
(一応、幾つかの借りが有るのも事実だからな・・・)
勿論、シエンヌとブラートにも其れは有るのだが、それ等は天秤に掛けれる様なものでも無かった。
「それは・・・、お前の態度次第だろう」
「ふふ、僕はいつでも、礼節を重んじているよ?」
「アポーストル。お前、まだそんな事を」
「まぁね」
「・・・」
一向に態度を改める気の無いらしいアポーストルに、俺はいよいよ諦めを感じたが・・・。
「其れに、既に必然の場所に、宿命を背負いし者達は誘い終えているしね?」
「何・・・、だと?」
「アンタ・・・、まさか」
そんな意味有り気な事を告げて来たアポーストルに、シエンヌは驚いた様子をみせたが、アポーストルが愛用の杖を振ると、先程の様に眩い光が辺りを包み込み、そんな様子も見えなくなってしまう。
「・・・っ⁈」
先程のブラートに倣い、魔力の流れを感じる為のアンテナを最大にして、アポーストルの動きを探るが、奴からは特別な魔力の流れは感じられぬまま、徐々に光は晴れていく。
「此処は・・・、同じ場所」
「ふふ、移動するなんて言って無いよ?」
「アポーストル・・・」
どうやら、派手な演出だった光は、薄暗かった空間を明るくする為のものだったらしく、シエンヌとブラートは無事だし、アポーストルも逃走はしていない。
(無駄に広いし、天井もかなり高いが、廊下の様な場所だったのか・・・)
「さあ、付いて来て?」
「な・・・?」
態度も口調も変わっていないが、有無を言わさず廊下の先へと歩き出したアポーストル。
背をみせた事で、シエンヌの動きが心配になり視線を向けると・・・。
「・・・」
「シエンヌさん?」
「・・・」
先程迄の怒りは何処へやら、無言でアポーストルの後へと続いて行くシエンヌと、其れに倣うブラート。
(何なんだ、急に・・・)
そんな様子に、置いてけぼりを食らった感じになった俺は、一瞬だけ立ち竦んでしまったが・・・。
(付いて来いって事か・・・。勝手だなぁ)
一人でこんな所に居ても仕方がなく、訳も分からずに三人の後へと続くのだった。
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